カナメの狙い
アルベルトの突きに対するカウンターで胴を斬る。今日目が覚めてから何度も行ったシミュレーションの中で唯一可能性のある攻撃。これをイメージ通り完璧なタイミングで実行できた。確実に捉えていたはずだった。
しかし、実際には防がれた。硬化させた魔力を纏った手によって。
「くそ。そんなことまでできんのかよ。」
「まぁね。これくらいできなきゃこんな軽装で戦えないよ。それよりきみ、今までそんなもの隠して戦ってたんだ。」
「隠してなんかいねぇよ。抜くタイミングが無かっただけだ。」
「ふ〜ん。でもその姿の方がしっくりくるってことは、そっちが本業ってことか。なるほど。今になって思うと、色々と合点がいく。魔法使いのくせに妙に動けるし、杖の扱いが雑だし、杖に魔力を込めないし、防具が近接戦用だし。全ての違和感が一気に解消されたよ。うん。スッキリした。」
「そうかい。じゃあ帰ってくれないか?」
「それとこれとは話が別さ。もう少し楽しめそうだからね。」
「だろうと思ったよ。こんなことなら抜かなきゃ良かったぜ。だが、ここからは俺も全力だ。今までのようにはいかないぞ。」
「お、いいねぇ。いい顔になってるよ!さぁやろうか!」
アルベルトに指摘されて気がついたが、知らず知らずのうちに顔がニヤけていたようだ。それは戦闘への期待か、全力で戦うことへの喜びか。はっきりとは分からないが、たしかに気分が高揚している。
「参ったな。これじゃお前と同じだ。でも、自分がどこまでやれるのかを知るいい機会だ。行くぞ!」
カナメが前へ踏み出す。アルベルトは常に受けに回っていたカナメが先に動き出したことに意表を突かれる。反応が遅れている。その一瞬の隙を見逃すわけもなく詰め寄り剣を振り下ろす。これをエストックで受け止められるが、その細さゆえにエストックがしなる。自然と剣先の方へ流される。
体が横に流れた所にアルベルトの前蹴りがカナメの腹に刺さる。後方へ飛ぶようにして回避を試みるが衝撃を逃がし切ることはできない。想定以上に押し返される。
腹に受けた衝撃で思わず膝をつく。そこを狙ったように突きが飛んでくる。これを石壁で防ぐ。地面についた手から直接魔力を通して作ったため生成が速く強い。石壁に剣が弾かれる音がした後にアルベルトの舌打ちが聞こえる。
その状態のまま剣に魔力を込める。アルベルトの位置は把握している。見えなくても問題無い。剣の魔力を解放して石棘を生成する。
アルベルトから少し離れた前方に魔力の光が出現する。アルベルトは少し訝しがるが関係無いとばかりに壁を回り込もうと踏み出したところ、棘が飛び出してきた。それも先ほどまで見ていたものよりも長く速い。
「おわ!」
思わず声を上げて後方へ下がる。
「外したか。」
石壁を解除して姿を現したカナメが悔しそうに呟く。
「ちょっときみ!なんか魔法の威力上がってない!?」
「そんなことは無い。」
「嘘つけぇ!さっきまであんな長いの作れなかったじゃん!」
「気のせいだ。」
「答える気は無いっていうことね。いいよ。そういうのを探っていくのも戦闘の醍醐味だからね。楽しくなってきた!」
今度はアルベルトが飛び込む。突きを放つがカナメが剣で弾く。だが態勢を崩されるようなことはしない。弾かれた剣を戻して更に二度三度と突きを放つ。そのどれもが正確に剣で弾かれる。
「ははっ!いいじゃないか!俺の突きにも完全に対応できるようになってる!今なら6等級にも引けを取らないよ!」
「馬鹿言え。お前がその気になってないだけじゃねぇか。」
「そんなことないさ。わりと本気だよ。」
「どうだか。信用できないな。でも、こっちとしては好都合だ。このまま殺られてくれ。」
再び剣に魔力を流す。剣が淡い光を纏う。
「何その剣!もしかして剣に魔力を纏わせることができるの!?」
「どうだろう、な!」
興奮しているアルベルトには構わず斬り込む。アルベルトは今までよりも余裕を持って回避する。得体のしれない状態に警戒しているようだ。このまま警戒してもらったほうが良さそうだが、今は決着を急ぎたい。魔法を放つ。
アルベルトの逃げた先に竪穴を作る。魔力が地を這い石畳の目地の隙間から光が見える。そしてアルベルトの足元に巨大な穴を作り出す。今まで牽制で作ってきたものとは違い、大きく深いものだ。いくらなんでも回避はできまい。
だがアルベルトは足元の光を見た瞬間に大きく跳んだ。前方へ跳ねた。その直後に穴が現れた。なんて勘の鋭い奴だ。
とはいえ今のアルベルトは真横で着地した状態だ。まだしゃがんでいる。今なら外しようがない。剣を振り下ろす。
アルベルトは手に魔力を纏わせ剣を受け止める。そして剣を止められたカナメの腕を取り投げ飛ばした。
背中を強打し息が詰まる。一瞬目の前がボヤけるが、その視界の中でアルベルトが刃物をこちらに向けているのが分かり身を捩る。石畳に刃物が当たる音が聞こえる。
素早く身を起こすと剣を振って距離を作る。近づいたら投げられるなんて想像もしていなかった。
「お前、芸達者すぎんだろ。」
「ダメだなぁ。長物を使っていれば、懐に入ろうとする奴が多いんだから近接手段を持つのは当然でしょ。警戒しとかなきゃ。」
「こもっともで。」
「ほら、回復する時間なんかあげないよ。」
アルベルトの腕が動いた。今までと角度が違う。これは昨夜見た視界の外から襲ってくる突きだ。どこからくるのか分からない。ただ、気持ちの悪い風切り音は聞こえる。方向さえ分かればどこを狙っているかは分かる。人体の構造を熟知しているアルベルトのことだ。確実に急所を狙ってくるはずだ。
音の方向に目を向ける時間は無い。アルベルトの腕と傾向を信じて剣を振る。手に重い衝撃を感じると同時に金属音が聞こえる。
アルベルトの顔が少し驚いたように見える。だがすぐに元に戻り次の一撃を放つ。今度は反対側から音が聞こえる。少し高い位置を狙っているようだ。頭の辺りに剣を振ると手に衝撃が伝わる。
次も、その次も剣筋を確認すること無く剣で弾く。正直言って恐ろしい。だがアルベルトから目を離せない。腕の動きが見れないとどこから突きが来るか予測ができない。目で剣筋を見ることができないなら、腕の動きと音と傾向を元にした予測で対応するしかない。常に綱渡りの状態で何度も弾く。
だがアルベルトにはカナメがそんな状態で剣を弾いているようには見えていない。その場から足を動かすことなく正確に剣を叩き落とされる。「その程度は見切った」と言われているような気がしてくる。不気味だった。
「なんなんだい、きみ。全く当たらないじゃないか。」
「お前の腕が良すぎるんだよ。」
「皮肉かい?」
「事実だ。」
今までと違いアルベルトの顔からは笑みが消えた。心なしか声も少し低くなっている。
「この突きをこんな簡単に止められたのは久し振りだよ。それが新人の傭兵だなんて、ちょっと傷ついたなぁ。」
「それは良かった。ちなみに、誰以来だ?」
「興味も無いくせに。時間稼ぎかい?まぁいい。教えてあげるよ。確かあれは、エルシャールだったかな。知ってる?8等級の。さすがに勝てなかったなぁ。」
「エルシャールだと?詳しく聞かせてもらおうか。」
「お?その反応、知ってるのかな?」
「エルシャールさんには一時期剣を教えてもらっていた。」
「おお!エルシャールの弟子か!ここまで動けるのも納得だね。」
「弟子なんていう程のものではない。で、それは何年前の話だ?」
「ふふん。教えると思う?知りたければ力づくで来なよ。」
「そうかい。じゃあ、何としてでもお前から聞き出してやる。」
カナメは笑顔を取り戻したアルベルトに向かって踏み込む。突きが放たれる。相変わらず剣筋は見えない。だが狙いは分かる。剣で弾き懐に飛び込む。剣での攻撃を警戒して魔力を纏った手が伸びてくる。だがカナメの狙いは胴ではない。脚だ。太腿を狙って横に剣を振る。
受けきれないと判断したアルベルトはその場で垂直に跳んで躱す。だが、ここで逃がすわけがない。宙に浮いているアルベルトに向かって石棘を放つ。これを魔力を纏った手で受け止め、棘の上に立たれる。そしてそのまま突き下ろしてきた。
再び剣で弾きつつ棘を消す。棘から落ちるアルベルトを狙って横薙ぎの一閃を放つ。さすがに体勢が悪すぎたのかエストックで受け止める。
ここで、カナメが剣を抜いてから今まで固唾を飲んで見守っていたエイミィがあることに気がついた。
「カナメさん、さっきからやけにアルベルトの剣を弾いてませんか?」
「え?そうかしら。」
「今までだったら避けそうなものも弾いている気がします。」
「攻撃の糸口を探してるんじゃないの?」
「そうなのかもしれませんが、本来は剣で弾くなんてことしない方がいいんです。武器が壊れちゃいます。」
「そういうことね。たしかに刃毀れの原因だものね。」
「このままじゃカナメさんの剣が折れちゃいそうです。」
「ん?ちょっと待って。そんなことカナメくんが考えないわけないわよね。もしかしてカナメくん――。」
アルベルトの突きを剣で弾きつつ前に出る。反対側の手が出てこないよう弾く方向には気をつけているが、あと一歩というところで剣が届かない。今も後ろに下がられた。
だが、それでもいい。斬れなくてもいい。狙いは別にある。そろそろ頃合いのはずだ。
剣を振った状態で止まっているカナメに向けて突きが来る。石の壁を作り出して剣を下から弾き飛ばす。
壁を解除して斬り込もうとするが既に移動されている。先ほどの壁越しの石棘を警戒されている。移動された先からしなるような突きが来る。普通の突きより若干遅い。狙うならここだ。
カナメは激しい風切り音を上げて迫るエストックに剣を叩きつけた。金属と金属がぶつかり合い火花が散る。アルベルトが異変を察知し剣を引こうとする。だが遅い。エストックには既にいくつもの傷がつけられている。そのほとんどが同じような場所だ。傷の場所はアルベルトの距離の管理が卓越していたことによって発生した偶然の産物だが、傷は狙ってつけたものだ。
アルベルトの武器を破壊する。これは勝ち筋の見えないカナメにとって最後の手段だった。自分の武器を破壊されれば負けを認めざるを得なくなるだろうと思ってのことだ。
しなるエストックに剣を力の限り押し込む。細いせいか剣とは思えないほどしなる。よく曲がる。しかしそれにも限界はある。剣から伝わる感覚に変化がある。重さが消え始めた。剣が離れてしまう。そうはさせまいと更に押し込んだ瞬間、甲高い金属音が聞こえ、エストックの剣先が弾け飛んでいった。




