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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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緑風の誓いvsアルベルト

 フィリップは前に出る。自分の間合いに収める必要があるのもそうなのだが、何よりアルベルトの間合いにいたくない。そのためにはとにかく距離を詰めなくてはならない。

 アルベルトは動かない。反応できないのだろうか。そんなことは無いはずだ。何をする気だ。考えても分からない。ならば斬るしかない。

 フィリップは可能な限り速く短剣を横に振り抜いた。しかしそこにアルベルトの姿が無かった。後方へ跳んでいる。見るとエストックを持つ手が伸びている。手首から先が物凄い速度で振られていてよく見えない。耳元で風切り音がする。顔を横に逸らす。その瞬間、背中に衝撃を受けた。鎧のおかげでダメージは無いが、何が起こったか分からない。思わず後ろを見るが何も無い。避けろと叫ぶ仲間たちが見える。何か分からないが後ろを振り向いた勢いを利用して床を転がる。すると、仲間たちの方から金属音が聞こえ、床に何かが落ちた。

 立ち上がって剣を構え直す。状況が分からない。アルベルトは何かを投げたような姿勢のままニヤニヤしながらこちらを見ている。チラリと仲間たちの方を見ると床にナイフが落ちている。なるほど。後ろを向いた瞬間にナイフを投げられていたか。してやられた。おそらく背中に受けた衝撃もエストックを高速で振ったことによりしならせて背中に当てたのだろう。背中の一撃は意識を誘導するためのものだったか。


「姑息な手を使う。」

「何言ってんの。こっちはやられないように必死なんだよ。なんだってするさ。それにしても、あの場でよく仲間の言うことを信じたね。絶対当たると思ったんだけどな。」

「長年一緒にやってきた仲間なんでね。」

「へぇ~長年か。ていうことはそれなりに上の等級なのかな?そういえば自己紹介がまだだった。アルベルトだ。よろしく。」

「やっぱりアルベルトかよ。ついてねぇ。俺は6等級のフィリップだ。おとなしく捕まってくれないか?」

「おぉ~6等級。ギルドや警備隊もそれなりに本気を出してきたじゃない。実力的には及第点かな。でも、足りないなぁ。きみじゃ何してくるか分からないスリルが足りない。」

「それは申し訳ないね。地道にやってきたタイプなもんで。」

「それはそれでいいと思うよ。でも、これ以上距離は詰められないよ。」


 たしかに、今のやり取りでフィリップとアルベルトの距離はそれなりに開いてしまった。確実にアルベルトの距離だ。だが、フィリップも横へ移動している。つまり廊下から仲間が部屋の中に入ってこられる。

 アルベルトの剣を持つ腕が動きフィリップに刺突が放たれる。それと同時に廊下からギャリーが飛び込んだ。

 フィリップはアルベルトの剣を入口とは反対方向に弾く。体が横に泳がされて大きな隙ができる。そこにギャリーが斬り込む。態勢は崩れ、エストックも間に合わない。確実に斬れると思った。しかし、ギャリーの剣は激しい金属音とともに止められた。


「残念。惜しかったね。」


 アルベルトの前蹴りによりギャリーが後方へ飛ばされる。みぞおちに入ってしまったらしく蹲って苦悶の表情を浮かべて倒れる。

 アルベルトは片手に短剣を持っていた。これでギャリーの剣を受け止めたようだ。


「屋内に攻め込まれるのが分かっててこいつだけで戦うわけないじゃん。短剣くらい準備するさ。」

「どこにそんな物を仕込んでたんだ?」

「仕込むだなんて人聞きの悪いな。ずっとここにあったんだけど。」


 アルベルトの指差す場所は背面の腰だ。たしかに腰に横向きになった鞘が見える。どうやら室内の薄暗さとエストックの異様さに気を取られて気が付かなかったようだ。


「参ったな。近づけばこっちのものだと思っていたんだが。」

「そう簡単にいったら面白くないじゃん。とはいえ、俺も早く逃げないとまずいんだよな。」


 再びアルベルトがエストックを構える。反対の手には短剣を握ったままだ。


「フィリップ!下がれ!水球!」


 イワノフが廊下から魔法を放つ。杖の補助を受けて速度と威力の増した一撃がアルベルトに襲いかかる。狭い部屋の中だ。逃げ場など無い。当たる。誰もが確信した。しかし、水球は空中で突如として破裂した。

 水球の弾けた飛沫の向こう側にはエストックの先端を回転させているアルベルトがいた。


「何を、した?」


 イワノフが声を絞り出す。十分に魔力を練って放った魔法がいとも容易く無効化されたのだ。その衝撃は大きい。


「なにって、かき混ぜただけだよ。」

「そんなことできるわけがないだろう!」

「そう怒鳴らないでよ。本当にできるんだからしょうがないじゃん。」

「俺がどれだけ魔力を練ったと思ってるんだ!その辺の雑魚とは違うんだぞ!」

「あぁ~もううるさいな。静かにしてくれ。」


 眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした直後、高速の突きがイワノフに向けられた。まだまだ間合いの外だと思われていた場所から急速に迫る刺突に驚き硬直してしまう。

 これに反応したハンスがイワノフの襟を掴み後ろに引き摺りギリギリのところで回避した。


「お、次はきみかい?その盾で突きを防いでみる?」

「嫌だね。そんな無謀なことはしたくねぇ。」

「ちぇっ。ノリが悪いなぁ。」

「誰がお前のノリに合わせんだよ。」

「きみだよ。」


 先ほどの突きによりアルベルトが廊下に近い場所に移動してきたせいでハンスは間合いに入ってしまってしまっていた。突きの連撃を受ける。どれも正面から受けると盾が貫かれそうだ。必死に受け流すが、そもそもが腕に付けた小さな円盾だ。受け流しには向いていない。対してエストックは鋼鉄をも貫く剣だ。何回かは受け切れたが、次はどうなのか分からない。ハンスは焦った。その焦りが小さなミスを生む。エストックを受ける盾の向きが下に向きすぎた。瞬間的に危険を感じ体を動かすが間に合わなかった。鎧を貫いて脇腹に深々と突き刺さる。


「ぐぅ――!」


 苦痛に顔を歪める。だが、ここで倒れるわけにはいかない。エストックを掴む。


「くそ。マズったわ。だが、これで逃さねぇぞ。」

「おっと。さすがにこの程度じゃ動けるか。」

「へへっ。当たりめぇよ。」

「よくやったハンス!その手、離すなよ!」


 フィリップはこの好機を逃すまいとアルベルトへ斬りかかる。


「予想通りすぎるんだよなぁ。」


 アルベルトは呟くとエストックの柄を手放してフィリップに向き直る。片手に持った短剣でフィリップの剣を受ける。ここぞとばかりにフィリップは剣を叩き込むが全てを受けられ攻撃が当たらない。だが、アルベルトの得意な武器ではない今がチャンスだ。現に攻撃をしてこない。今しかない。


「おらぁ!!」


 渾身の振り降ろしで肩口を狙う。すると、アルベルトは突然武器を捨てた。両手でフィリップの剣を持つ手を掴み投げ飛ばした。フィリップの視界が反転する。何が起きたのか、またしても理解ができない。

 背中から床に叩きつけられる。思いのほか痛みが無い。追撃が来る前に離脱しようと考えてからあることに気がつく。まだ手を掴まれている。振りほどこうとした瞬間、腕を思い切り捻られた。激痛とともに腕の軋む音が聞こえる。


「ぐあぁぁぁ!」


 激痛に思わず叫ぶ。


「うるさいよ。」


 アルベルトが懐からナイフを出して振り下ろす。腕を捻り上げた状態だ。フィリップは動けない。走馬灯がよぎる。

 しかし、ナイフはフィリップに刺さることはなかった。風切り音が聞こえた瞬間にアルベルトが腕を放してフィリップから離れた。

 再び風切り音が聞こえた。今度は壁に何かが刺さる音も聞こえた。そこには矢が突き立っている。矢の飛んできた方向を見るとジョンが矢を放っていた。ここに来る時、弓矢は持っていなかった。先ほど階段のところで倒した弓使いから剥いできたのだろうか。いずれにしても助かった。


「不粋だねぇ。せっかくいいところだったのに。」

「黙れ!今すぐフィリップから離れろ!」

「もう離れてるだろ?」


 もう一度矢が放たれる。アルベルトが避けると矢は床に刺さった。


「おいおい。やる気あるのかい?ちゃんと体を狙わなきゃ。」

「ジョン、十分だ。後は俺がやる。」


 イワノフが杖に込めた魔力を解放すると空中に100近い水の矢が生成された。この距離でこの数を避けられるわけがない。今度こそ終わりだ。


「水球ならだめかもしれないが、これなら躱しようがないだろ。そんな隅の方にいたら逃げ場も無いしな。くらえ!水矢!」


 一斉に水の矢が飛翔する。だがアルベルトはそれよりも早く動き出していた。前方へ転がるようにして飛び込む。大量の水の矢はアルベルトの上を通過して壁に当たる。壁が砕け散り外が見える。

 矢を躱したアルベルトはハンスの腹に刺さったままのエストックを強引に引き抜いた。


「がっ――!」


 剣を抜かれハンスは倒れ込んだ。血が床に広がっていく。


「じゃあ、そろそろ俺も逃げるとするよ。」


 アルベルトは机の上にあったランタンを床に叩きつける。机の下にある絨毯に火が燃え移り炎が立ち上がる。火のついた机を蹴り飛ばし本棚の後ろの通路を塞ぐ。


「いや~イワノフって言ったっけ?脱出路を作ってくれてありがとね。助かったよ。」

「お前を逃がすためじゃなく殺すためにやったんだがな。」

「まぁそう言うなって。そんなことより、早く消火したほうがいいよ。みんな死んじゃうよ?」

「分かってる。口惜しいが、今は見逃してやる。さっさと行け。」

「話が分かるね。そこの弓矢のきみ、今は俺を狙わずに倒れてる仲間を助けるべきだよ。」


 ジョンは弓を構えて狙いを定めていたが、気が付かれているのでは当てられるとは思えず構えを解いた。


「くそ!今はおとなしく従ってやる!次はこうはいかないぞ!」

「うんうん。その意気だよ。楽しみにしているよ。じゃあね。楽しかったよ。」


 そう言うと水矢によって空いた壁の穴から外へ飛び降りて行った。


「見事にやられたな。強すぎんだろ。ジョン。ハンスとフィリップにポーションをやってくれ。」

「ギャリーは?」

「腹にいいのをもらって気を失ってるだけだから大丈夫だろ。さ、消火するから蒸気には気をつけろよ。」


 イワノフは燃え上がっている床や壁に水を当てて消火し始めた。

 6等級パーティー、緑風の誓い。リーダーのフィリップは右腕を破壊され、ハンスは腹部から夥しい出血をし、ギャリーは意識を失っている。

 振り返るとたった1人を相手に完膚なきまでにやられた。アルベルトが逃げようとしていなかったら全員殺られていただろう。負けたことは悔しいが、今は生きて帰れることを素直に喜ぶしかないと、イワノフは思った。

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