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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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路地裏の攻防

 路地裏の一角に陣取ったディアスは、ある建物が急に騒がしくなったのを感じ取る。


「始まったか。」


 静かに呟いた。それまで椅子に座り目を閉じていたが、事態の変化を受けて立ち上がる。

 路地裏には建物の真裏だけ空白にし、それを挟むように警備隊員と傭兵がいる。狭い路地のどちらに逃げても対応できるようにするためだ。そこに待機している警備隊員や傭兵を見回し檄を飛ばした。


「いいかお前ぇら!表の部隊は建物内に突入したみてぇだ!しばらくしたらこっちにも雑魚どもが溢れてくる!気を張ってけ!」


 その声は路地裏に響き渡り、各人の腹に響いた。内から強引に気持ちが沸き上げられるような感覚になる。そしてそれが沸点に達した時、皆一斉に声を上げた。


「っしゃあ!いくぞおめぇら!出てきたやつは片っ端からのしてくぜ!」


 黒猟犬のリーダーであるカイロスもその1人だった。大声でパーティーメンバーに向けて声を出す。周りから見るととにかく暑苦しくうるさかった。

 ただ、黒猟犬にとってはそれはいつものことである。しかも他のメンバーも似たようなものなので、カイロスの声に呼応して騒ぎ始める。皆が剣を、斧を、爪を、掲げて声を上げる。そのせいで裏側の部隊の中では黒猟犬が一際騒がしかった。


「まったく。うるさいですね。でも、騒ぎたくなるのも分かります。みんな、気合入れていくよ!」


 森の恵のリブラもパーティーメンバーに声をかけるが、こちらは対照的におとなしい。皆小さく返事をするだけだ。だが、その佇まいには静かであるがゆえの迫力があった。


「ふっ。いい感じに盛り上がってんじゃねぇか。ここで水を注すようで申し訳無いが……。逃げてくる奴が出てくる前に改めて言っておく!アルベルトには要注意だ!遭遇してもまともにやり合おうとしするな!分かったかぁ!」


 これに全員が再び声を上げる。士気の低下も無いようだ。後は出てきた雑魚どもを取り押さえるだけだ。

 そうこうしていると、建物から構成員が飛び出してきた。だが路地に出ると左右に武装した警備隊たちがいることに気がつき、逃げ場が無いことに思い至る。最初の数人は斬りかかってきたが即座に斬り伏せられたのを見て戦意を喪失し投降し始めた。


「なんだよ!せっかくやってやる気だったのに。張り合いのねぇやつらだ。」


 カイロスが不満げにしている。実際、現在のところ出番が無い。ほとんどが投降しているため警備隊員にしか仕事がない。漲らせたやる気を吐き出す場面がなく苛立ってしてしまう。

 そんな時、建物2階部分の外壁が吹き飛んだ。その場にいる者全てが音のした方向を見る。何があったのだろうかと考えていると、建物の中が急激に明るくなる。火の手が見える。そしてその火を背に1人の男が部屋から飛び降りた。


「誰か飛び降りたぞ!救助に行け!」


 警備隊員が互いに声をかけ飛び降りた人物の救助に向かう。警備隊や傭兵なら治療し、構成員ならそのまま捕縛するつもりなのだろう。

 カイロスは警備隊員を横目に2階の穴を見ていた。突入部隊は随分派手に動いているようだ。それが羨ましい。自分もあそこに行きたかった。

 そんなことを考えていると、先ほど救助に向かった警備隊員の悲鳴が聞こえた。視線を1階の方へ落とすと、建物と建物の間から男が出てきた。その手に持つ異様に長い剣の先には警備隊員が刺さっている。隊員は胸を貫かれ動かない。

 その異様な光景に、路地裏は静まり返った。今までの余裕のある雰囲気から一転して空気が凍りついた。

 だが、カイロスたち黒猟犬たちは違った。チャンスが来たと考えた。誰も動かない今なら自分たちが戦う番だと。それゆえにその場にいる誰よりも早く動き出し男に迫った。

 男は黒猟犬を一瞥すると、警備隊員から剣を抜き突きを放つ。その一突きで2人が貫かれた。たまたま縦に重なってしまっているところを狙われた。2人は腹を抑えて膝をつく。


「止まるな!動け!狙われるぞ!」


 カイロスの武器は爪だ。手甲の先から長い鉤爪のようなものが伸びている。長いといっても30cm程度だ。男には到底届かない。他の者も斧と剣であるためまだ間合いの外だ。誰も攻撃が届かない。今倒れている奴らを狙われたら防ぎきれない。自分たちで回避してもらうしかない。


「逃げなくてもいいよ。狙わないから。」


 男は言葉のとおり他のメンバーを狙った。1人一撃だった。カイロス以外はその一撃で沈んだ。2人とも胸を貫かれその場で崩れ落ちた。


「てめぇふざけんな!なにもんだ!」


 男の剣を爪でなんとか弾いたカイロスは男に向かって叫ぶ。


「嫌だねぇ。自分と相手の力量も理解できない奴は。興冷めだよ。」

「なにもんだって聞いてんだよ!」

「きみら、つまらないんだよ。名乗る気も失せる。」

「てんめぇ……!」


 カイロスは頭に血が昇っていた。目の前の男にパーティーメンバーが一瞬でやられた。許せない。今ここで殺す。

 男に向かって一歩踏み出そうとした瞬間、腕が見えなくなる。次の瞬間には肩当てが弾き飛ばされる。


「ぐっ――!何をした!」

「ほら、こんなのも見えてない。昨日の2等級の新人くんなんかこの程度避けていたのに。もしかして、きみ1等級?」

「ふざけんな!4等級だ!新人と一緒にするんじゃねぇ!」

「昨日の新人くんと一緒になんかしてないよ。あの子に失礼だ。ちなみにこれ、この頬の傷見える?」

「あ?それがなんだ。」

「これ、あのパーティーの1等級の女の子につけられたんだよ。勘のいい子でね。技術は大したことないのにカウンターを狙ってきたんだよ。」

「てめぇ……。1等級以下だって言いてぇのか?」

「違う違う。1等級未満だよ。」

「今すぐ死ね。」


 カイロスは完全に正常な判断ができなくなっていた。激情に任せて攻撃することしか考えていない。血走った目で男に向かって足を踏み込んだ。

 その時、足元の路面が沈み込んだ。足を取られて転倒する。


「何やってるんですか!アルベルトです!逃げてください!」


 声をする方を見ると森の恵のリブラがこちらに杖を向けている。アルベルト?だがそれがなんだ。こいつは今、仲間を傷つけた。もしかしたら死んでいるかもしれない。万死に値する。


「うるせぇ!邪魔するな!てめぇから殺すぞ!」

「はぁ。救いようのない馬鹿だね。魔法使いの彼は状況が見えてる分まだマシだよ。きみみたいのはギルドにとっても邪魔な存在になりそうだからこの場でご退場いただこう。」


 アルベルトは剣を構え、まだ立ち上がっていないカイロスへ剣を向ける。


「くそ!間に合ってくれ!」


 リブラがアルベルトの足元から土の柱を盛り上げる。早々に気がつかれ柱が当たることはなかったが、剣の軌道を塞ぐことには成功した。


「カイロスさんでしたっけ!?冷静になって周りを見てください!戦っているのはあなた達だけじゃないんです!」

「だまれ!オレはこいつを殺す!」

「冷静になれって言ってるんだ馬鹿者。」


 どこから現れたのかディアスがカイロスの横にまで来ていた。驚いて見上げていると頭に拳骨が落ちてきた。


「いってぇ!なにすんだオッサン!」

「黙って下がってろ。アルベルトにはなるべく関わるなって言ったのにこの有様。貴様にパーティーリーダーを名乗る資格なんぞ無い。戻ったら説教をくれてやる。」

「ん〜?まさかお前、ディアスか?ははっ!懐かしいな!元気にしてたか!?」

「あぁ。元気だよ。お前のせいで散々な目にあったがな。」

「まぁまぁ古い話はいいじゃないか。それよりも、昔のよしみで逃がしてくれると嬉しいんだけどなぁ?」

「お前を相手にすると犠牲が増えるから、最初はそうするつもりだったんだけどな。だが傭兵だけならまだしも警備隊員を殺られちゃあ話は変わる。しっかり捕まってくれ。そのために俺がここにいるんだ。」

「うわそれめちゃくちゃ楽しそう!でもなぁ。俺も早く逃げないといけないんだよ。」

「まぁそう言うなって。久しぶりに楽しんでけよ。」


 ディアスは拳を構える。その拳には金属製の籠手が着けられている。大きな体を小さく丸めて突っ込んだ。

 アルベルトの突きが飛んでくるが籠手で軌道を逸らして最短距離で懐に飛び込む。剣を引き戻し切る前に弧を描いた拳を腹に叩き込む。アルベルトの口から小さく声が漏れ顔が前に出てくる。そこを狙って拳を突き上げる。ギリギリのところでアルベルトが体を起こして直撃を避ける。

 たまらず後方へ下がりナイフを投げてくる。これを籠手で弾くが、弾いた瞬間を狙った突きが襲う。剣を弾いて懐に飛び込む。今度は懐に入れさせまいと放たれた前蹴りをよって後方へ弾き飛ばされた。

 一連の攻防を見たカイロスや森の恵、そして警備隊員は驚きを隠せなかった。ギルド出張所の副所長といえば事務仕事をする人間だ。それがなぜここまで動けるのか。疑問ではあるが、そんなことはどうでもいい。絶望的な存在に一撃を加えた。それだけで士気の盛り上がりを見せた。


「いやいや、ディアスさぁ、おかしいでしょ。引退してるのになんでこんなに動けるの?」

「ふん。トレーニングを欠かさないからだ。」

「そんな問題じゃないでしょ。いや、楽しいからいいんだけど。いや、良くないな。早く逃げないと、あぁでも戦いたい。」


 アルベルトが妙なことで葛藤している。これは好機だと思いディアスは前に出ようとした。しかしそこでアルベルトの後ろから人が出てきたのが見え足を止めた。


「なんだ。妙に騒がしいと思ったらお前だったのか。どうやって俺らより早くここに来たんだ?」

「ん?あぁビョルンか。どうやってって、あそこから飛び降りた。」


 アルベルトが建物の2階にある穴を指差した。


「お前な。さすがにそれで無傷はおかしいだろ。」

「そう言われてもな。できちゃうんだから仕方ないだろ。それよりお前ら時間かかりすぎじゃねぇか?」

「いや、カシラがな、階段で落ちて怪我しちゃってよ。」


カシラと呼ばれた男を見ると足を引きずっている。たしかに怪我をしているようだ。


「お前ら!何を暢気に話しているんだ!さっさと逃げるぞ!」

「へいへい。分かりましたよカシラ。ビョルン、いけるか?」

「ふん。問題無い。逃げるだけなら俺だけで十分だ。」


 ビョルンと呼ばれた魔法使い風の男がアルベルトの前に出る。何をする気なのか。全員が警戒を強める。


「鉄壁」


 ビョルンが杖に込めた魔力を解放した瞬間、銀色の壁がディアスとビョルンの間に現れる。これが次々に現れ警備隊を包み込むようにして止まった。ディアスらはまさに鉄の箱に閉じ込められる形になってしまった。


「なんだと!?なんでこの程度の組織にこんなヤツがいるんだ!」


 ディアスは驚愕した。鉄の魔法の使い手が相手組織にいる。これ以上危険なことはない。


「総員、追撃はするな!危険すぎる!親玉を捕まえられなかったのは痛いが、目的は達した!これより表の部隊に合流することを優先する!」


 口惜しいが今は仕方がない。対抗する手段が無い。とにかく、今はこのことをエルマーに報告することが重要だと考え、この鉄の壁をどう攻略するか考え始めた。

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