魔法の癖
アルベルトが素早い突きを放つ。1つ躱すとすぐに2つ目がやってくる。互いに一定の距離を保ちながら突き、躱す。アルベルトが顔の辺りを突けば上体を逸らし、胸の辺りを突けば横へ回避する。アルベルトを中心に回るようにして攻撃の機会を伺うが隙が無い。
リズムを崩すため牽制として石棘を生成する。足元から出てくる棘をいち早く察知され後方に回避される。そしてすぐさま棘を回り込んで突きを放ってくる。まるで昨夜の戦闘の動きをもう一度見ているようだ。動きが読める。
放たれた突きを杖で弾いて接近を試みる。体が開いて隙だらけだ。剣を抜いて斬るならここだ。杖に魔力を込めようとする。だがアルベルトは剣を弾かれた勢いを利用して回し蹴りを放つ。これでは攻撃どころではない。杖の柄から手を放して蹴りを防ぐ。想像以上に重い。横へ流され再び距離が開く。
「なによ、これ。カナメくんは昨日もこんなことしてたの?」
「凄いです。横にいてもあの突きはよく見えないのに、なんで躱せるんでしょう。」
「あなたも昨日避けてたじゃない。」
「あの時はなんとなくで動いたらたまたま躱せただけです。もし追撃されていたら確実にやられてました。」
「たしかに、躱した後に転んでいたものね。でもカナメくんは何度も避けてる。」
「はい。足がついて行ってます。」
「でもまずいわね。アルベルトがカナメくんの欠点に気がついたかもしれない。」
「欠点ですか?私にはそんなものがあるようには思えないですけど。」
「普段は気にならないようなものなんだけどね。カナメくんも気にしていたのよ。だから私に相談してきていたんだけど……。」
「どんなことなんですか?クインさんを頼るってことは、やっぱり魔法ですか?」
「そうね。それは――」
今日何度目かの石棘を生成するがまたしても躱された。しかも徐々に躱す際の動きに余裕が出てきている。
石棘を躱して後退したアルベルトが、剣の構えを解いて呟いた。
「う〜ん、なんか分かっちゃったかも。」
「何が分かったって?」
「きみの魔法の癖、かな?」
それを聞いて鼓動が大きくなる。動揺を表情に出さないようにしながら問いかける。
「癖だと?何を言い出すかと思ったら。たしかに石の魔法をよく使うが、一番攻撃力が高いんだから当然だろ。」
「そういうことじゃないさ。その程度なら誘導されてるだけかもしれないから、むしろ警戒するところだよ。」
「じゃあなんだって言うんだ。」
「きみ、魔法を飛ばせないだろ。」
「――!」
「その反応、間違いなさそうだね。おかしいと思ったんだ。足元に作られる魔法ばっかりなんだもん。たしかに有効なんだけどさ、変化が無いから慣れてきちゃった。」
「だからどうしたって言うんだ。それならそれで数を増やすだけだ。」
アルベルトの足元が淡く光る。アルベルトが横に移動すると、もといた場所から石の棘が飛び出す。アルベルトを追いかけて連続して生成するが全て余裕を持って回避される。
「数の問題じゃないんだよ。きみの魔法は飛んでこない。これさえ分かれば対処は簡単なんだ。魔法のスピードも把握した。魔力の光を隠そうともしていない以上、当たる道理は無いよ。」
再び路面に魔力の光が発生するが、魔法が発動するよりも早く動かれてしまう。最早光ったからといって避けることもない。速度に任せて一気に接近し突きが放たれる。何とか躱すが魔法で距離を作りにくくなったことで態勢を整える時間が大きく減ってしまう。
「カナメさんって本当に魔法を飛ばせないんですか?」
「そうなのよ。物が浮くっていう状態がイメージできないらしいわ。実際に見てそういう魔法があるのは知ってるんだけど、自分が浮かせるイメージが湧かないらしいの。だから色々アドバイスしてみたんだけど、上手くいかないんだって。」
「でも、それができなくても十分だと思いますよ。」
「それがそうもいかないのよ。この前のハンタークロウの時は射程外だったでしょ。射程内だったとしても知能の高い魔物なら魔法での戦闘は難しくなるわ。今みたいに人間相手だとそのリスクは高くなる。それが分かっていてなんとかしようとしていたの。」
「それで、まだ魔法を浮かせられていないんですね。」
「成功したとは聞いてないわ。つまり、まだ練習中なのよ。そのことに気が付かれたとなるとまずいわ。アルベルトのあのスピードに当てられるとは思えないもの。」
「そうですね。となると、あとは剣をいつ抜けるかにかかってきますね。」
「昨日は抜けなかったって言っていたわよね。」
「今見てる限りでは、今日も抜くタイミングが無いみたいですね。」
「援護、できないかしら。」
「それは辞めた方がいいと思います。当たらないでしょうし、もし成功してもカナメさんに怒られそうです。」
「そうね。私の魔法じゃ遅くて当てられないでしょうし。自分の無力さが嫌になるわ。」
「同感です。助けたいのに何もできないのがこんなに辛いなんて思いませんでした。」
2人は各々が持つ武器を握りしめてカナメの戦況を見守る。魔法の傾向を見破られてしまい劣勢に陥ったカナメは防御に回る時間が増えてきている。石棘だけでなく竪穴も避けられている。本当に魔法が通用していない。このままでは勝ち目は無い。焦りだけが募っていく。
アルベルトが動きを止めた。防戦一方だったので態勢を整える時間ができて助かった。一度距離を取って向かい合う。
「なんかさぁ、飽きちゃった。魔法の脅威が無くなったら、きみには決定的な攻撃力がないじゃん。石の槍はあんまり上手くないから練習してないみたいだし。だから、もう終わりにしよう。」
「お、じゃあ見逃してくれるのか?」
「そんなわけないじゃん。ちゃんと決着をつけていくよ。」
「カシラはいいのか?見逃してくれればその壁を取り払ってカシラ共々通過してもいいんだぜ?」
「あぁ、それは大丈夫。まだここに来てないってことはその辺の路地裏から逃げたんだと思う。だから気にしなくていいよ。」
「そうかい。じゃあ後を追ってもらって構わないぞ。お前の口直しには付き合ってやったんだ。もう十分だろ。」
「いや、まだだね。きっちり殺っていかないとすっきりしない。」
「この殺人狂め。」
「戦闘狂、ね。どうせ死ぬからいいけどさ。それじゃ、そこそこ楽しめたよ。じゃあね。」
アルベルトの雰囲気が変わる。昨夜と同じように姿勢を低くして構える。やや前傾姿勢だ。何を狙っているのかが分かる。カナメもそれに備えて手に魔力を込める。
アルベルトはここに来てカナメを侮っている。どれだけ近づいても致命の一撃が飛んでくることは無いと思っている。そのため分かりやすい攻撃姿勢になったようだ。
辺りを静寂が包む。次で決めに来ることは間違い無い。アルベルトはフェイントとして肩や足を小さく動かす。それに反応し体を動かす。
何度目かの駆け引きのあと、アルベルトが動いた。大きく足を踏み込み突きを放つ。昨夜を含めて今までで最速の突き。とはいえ、来ることの分かっている突きは対処できる。カナメも一歩前に踏み込む。頬に再び激痛が走る。顔を歪めながらもアルベルトの懐に潜り込む。目の前にはがら空きの胴が見える。腕はまだ戻ってこない。いける。杖に魔力を込める。鞘となった杖から剣を抜き打った。
だが、金属音と共に妙な手応えを覚える。硬いものに当たり振り抜くことができない。
「危ない危ない。もう少しで斬られるところだったよ。」
頭上から言葉とは裏腹に余裕の言葉が聞こえる。
カナメの剣は素手で止められていた。いや、手が薄っすら光っている。
「魔法、だと?」
思わず剣を引いて距離を取る。
アルベルトも剣を止めたことで無理な態勢となっており追撃をしてこない。
「いやいや、まさかきみがそんな隠し球を持っているなんてね。危なかったよ。」
「それはこっちの台詞だ。まさかお前が魔法を使えるなんてな。」
最悪だ。アルベルトと再戦した際に考えられる唯一の勝ち筋が潰された。背筋に冷たいものが流れる感覚がする。
魔力を硬くする魔法。カナメが目にしたのは銀熊のギンガ以外では初めてだ。物を作り出す魔法を使う者とは違い見た目で分かりにくいというのもあるが、奥の手だからパーティー内で共有するに留めてひけらかさないようにしているという事情もある。そのせいで魔法使いより多いはずなのに目にする機会は少ない。
「うそでしょ?あいつ、魔法を使った。」
「剣を、止められちゃいました……。」
「こんなの、これ以上どうしろっていうのよ。」
絶望感が2人を襲うなか、カナメは笑みを浮かべていた。




