情報の荒っぽい集め方
「カナメさん、大丈夫ですか?」
南街西側の事務所前でエイミィは心配そうにカナメの顔を覗き込んでいる。
「まったく、何やってるのかしら。しっかり体調整えて来なさいよ。」
クインティナは呆れてしまっている。
だが、これは仕方ないのだ。さっき食べた魚のせいなのだから。
カナメは青い顔をして腹を押さえて蹲っている。少し前から物凄い腹痛に襲われている。
「クインさん⋯⋯毒消し、持ってないですか?昼に食べた、魚が、当たったみたいです。」
蹲りながらクインティナに手を伸ばして薬を要求する。とんがり帽子のツバの下から見下ろされる目は冷たい。
「もー。持ってるわよ。使えるか分からないけどさっきたくさん買ってきたわ。まさかこんな使い方するとは思わなかったけど。」
腰の小袋から毒消し用の飲み薬を出してカナメに渡す。
「ありがとう、ござい、ます。」
瓶の蓋を開けて一気に飲み干す。
「うぇ⋯⋯苦っ⋯⋯。」
「文句言わない。」
「カナメさん、何食べたんですか?」
「さっき、暗闇橋を渡った先の、あけぼの町って飲み屋街で、魚の唐揚げを食べた。それが、泥と油の味しかしなくて。しかもその魚、そこの川で釣ったらしい。」
「え?そんなの食べられるんですか?」
「正気?」
「実際に金払って食べた結果がこれさ。ふぅ~、だいぶ楽になった。」
腹痛が和らぎ、ようやく立つことができた。まだ少し違和感が残るが歩けそうだ。それにしても、すぐ回復するのはありがたい反面、この即効性には不安になる。
「なんでそんなもの食べたのよ。どう考えても危険じゃない。」
「食べたくなかったですよ。でも、あの老人たちが名物だから食えって。」
「老人?」
「昼間から飲んだくれてる老人たちとご飯食べたんですよ。」
「何その無駄に高いコミュ力。」
「その無駄に高いコミュ力のおかげで色々な情報が手に入りましたよ。例えば僕の食べた魚が密漁によるものだとか。」
「うわ、心底いらない情報ね。」
「はい。絶対に使わない情報です。」
2人から呆れたような目で見られる。まぁ今のはふざけただけだから仕方ない。
「まぁまぁ、情報はこれだけじゃないですって。酔っ払いの言うことなんでどこまで信用できるか分かりませんが。ところで2人とも、昨日の薬物の件、どう思います?」
「何よ急に。あの薬は嫌よ。当たり前じゃない。」
「私は許せません。人の命を弄んでいるようで。」
「もし、薬の取引場所を特定できそうだとしたら、どうします?」
「どういうこと?まさか、特定したの?」
「そんなわけないじゃないですか。ただ、取引場所の有力情報を手に入れたんです。」
「凄いです。ただ毒入りの魚を食べただけじゃなかったんですね。」
「おい、毒入りとかいうな。売り物だぞ、一応。とにかく、壁側の路地裏にあの薬を扱っているやつらがいるらしいです。」
「なるほどね。それで、現場を押さえてしまおうってわけね。」
「いえ、現場を確認したら警備隊に報告します。さすがに3人じゃ取り逃しかねないですから。」
「分かったわ。警備隊に報告するのは私も賛成よ。じゃあ今日は西側の壁沿いに巡回しましょうか。また昨日みたいに中毒者が出てくるかもしれないから注意して行くわよ。」
巡回前の相談が終わり3人は通りを歩いて壁方面へ向かう。壁に近づくにつれて街並みが変化してくる。通りに面している建物は薄汚れてきた。中には窓が壊れたままの状態で放置されているものもある。また、通りから路地裏に入るための細い道が増えてきた。まるで空いてる土地に無計画に建物を建てたかのようだ。
まだ時間も浅いため人とすれ違うことがある。ほとんどが酔っぱらいだ。中には大声を上げている者もいる。酒の影響か薬の影響か判断がつかない。
「ひどいわね。」
「そうですね。昼間の飲み屋街のレベルを考えてましたけど、ちょっと想像以上でした。」
「なんか、ある意味で魔の森より怖いです。」
「ホントよね。それにこの臭い何?さっきから妙に甘ったるい臭いが混ざって気持ち悪い。」
クインティナが口元に布を当てて嫌な顔をしている。
たしかに、清掃が行き届いていない臭いと酒やタバコの臭いの他に、嗅いだことのない甘い臭いがあった。これらが混ざり合って街の中は激しい異臭がする。
「嫌ですよね、この臭い。私も頭が痛くなってきました。」
エイミィも眉をひそめている。
「そうだな。なんだかまた気持ち悪くなってきた。」
「あなたのそれはただの胸焼けじゃないの?」
「変なもの食べるからですよ。」
「2人とも辛辣だなぁ。」
巡回をしながら軽口を叩いていると、路上で喧嘩をしている2人組みを見つけた。先週の痴話喧嘩の要領で取り押さえようと思ったが、今回は2人とも興奮状態で殴り合いだ。さすがにここに突っ込むのは危険だ。魔法で対処させてもらう。
「盛土」
喧嘩をしている2人を、1人ずつ盛り上がった土で下腹部ほどまで埋めて拘束する。しかしそんなことは気にも留めず2人は未だに互いを罵り合いながら暴れている。
「2人とも、落ち着いてください。何があったんですか。」
「うるせぇ!こいつが俺の分まで取ったせいなんだ!」
「黙れ!俺が俺の金で買っただけだ!」
「カナメさん、この人たち、目が⋯⋯。」
エイミィに言われて2人の目をよく見ると、2人とも充血していた。中毒者の可能性が出てきた。
「2人とも、落ち着いてください。話が見えないです。もしかして、明気薬のことですか?」
「そうだよ!誰かが俺を襲おうとしてる気がしてならねぇ!不安なんだよ!だからその薬を寄越せ!」
「知るかよ!自分で買え!」
「お前が俺の物を取ったんだろうが!」
「俺は店のものを買っただけだ!お前のものなんかとってねぇ!」
「俺が買う予定だったものまで持っていったくせによくも!」
話は平行線を辿っているが、要するに『目の前で買い占められた腹いせに襲った』ということだろう。こんなことを考えるくらいだ。おそらく普通のことを言っても通じない。
「はぁ〜。やめてくださいって。そんなに欲しいなら僕が買ってきましょうか?」
「え!?カナメくん!?」
「カナメさん!なに考えてるんですか!」
驚く2人を他所に言いがかりをつけている人に話し続ける。
「場所を教えてもらえれば行ってきますよ?売ってる人も初めての客用にとっておいているでしょうからね。」
「あぁ!?じゃあてめぇで買ってこい!金は出さねぇからな!そこの路地を入って2つ目の角を右に行った所にある黒い扉が店だ!分かったらさっさと行ってこい!」
「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい。」
カナメがにこやかに礼を言うと、暴れていた2人の周囲に白い煙が発生する。
「――!まずい!エイミィちゃん!離れて!」
「え?でもカナメさんが!」
「いいから今すぐ離れるの!急いで!」
クインティナが血相を変えてエイミィの腕を引っ張り、エイミィが転びそうになる。
「な、何だこれ!火事か!?」
「やだ!死にたくねぇよ!」
暴れていた2人が急に現れた煙に動揺して喚き始めたが、姿が見えなくなると同時に声が聞こえなくなった。
「ど、どうしたんですか?なんなんです?あれ。」
「あれはカナメくんの魔法の中で一番いやらしい魔法よ。白煙っていう、無差別に生かさず殺さず拘束する魔法。たぶん、被害者はしばらくの間後遺症に苦しむと思う。一種の毒の魔法よ。」
「な、なんでカナメさんは毒の魔法なんて……。」
エイミィがあらぬ誤解をしているようなので訂正しに行く。その前に白煙を解除する。長くあの中にいるとどうなるか分かったものでない。
「クインさん、毒の魔法は酷くないですか?ただの水の魔法ですよ?」
「水の魔法の性質を最大限悪用したような魔法なんて毒の魔法と同じでしょ。それより、あんなの急に使わないでよ!死ぬかと思ったわ!」
「効果範囲は限定したし、クインさんならこの魔法を知ってるから大丈夫だと思いまして。」
「だとしてもやめてよ!びっくりしたじゃない!」
「それで、カナメさん。あの2人はどうなったんですか?まさか、死――」
「死んでない死んでない。たぶん今は気絶してるだけだ。あれを食らうと呼吸困難になるから。」
「良かったです。死んじゃったのかと思いました。」
「まぁ生きてはいるけど、大丈夫かなぁ。この魔法、魔物相手に1回しか使ってないし、あの時はすぐにトドメを刺したから効果がよく分かってないんだよなぁ。後遺症がいつまで続くのか分からないし、薬も合わさってどうなるのか……。」
「人体実験なんて鬼畜の所業ね。」
「仕方ないじゃないですか。ここで確実かつ速やかに静かにさせるには一番効率的だったんですよ。」
「はいはい、分かったから。それで、これからどうするの?お店、行くの?」
「はい。でも場所の確認だけにします。中に入るのはさすがに危険です。本当に言った通りの場所にあれば、警備隊に報告しましょう。」
「あの……それより、あの2人そろそろ寝かせてあげませんか?」
エイミィの視線の先には土の魔法で腰から下を拘束された状態でぐったりしている2人がいた。アイアンウルフの時同様呼吸が弱くなっているように見える。
「やべ、忘れてた。そろそろ土の魔法が解ける。」
慌てて2人のもとに駆け寄り魔法を解除する。寒空の下で寝かすのは申し訳無いが贅沢は言っていられない。少しの間だけ待っていてもらうことにする。
通りの端に2人を寝かせた。
「さて、行きましょうか。」
カナメが言うと、2人も無言で頷いた。
先ほど指し示された路地を見る。うっかりしているとそこに道があることにすら気が付かないような細い道。その先に密売所があるらしい。意を決して踏み出した。




