再びの邂逅
深夜の通りは静かだ。特に今日は酔っぱらいが少ない。この数日と同じなら通りに何人が酔い潰れて寝てしまっていることが多い。それをエイミィが起こしたりクインティナが説得したりして家に帰すのだが、今日はほとんどいない。通りを封鎖する必要があるのかと疑問に思うほどだ。
時間的には既に摘発は始まっているはずだ。現場から距離が離れているため音は聞こえてこない。ここに流れてくる構成員もいない。そのせいで途轍もなく暇だ。
「ねぇエイミィちゃん。その外套ってどうするの?」
「これですか?直したいなとは思うんですが、そんなに器用ではないので買い替えるかお店で直してもらうかですね。」
「たしかに外套を直すのは難しいわね。シャツくらいならやっちゃうけど。」
「そうなんですよ。この外套気に入ってたんですけどねぇ。」
「じゃあ今度買いに行こっか。いいお店紹介するわよ。」
「ありがとうございます!でも、魔女風の服しか売ってないってことはないですよね?」
「貴女は私のことをなんだと思ってるの?」
さすがに私服まで今のようなコーディネートだと思われるのは心外だ。と思ったものの、思い返してみると大差が無いことに気がつく。これは自分も何か買わねばならない。
「そういえばエイミィちゃんって普段もこの外套使ってるの?」
自分の服装を省みた時にふと気になったのできいてみた。
「はい。外套はこの一着しかないんです。私、こっちに来る時にあまり荷物を持ってなかったので。」
「それもそうよね。家出するのにたくさん荷物持ってこられないものね。」
「そうなんです。って家出なんて言わないでくださいよ。」
「はいはい。気をつけるわ。」
この前カナメに家出娘と言われた時は怒らなかったくせにと思いながら適当に返事をする。
今、2人は通りの真ん中に置いてある通行止めの看板の横に立ちながら話している。暇すぎてやることが無いとはいえ、持ち場を離れるわけにはいかない。そのため目立つ位置にいることにしたのだ。
ただ、1人だけその持ち場にいない者がいた。
「カナメくん!離れすぎよ!」
カナメは配置についてからこっち、落ち着きなく動き回っている。軽く走ってみたり、跳ねてみたり、素振りをしてみたり。とにかく止まることがない。
「もう少し落ち着きなさいよ。」
「いや、こうしてないと寒いんですよ。2人は外套を着てるからいいですけど、僕は着てないんですから。こんなことなら着てくれば良かった。」
巡回依頼は体を動かすから外套はいらない。そう言って毎回着てこなかったカナメだったが、今日は動くことがないから寒くて仕方がない。先ほどから動き回っているのも寒さをしのぐための対策だ。散々動き回っていたおかげで今はだいぶ寒くなくなってきていた。
「そういえばカナメくんって仕事用の外套って持ってるの?」
「持ってないですよ。邪魔ですから。」
「そういえば赤髭部防具店でもそんなこと言ってましたね。」
「え?あそこって外套も売ってるの?」
「売ってましたね。でもカナメさんは『邪魔だし夏は暑いからいらない』って。」
「あの時は鎧を探していたからだろ。今行ったら絶対買う。」
「そうね。冬場に森に行くことがあるなら買っておいたほうがいいわよ。絶対凍えるから。」
「そうします。あ、向こうから人が来ますよ。」
2人と話していたらその後ろの方から人が歩いて来るのが見えた。3人だ。1人は足を怪我しているのか足を引きずっている。移動がかなり遅い。
「向こうから来たってことは、組織の構成員かしら。」
「足を怪我しているってのが凄く怪しいですよね。」
「たしかにな。でも、あんなに動きの遅い奴を見逃すか?嫌な予感しかしない。」
短く意見を交わし、歩いて来るのが最悪の相手である可能性に思い至る。とりあえずその場に留まり様子を見る。魔法使い風の男が足を引きずっている男と話し始めた。何やら揉めているようだが結局魔法使い風の男が折れたようだ。不服そうに杖を前に向ける。
「おいおいおいおい。魔法を放つつもりだぞ!相手の顔も見えないような距離からなんて普通じゃない!」
「とにかく何が来てもいいように準備だけしておくわ!2人とも私の後ろに!」
クインティナが杖に魔力を込め、カナメとエイミィは背後に回って身を屈める。
正面の魔法使いの杖が一瞬だけ光った。クインティナが杖を中心に壁を生成する。生成途中の壁に何かが当たる。1発、2発と絶え間なく連続で当たる。クインティナも魔力を供給し続けて防いでいるが、相当威力が強いのだろう。表情に余裕が無い。
「クインさん、このままじゃマズイ。」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「とりあえず石壁を作ります。その間に逃げましょう。まともにやっても勝てる気がしません。」
「同感ね。それじゃ、お願い。」
カナメは路面に手をつけて魔力を流す。クインティナほど素早く生成することはできないが、強度なら負けない。とはいえ、何が飛んできているのか分からない以上は万全を期す必要がある。魔法使いに対して若干の角度をつけて飛んできたものを横に逸らすようにする。まずはクインティナが受けている壁の前に、次はその横にと連続で作る。途中でこちらの意図に気がついたのか向こうからの魔法は途絶えた。だが安心はできないので通りを完全に塞ぐまで壁を作り、高さ2mほどの石の壁が出来上がった。
「よし。これで大丈夫でしょう。昨日よりは低いですが。」
「逃げるだけならこれで十分よ。さ、行きましょう。」
3人が壁に背を向けて走り出そうとした時、背後から音が聞こえた。振り向くとそこにはエストックを持った男がしゃがんでいた。どうやら壁を飛び越えてきたようだ。カナメの頭の傷が疼く。
「また会ったね。こんな所にいたんだ。」
「アルベルト……。会いたくなかったよ。」
「そんな悲しいことを言わないでよ。昨日はあんなに激しい夜を過ごしたっていうのに。」
「お前が一方的に攻撃してたんだろうが。」
「そうだったっけ?まぁそんなことはいいから、とりあえず遊んでいこうよ。」
「お断りだ。」
「そんなつれないこと言わずにさ。さっきつまらないヤツらがいたから気分悪いんだよね。気分直しに付き合ってよ。」
「なんでそんなのに付き合わないといけないんだ。他所でやってくれ。」
「遊べるとしたらきみが最後じゃないか。カシラも逃さないといけないから時間無いし。さっさと始めようよ。」
どうやらもう何を言ってもやる気のようだ。逃がしてはくれない。やるしかないのか。ただ、壁の向こうからはあの魔法使いがやってくる。早く逃げないといけないのはこちらも同じだ。
そういえば、戦わざるをえなくなったら警備隊の方に逃げるように言われていた。だが、考えてみればおかしな話だ。警備隊の方から逃げてきたやつから逃げるために警備隊の方へ来いというのだ。それができるなら戦闘になんかならないだろう。あの副所長、実はとんでもなく頭が悪いのではないか。逃げる手段を考えている時に思い出したはいいが、まったく使えない話で思わず心の中で毒づいてしまった。
「心の準備ができたようだね。」
「俺とやれば、他の2人には手を出さないでもらえるか?」
「う〜ん、槍の子は気になるけど、たぶんすぐ壊れちゃいそうだからな。まぁ仕方ない。それで構わないよ。」
「聞いたか2人とも。一応狙いはしないらしい。少し離れた所にいてくれ。なんなら警備隊の所に逃げてもらっても構わない。」
「分かったわ。もう1人の魔法使いが来た時のためにここで待機してる。」
「私もここに残ります。カナメさん、死なないでくださいね。」
「あぁ。そのつもりだ。」
「じゃあ、準備はいいね。ここまで待ってあげたんだ。楽しませてもらうよ。」
会話にはもう飽きたと言わんばかりにアルベルトがエストックを振るう。最初は普通の突きだ。昨日よりもよく見える。少しだけ動いて躱すと石槍を作り出す。お返しとばかりに突きを放つ。だが所詮は付け焼き刃の槍術。あっさりと避けられる。
「うん。やっぱりいいね。さっき戦った傭兵は今の突きを避けられなかったもん。でもきみは避けたうえ反撃までしてきた。本当にいい。」
「その傭兵は殺したのか?」
「いや、殺してない。邪魔が入った。」
「そうか。安心したよ。」
「じゃあ、続きをやろうか。」
そう言って再び突きを放ってきた。




