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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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路地裏

 3人は暗く細い路地の中へ入っていく。路地の中は通りに比べて甘い臭いがきつかった。地面も石で舗装されているが所々石が浮いていて足を取られる。

 人がすれ違うのがやっとというくらいの狭い道を行くと左手に1つ目の角が出てきた。チラリと覗くと奥にはちょっとした広場があるようだった。焚き火がありその周りで騒いでいる若者がいる。紙を火で炙って煙を顔にかけているのが見えた。すると、その若者は奇声を上げて仰け反った。どうやら、薬を服用する瞬間だったようだ。その異様な光景に3人は一様に言葉を失った。

 あまり見ていて気づかれると危険なような気がしたので奥へ進んだ。程なくして右手に2つ目の角が見えた。

 恐る恐る壁から顔を出して門の先を覗く。視界の中には誰もいない。黒い扉も見えない。道は先の方で緩やかに左へ曲がっており、その奥の方から火の光でできた影が動いているのが見え、話し声がする。

 角を曲がる前にエイミィに指示を出してランタンの火を消してもらう。足音をたてないよう静かに歩く。念のため角の所にクインティナを残して見張りをしてもらうことにした。

 徐々に話し声が鮮明になってくる。一体何を話しているのか。密売組織の人間なのか、ただの市民なのか。黒い扉の先が店だと聞いている。それを考えると密売現場ではなさそうだ。緊張で鼓動が速くなっているのが分かる。エイミィも呼吸が荒くなっているようだ。


「それにしても、暇だなぁ。」


 奥の人物の声が聞こえてきた。男の声だ。

 声が聞こえた瞬間、エイミィが前のめりになってきた。危ないので周囲の警戒をするよう指示する。カナメはしゃがんで会話に集中する。


「あ?何言ってんだ?今日もたくさん客が来たじゃねぇか。」

「いやまぁ、そういう意味では暇じゃないんだがな。なんかこう、張り合いがないっていうか。わかんだろ?」

「わかんねぇよ。楽して稼げるんならそれが一番じゃねぇか。それともあれか?用心棒のお前としちゃ荒事がないとつまらないってか?」


 なるほど。用心棒なんてのがいるからには、たしかにここには店がありそうだ。

 道の奥の方からは刃物を擦り合わせるような音が響いてきた。


「たしかに、何事も無い仕事なんて、俺としちゃあサボってるようなもんだが、それは問題じゃねぇ。せっかくいろんなヤツと戦えそうだからって用心棒になったのに何も無かったら、期待外れってもんだろ?」

「はぁ~。アルベルト、そんなこと言ってるけど、つい最近楽しんでいたじゃねぇかよ。」

「いつの話だ?」

「先週末だよ。あの3人パーティーの傭兵相手に遊んでたじゃねぇか。」

「あぁあいつらか。全然楽しくなかったな。剣士以外一撃だったし、剣士も弱かった。所詮3等級だな。」

「よく言うぜ。わざと急所を外して何度も刺していたくせに。」

「あ、分かった?さすがだなぁビョルンは。」


 2人の笑い声が響き渡る。

 アルベルト。今の話を聞く限り、こいつがザックスを殺した犯人の可能性が高い。自分の楽しみのために人を弄んで殺すなんて、許しがたい。

 今の話をエイミィも聞いていたのだろう。背中越しに分かるくらいの怒りを感じる。


「今年中に楽しめる相手に会えるかねぇ?」

「俺は会いたくねぇな。このまま楽に終わりてぇもんだよ。」

「う〜ん、そうはならない気がするなぁ。よっと!」


 アルベルトの声が聞こえた瞬間、風切り音とともにカナメの目の前を何かが通り過ぎた。右側から大きな音が聞こえる。見ると、建物の木製の板にナイフが突き刺さり小刻みに震えていた。思わず唾を飲む。


「どうした?何かいたのか?」

「いや、投げナイフの練習だよ。いい位置に行った。」

「ふん。練習はいいが、勝手に人の家を壊すんじゃない。」

「大丈夫だって、この辺の家なんてどうせ半分潰れてんだから。」

「はっ!それを言っちゃおしまいよ!」

「まぁ、近いうちに楽しそうなやつに会える気がするなぁ。」


 その言葉は誰のことを指して言った言葉なのか。アルベルトは間違い無くこちらに気がついている。そのうえで放置している。危険すぎる。

 その時、奥の方でドアが開く音が聞こえた。


「おい、お前ら。カシラがお呼びだ。こっちに来い。」

「はいよ。行くぞ、ビョルン。」

「うるせぇ、指図すんな。」


 足音が遠ざかり、音が変わったところでドアが閉まる音が聞こえた。道の奥から影は見えなくなった。


「――っはぁ!はぁ!はぁ!」


 一気に汗が噴き出る。彼ら、いや、アルベルトがいなくなったことで緊張の糸が切れた。四つん這いになって呼吸を整える。最後の方は生きた心地がしなかった。


「カナメさん。私、あいつが許せません。」


 エイミィがいつになく低い声で呟く。


「やめておけ。お前には無理だ。たぶん俺も。とりあえず、やつらの入っていったドアを確認だけして帰るぞ。」


 誰もいなくなったであろう道の奥を慎重に覗く。案の定そこには誰もいなかった。そしてその先には黒い扉があった。この先に密売所があるらしい。そして、そこには『カシラ』と呼ばれる人物もいる。おそらく『カシラ』というのは組織の親玉だろう。まさか密売所と組織のトップがいる場所が同じだとは思わなかった。

 目的は達した。来た道を急いで戻る。

 寒そうにしているクインティナに声をかける。足音が聞こえていたのか反応が早かった。

 先ほど奇声をあげていた若者がいる場所の前を通ると奇声の数が増えていた。恐ろしい。正気ではない分、魔物よりも怖いかもしれない。

 そのまま路地を駆け抜け通りに戻ってきた。息を荒らげ両手を膝につける。


「で、どうだったの?何か分かった?」

「色々分かりました。奥には用心棒がいて、奴らの話を盗み聞きしました。おそらく、ザックス達のパーティーはその用心棒の1人に全滅させられてます。」

「え?3人を1人で?3等級よ?その辺のゴロツキなんかより断然強いのに。」

「『所詮3等級』って言ってましたね。実際、相当腕がたつと思います。たぶん、僕らの存在は気づかれてました。投げナイフが僕の目の前を通過しました。」

「あの大きな音は投げナイフだったのね。」

「僕らは逃がされたんですよ。実際に見たわけではないので実力は分かりませんが、勝てる気がしないですね。まぁ、後は警備隊に任せましょう。ここから先は僕らの仕事ではないですから。」


 一通り今見聞きした情報を共有する。その間、エイミィは何も言わなかった。先ほどの用心棒への怒りからなのか、自分では敵わないであろうという悔しさからか、苦々しい顔をして俯いている。

 クインティナもその様子に気がついてはいるが、敢えて触れない。今の話を聞いて何を思っているのかは大体想像できるからだ。

 3人の間に重苦しい空気が流れる。それを振り払うかのように、クインティナが口を開いた。


「カナメくん、疲れてるところ悪いけど、ここから更にもう一仕事してもらうわよ。」


 クインティナは通りの端に寝かせた軽度の中毒者2人を木棺の魔法で棺の中に入れた。今回は蔓状の木材を通す穴まで最初から作っている。


「え?これを、運べと?2人分?」

「あなた以外誰がやるのよ。」

「せめて、車輪などつけていただけると……。」

「無理よ。車輪の構造を知らないもの。」

「そうきたか……。」

「あの、私も手伝いますよ?」

「いや、大丈夫。1人でやるよ。さぁクインさん、蔓、お願いします。」


 クインティナが蔓状の木材を棺の穴に通すようにして生成する。多少気を使ってくれたのか持ち手が作られている。昨日よりは引っ張りやすいか。


「せーのっ!」


 2つの棺を同時に曳く。石畳と木の擦れる音に加えて棺と棺がぶつかり、棺同士の擦れる音が周囲に響く。ここから警備隊の事務所までかなり歩いた気がする。それまで体力はもつだろうか。手は擦り切れたりしないだろうか。また警備隊に通報されるんじゃないか。心配事は尽きない。ただ、やることは1つ。これを曳いて歩くこと。今はただその1点に集中することにした。

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