カナメたちの役割
夕陽が空を赤く染めている頃、カナメは暗闇橋から川を眺めていた。橋の下には何艘かの小さな船が行き交い、遠くには大きい船が見える。今いる船は全て旧市街の港に着港しているので密売組織とは関係無いのだろう。だが、少し気になってしまう。昨夜あんな目に遭ったのだから。
頭の傷の場所を触る。昨夜のアルベルトの突きを思い出す。あれは凄まじかった。瞼の裏に焼き付いている刺突は途轍もない速度で真っ直ぐやってきた。美しい姿勢で放たれた突きは正確に急所を狙ってきた。そして最後の方は死角から襲ってきた。積み重ねられた研鑽を感じ、人体を研究してきたことが伺える。あの時は必死だったから気が付かなかったが、今なら分かる。その技術と知識を信用すれば、次に遭ってもギリギリ対処できるはずだ。それに、自分はまだ剣を抜いていない。昨日の戦闘時に抜くことができなかったおかげで、まだこちらの手札が残っている。
大丈夫だ。次は昨日よりも善戦できる。巡回の仕事に行く前に、アルベルトの剣筋を思い出しながら自分を奮い立たせる。
「あ、カナメくん。今日は早いね。」
川を見ていたらクインティナに声をかけられた。クインティナの泊まっている宿屋は南街にありこの橋を通る必要はないのだが、今日はここを使っている。その理由はクインティナの後ろで縮こまっている人物のせいだった。
「か、カナメさん。昨日は、お見苦しい所をお見せしました……。」
エイミィが目を腫らして謝ってきた。
昨夜、彼女はやむを得なかったとはいえ初めて人を殺した。そのせいで警備隊詰所に着いた後に泣き崩れてしまったのだ。クインティナの胸の中でしばらく泣いていた。警備部長が来て話をしに来たのもそのタイミングだった。そのせいでクインティナが説明できなくなったため、ほとんどの対応をカナメが行うことになった。だが、エイミィは泣き止んだ後も精神的に不安定な状態が続いた。そこで、クインティナがエイミィの宿屋へ行って一緒にいることにしたのだ。
「気にするな。初めての時は誰もが気に病むものだ。俺だって初めて殺した時は吐きそうになったよ。村を襲ってきた盗賊だったし、村の人を助けるためだったってのにな。でもそうだな。もし気にするならクインさんに何かしてあげた方がいいかも。」
「いいわよそんなの。こういう時に助け合うのがパーティーでしょ?それに、私はまだ人を殺したことが無いの。だから次に私がこういうことになった時はエイミィちゃんに助けてもらうわ。」
「分かりました。任せてください。誠心誠意支えさせてもらいます。」
「なんか重すぎるのよね。もう少しいつもの感じになってほしいんだけどな。」
「それは……もう少し時間をください。」
「しょうがないか。ところでカナメくん、包帯が新しいわね。病院に行ったの?」
「はい。さっき行ってきました。思ったより軽傷らしいです。それにしても、あの先生はどうにかならないんですかね。また転職を勧められましたよ。」
カナメの頭には真新しい包帯が巻かれている。ここに来る前、病院に行って治療を施してもらった。幸い傷口は縫うほどの怪我ではなかった。生え際の怪我なのでその部分の毛が生えなくなる可能性はあるらしいが、その程度だった。医者からは「命を危険に晒すくらいなら傭兵なんか辞めなさい」と小言を言われた。心配してくれるのはありがたいが余計なお世話だ。
「知ってる?あの医者が傭兵を辞めるように勧めてくる人って将来大物になるって噂があるのよ?」
「なんですかそれ。それじゃまるで先生の見る目がないみたいじゃないですか。変なジンクスですね。」
「噂だからね。面白半分で言ったことが広まった都市伝説みたいなものかもしれないから真に受けないほうがいいわよ。」
「真に受けるもなにも信じてませんて。」
「あら、それは失礼。」
手を口に当ててクスクスと笑っている。
「それじゃ、とりあえず事務所の方に行きましょうか。」
橋の上で話していた3人は南街側へ下りて行き警備隊の事務所へ向かった。
事務所に着くと隊員が慌ただしく動いていた。その中には見たことの無い人の姿もある。何が起こっているのか分からず戸惑っていると見慣れた隊員から声をかけられた。
「あぁ、きみたち来ていたのか。今はちょっとバタついててね。今日の予定について話すから、そこに入って待っててくれ。」
隊員に指示された場所を見ると間仕切り用の板に囲われた一角があった。中に入ると机と椅子が置かれていた。とりあえず椅子に座って待つことにする。
「 おう。待たせたな。お前らが飛燕の燈火か。俺は傭兵ギルド出張所の副所長のディアスだ。よろしくな。」
間仕切りの板を動かしてガタイのいい中年男性が入ってきた。妙に疲れているように見える。
「はじめまして。飛燕の燈火のクインティナです。こっちがパーティーメンバーのカナメとエイミィです。」
「ほう。お前がカナメか。昨日は大変だったようだな。」
「えぇ、死ぬかと思いました。あんな思いはもうごめんです。」
「ハッハッハ!そうだろう!相手は刺穿のアルベルトだったんだからな!むしろよく生き残った。」
「刺穿?あいつ、二つ名持ちだったんですか?」
「そうだ。まぁ二つ名は我々が把握しやすくするために重大事件を起こして逃走中の奴につけることが多いから決していいものではないんだがな。刺穿もその口だ。ところで、今日俺がここに来たのはな、この区画で大仕事があるからなんだ。お前らに会いに来たのはそのついでだ。」
「大仕事、ですか?」
「あぁ。今日これから、明気薬密売拠点の摘発を行う。」
「これからですか!?ということは、僕らもそれに加わるということですね。」
「いや、摘発には別の上級パーティーを招集してある。お前らは一般人が入りこまないように外側を警戒するだけでいい。巡回依頼を受けている以上、それ以外の仕事をさせるわけにはいかないんでな。それに相手が相手なだけに危険すぎる。昨日の件で気持ちが昂っているかもしれないが分かってくれ。」
「そうですか。残念ですが仕方ないですね。まぁアルベルトに遭っても勝てる気はしないですから構いません。でも、あいつが逃げてきたらどうすればいいですか?」
「その時は素通りさせろ。次まともにやり合ったら死ぬぞ。」
「分かりました。向こうから襲ってこなければいいんですけどね。」
「そうなったらまた逃げに徹してくれ。摘発現場の方に来てくれれば助けてやるさ。」
「来てくれればって、ディアスさんも現場に行くんですか?」
「まぁな。現場指揮だ。徹夜明けだから不安ではあるが。」
「え?徹夜したんですか?なんでまたそんなことを。」
「したくてしたんじゃねぇよ。当直の時にこの話が来て帰れなくなったんだ。所長は休みだから代わってくれる人がいねぇしよ。」
「そういうことでしたか。お疲れ様です。」
「ったく。誰のせいでこんな事になったと思ってんだ。とにかく、そんなわけだ。詳しい配置は警備隊から聞いてくれ。」
そう言ってディアスは間仕切りの後ろへ下がっていった。今の話しぶりからすると徹夜の原因は自分たちにあるようだった。昨夜の一件で事態が急激に動いてしまったということか。
この後、警備隊から詳しい説明があった。摘発は午後10時に行うので、外側で規制線を張るためにその1時間前くらいに配置に着くようにとのことだった。
配置は通り沿いだった。通りの封鎖をする警備隊と合同で担当することになった。
また、今回の摘発は突入部隊に警備隊と6等級パーティー、建物の外を囲む包囲部隊に警備隊と4等級パーティー2組が配置されていると聞いた。通常の摘発だと傭兵ギルドに話が来ることは少なく、来たとしても6等級まで呼ぶようなことはしないらしい。やはりアルベルトを警戒してこの体勢になったのだろう。
摘発現場に行けないことについてやむを得ないことは理解できる。何しろ昨日の戦闘の影響が肉体的にも精神的にも残っているのだ。クインティナでさえ多少疲れの色が残っているのだ。重要な場所に配置するわけにはいかないだろう。
頭では理解できているのだが、気持ちは追いつかない。自分自身でも不思議なくらいアルベルトと再戦したい。戦ったら次こそ命が無いかもしれない。だが、自分の力を試したい気持ちもある。
全力で戦えばどこまでやれるのか。イメージせずにはいられない自分に戸惑いつつ、指示された現場へ赴いた。




