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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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飲み屋街

 カナメは激しい物音で目を覚ました。ドアを隔てた先の廊下から人の歩く音や掃除の音、布の擦れる音が聞こえてくる。室内清掃の時間のようだ。ということはまだ昼前ということか。

 昨夜、正確には今朝宿屋に帰ってきたのは朝の6時頃。朝食の提供が始まっていたので、軽く食事を済ませてから部屋に戻った。服を着替えたらそのまま布団に潜った。疲れもあるが、夜に眠れなかったのが何より辛かった。体の汚れを拭き取ることも忘れて寝てしまった。

 そして今、清掃の物音で叩き起こされた。睡眠時間が足りない。まだ眠い。だがうるさくて眠れない。仕方なく布団から出て窓を開ける。

 日の光が室内に入り込むなか、支度を始める。これ以上眠れる気もしないから、適当に支度をして昼食を取ることにした。

 宿を出て歩いていると、今朝エイミィと別れた場所に来た。あの時、エイミィは半分寝ているような状態だった。ちゃんと宿まで辿り着いただろうか。

 どこで昼食をとろうか考えているうちに、気がついたら暗闇橋の付近にまで来ていた。思えばこの辺の店には来たことが無い。いい機会だからと飲食店を物色し始める。

 暗闇橋を渡り広場を抜けると多数の飲食店のある区画に出る。そこには花橋付近の飲食店とは異なり、通りに面してカウンターがあり、通りに突き出した屋根の下に簡易的な椅子やテーブルが乱雑に置かれている。そのテーブルでは多くの人が食事をとっているが、皆一様に酔っている。通りの両側で同じような光景が見られ、至るところから嬌声が聞こえる。

 街を歩いていて自分のような傭兵が少ないことに気がついた。平日の昼間と言えば、花橋側だと傭兵が飲み食いして騒いでいた。しかし、ここでは傭兵をほとんど見かけない。店で食事をしている人たちは男性が多く、タバコを吸いながら酒を飲み、中には手が震えている者もいる。どの人たちも痩せている。


「お~い、そこの傭兵の兄ちゃん。こっち来て一緒に飲まねぇか?」

「やめとけよ。仕事中だぞ。」


 横の方の店にいる老人に声をかけられた。一緒にいる老人が止めているが構うような様子は無い。


「いえ、ちょうどどこでご飯を食べようか迷っていたところなんですよ。」


 作った笑顔で返事をする。


「ほれ見ぃ、仕事中じゃなかったぞ!こっち来いこっち来い、そこ座れ。」

「じゃあお言葉に甘えて失礼します。」


 誘ってきた老人の前の椅子に座ると、老人は少ない歯を見せて笑っていた。その老人と飲んでいたもう1人の老人は困ったような顔をしている。


「悪いねぇ。こいつは昔から若いもんを見るとすぐ誘っちまうんだ。」

「大丈夫ですよ。僕もご飯を食べる場所が決まらなかったからちょうど良かったです。」

「お、じゃあここの店の名物を食べなさい!そこの川で取れた新鮮な魚の唐揚げだ。美味いぞ〜。」


 そこの、川?上流ではなく?下水が流されてる、そこ?急に不安になってきた。


「ははは……。じゃあそこのカウンターでそれを頼んできます。お2人はエールでいいですか?」

「お!気が利くじゃないの兄ちゃん!」

「急に誘ったのに悪いねぇ。ありがとう。」


 カウンターで食事を注文すると、エールがカウンターの上に乱暴に置かれる。ジョッキの中でエールが波打ちこぼれている。手を濡らしながらジョッキをテーブルに持っていく。


「ありがとなぁ!お?兄ちゃん、自分の分がねぇぞ。」

「あ、僕はこの後仕事なので。」

「ほぇ~大変だなぁ。こんな所にいるからてっきり飲みに来てるもんだと思ったよ。」

「ここってそんな場所なんですか?」

「なんだ兄ちゃん、そんな事も知らねぇのか!ここはあけぼの町って言ってな、みんなが酒を飲んで明るく過ごす飲み屋街なんだよ。」

「へぇ~そうなんですね。僕はまだ街に出てきたばかりだからこの辺のことを知らないんですよ。もし良ければこの地域のことを教えてもらってもいいですか?教えていただけたらもう一杯サービスしちゃいます。」

「そうかそうか。こりゃあ教えてやらない訳にはいかねぇな!なぁ兄弟!」

「兄弟ではないって。まぁ奢ってくれるって言うなら教えてあげるよ。」


 最初は渋っていた老人もただ酒が飲めると知って前のめりになっている。現金な人たちだ。

 しばらくは当たり障りの無いことを聞いて純粋に街の事について知っていった。どうやら普通は川には降りられないが、隠し階段があってそこを使えば川に降りて釣りができるらしい。この店の魚はそうやって釣られたものだそうだ。なんの悪気も無く話しているから敢えてツッコまなかったが、密漁じゃないか。巡回中にこの老人に会ったらどうしよう。

 しばらくして魚の唐揚げが出てきた。カウンターに取りに行くと、開きにした魚1尾丸ごと揚げた豪快なものだった。早速食べてみる。一口食べて激しく後悔した。泥臭すぎる。泥と油の味しかしない。

 魚の味に目を白黒させていると、老人たちはその様子を見て笑っている。おのれ、謀ったな!

 だが、これで場の空気を十分にほぐすことができた。重要なことを聞くのはここからだ。


「ぐふっ……この魚、凄いですね。」

「ぎゃはははは!そうだろうそうだろう!ここの名物だからな!」

「後で仲間にも教えたいと思います……。ところで、最近この辺でいい薬が手に入るって聞いたんですが、何か知りませんか?落ち込んだ気分を立ち直らせるっていうやつなんですが。」

「あん?そんなん聞いてどうするんだ?」

「僕の友人が最近魔の森で死にかけたんです。友人を残してパーティーメンバー全員死んでしまって。そのせいであいつは思い詰めて仲間の後を追おうしてしまって危険な状態なんです。だから、少しでも楽にさせてやりたくて。」


 でまかせだ。途中まで本当で、最後は完全な嘘だ。こんなことでケントをネタに使うのは気が引けるが、今思いつく最も説得力のある話だ。利用させてもらう。


「なるほどな。たしかに最近、そういう薬が流行ってる。もっと奥の方の路地裏に行けばそういう薬を扱ってる輩がいっぱいいる。でも、あれは良くねぇと思う。あの辺にいるやつは様子がおかしい。近づきたくねぇ。友だちのことを思うなら兄ちゃん、薬なんかに頼らず兄ちゃんが支えてやれ。」

「あいつは僕なんかより女に支えて欲しがりますよ。」

「ははっ!違ぇねぇや!」


 歯の少ない老人は豪快に笑う。


「ちなみに奥の方ってどこのことなんですか?」

「そりゃ教えられねぇな!」


 くそ。さりげなく聞けば酔った勢いで教えてくれるかと思ったのに。


「とにかく、変な気ぃ起こして壁の方まで行こうとはしないことだな!」


 なるほど。壁沿いってことか。後で警備隊に報告だ。


「色々教えていただきありがとうございました。薬の方は諦めます。仲間だけで何とか立ち直らせます。」

「おう!そうしろそうしろ!お前もそう思うだろ、兄弟!」

「ぁあ?ごめん、寝てた。何の話だ?」

「かぁーっ!話の途中で寝るやつがあるか!」

「まぁまぁ、僕は大丈夫ですよ。では、そろそろ失礼しますね。仕事の時間が近づいてきましたので。」

「おーう!こっちもありがとなぁ!また来いよー!」


 成り行きとはいえ、思わぬところで薬物関連の情報が手に入った。まさかあんな人たちでも知っているほど身近に存在しているとは思わなかった。

 老人たちと別れたカナメはとりあえず暗闇橋へと向かった。今日の集合場所である事務所に直行すると老人たちに怪しまれそうだからだ。無いとは思うが、彼らが組織の末端だった場合、巡回依頼を受けた傭兵だったとバレたら面倒だ。

 時間はまだ昼過ぎ。集合時間までは3時間はある。念には念を入れて旧市街まで行って時間を潰そう。

 それにしても、さっきの魚は酷かった。心なしか腹に違和感を覚える。仕事までに治ることを祈りつつ暗闇橋を渡った。

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