巡回区域の真実
月明かりの下、カナメは木製の棺を引き摺っている。棺にクインティナの作り出した蔓状の木材を括り付けて紐代わりとした。
石畳に棺が擦れる音が静かな通りに鳴り響く。建物に反響する。
「あの〜、クインさん。これ、僕らが警備隊に通報されません?」
「仕方ないでしょ。こいつを事務所に連れて行くためにはこれしか手段が無いんだから。」
棺の中では未だに獣のような唸り声と棺を開けようとして内側から引っ掻くような音が聞こえてくる。
その棺を見ながら不安そうな顔をしているエイミィがカナメに賛同する。
「さっき、前から歩いてきた人が走って逃げていきましたよね。あの方向は警備隊の事務所の方でした。」
「そうだけど、じゃあどうすればいいって言うのよ。」
クインティナも分かってはいるが、今更どうしようもない。
「せめて形だけでも他の物にできなかったかなと。」
「カナメくんも分かるでしょ。イメージしやすいものの方が早く生成できるの。人を入れる箱をイメージしたらこれが最初に出てきたのよ。それに、一度作ったものの形は変えられないじゃない。それとも、もう一度ここでこいつを解放して捕まえ直す?」
「あ、それはありですね。たぶんもうすぐ魔法の効果が消えますよね。そうなる前に一度出しちゃった方がいいと思います。」
「残念。私の魔法はこの程度の時間じゃ消えないわよ。あと30分はもつわ。」
「あの一瞬でそこまで長持ちする魔法を作るなんて⋯⋯。無駄に高性能。」
「ん?なんか言った?」
カナメが最後にボソッと呟いた一言に反応された。クインティナが笑顔で訊いてくる。
「ごめんなさい。」
「何を謝ってるのかなー?謝るようなこと言ったの?」
「エイミィ、クインさんが怖い。」
「今のはカナメさんが悪いと思います。ちゃんと謝ってください。」
「お、エイミィちゃんにも聞こえてたんだね。ダメだよーカナメくん。呟く時はもう少し小さな声にしないと。」
「すいませんでしたー!」
カナメの声が静かな街にこだまする。
「うん。分かればいいんだよ、分かれば。」
クインティナが張り付いたような笑顔でこちらを見ている。全身黒色の魔女風ファッションということもあり不審者感全開でこれをやられると怖さが倍増する気がする。
「さて、それじゃあ気を取り直して引っ張っていこうか。」
なんだかいつものクインティナよりも怖い。妙に明るいのが怖い。深夜のテンションとは恐ろしいものだ。
そんなことを思っていると、正面の角から警備隊員が2人走ってきた。
「おい!お前ら!そこで止まれ!」
静止を求められた。周囲を見回しても自分たちしかいない。どうやら自分たちにかけられた言葉のようだった。
「ちょ、ちょっとどうしたんですか!?」
クインティナが驚いたように声を上げる。
「おとなしく武器を捨てろ!魔女とその従者が棺を引いて歩いているという通報があったんだ!」
警備隊員が剣を抜きながらジリジリと間合いを詰めてくる。武器を置かないと本気で切りかかってきそうだ。
とりあえず指示された通り全員が武器を地面に置く。パーティーを代表してクインティナが警備隊員と話をする。
「わかりました。でも、怪しい者じゃないです!3等級パーティーの飛燕の燈火です!」
「なんだと!?ぐ⋯⋯たしかにあのパーティーのリーダーは魔女のような風体ではあったが⋯⋯。では、その後ろの棺はなんだ!」
「これは私たちを襲ってきた人物を拘束するために使った魔法で作ったものです。形がたまたま棺だっただけです。この棺の中から獣のような声が出ているのが聞こえますか?」
依然として激しく棺からは唸り声と引っ掻く音が聞こえている。この状況を見てようやく警備隊員の警戒が緩む。
「む⋯⋯。たしかにその棺からは恐ろしげな声が聞こえるな。済まない。どうやら勘違いだったようだ。」
警備隊員が剣を下ろしたことでこちらの緊張も緩み大きく息をつく。
「ありがとうございます。それで、この人はどうすればいいですか?」
「あぁ。事務所まで連行してもらいたいんだが、こいつがどんな状態だったか聞いてもいいか?」
「はい。この人を見つけた時は酔っぱらいかと思ったのですが、近づいたら噛みついてきました。彼が咄嗟に杖で殴ったので事なきを得ましたが、まるで痛みを感じていないようでした。目も血走って血管が浮き出ていましたし、人じゃないみたいでした。」
「なるほど。そこまで進行していたか。ありがとう。事務所まで戻る必要は無い。しばらくすれば大人しくなるさ。と言ってる間に、音が聞こえなくなったな。」
気がついたら棺からは音が聞こえなくなっていた。棺を引っ掻くことによって生じる振動も、蔓状の木材から伝わってこない。不気味なほど静かだ。
警備隊員たちが剣を鞘に収める。
「申し訳無いが、棺の蓋を開けてくれないか?」
「大丈夫なんですか?」
「構わない。俺の考えが正しければ、何も起こらない。」
「そういうことでしたら⋯⋯。カナメくん、エイミィちゃん、念のため用心しておいて。今魔法を解除するわ。」
クインティナの指示でカナメは杖を、エイミィは槍を構える。
クインティナが2人に目線を送って合図をした瞬間、棺は淡く光る魔力の粉となって霧散した。
粉の中には横たわったままの人影がある。パーティーに緊張が走る。だが、中にいた人物は動かなかった。
「どういうこと?」
「やはり、か。」
警備隊員はゆっくりと近づいて行き顔を確認している。
「あの、どういうことなんですか?」
「君たちは明気薬、って知ってるかい?」
「いえ、それがどうしたんですか?」
「最近この辺りで流行ってる薬なんだけど、使うと不安が解消されて晴れやかな気分になるとされているんだ。ただ、これを使いすぎると幻覚が見えて人を襲うようになる。」
「え?それじゃあ⋯⋯。」
「そう。獣のように人を襲うようになったら最後。こうなる。」
説明をしていた警備隊員が指し示したのはカナメたちを襲ってきた人物だ。いや、正確にはその人物の遺体だ。苦悶の表情で息絶えていた。顔には先ほどのように血管は浮き出ていないが、目を見開いた状態で固まっている。衣服の下に見えている細い腕や足には未だに筋肉の硬直が見られる。筋肉が弛緩していない。今しがた絶命したにしては異常だ。
「なによ、これ。」
「エイミィ、見るな。」
「もう⋯⋯見ちゃいました。こんな死に方、酷いです。」
クインティナが口を押さえて固まり、カナメはエイミィに見せまいと目隠しをするが、エイミィは遺体を見てしまい顔を青くしている。
「こんなのがここ2週間くらいで急増している。何とかしたいのだけど、昼間の巡回でも売人が見つからない。夜の巡回にしてもそうだ。時折中毒者を見つけて、運が良ければ病院送り。運が悪けりゃその場で死ぬ。いや、逆か?死んだ方がマシかもしれない。とにかく、こんな死に方、まともじゃない。」
警備隊員が遺体の顔に手をあてて目を閉じさせた。
「事務所に来た時にこの話をしなくて悪かったな。時間が無かったのもあるが、詰め所からの報告事項もあったから話せなかった。それにしても、初めてこの状態の中毒者を相手にしたのに無傷とは、思っていたよりやるな、きみたち。とても2等級と1等級のいるパーティーとは思えない。きみたちがここに配属されたのがよく分かった。」
「その言い方だと、ここは治安が悪いように聞こえるのですが、気のせいですか?」
「あれ?聞いてないのかい?ここは収容所周辺の次に治安の悪い区域だよ。考えてもみなよ、川沿いなんて不法投棄、不法侵入、密輸、密漁、何でもありだ。そんな所にきみたちみたいな即応力のあるパーティーを持ってくるのは当然だろ?」
思わずカナメとエイミィはクインティナを見る。今日の夕方、詰所の近くだから安全な地域だとしたり顔で話していたのを思い出す。当の本人もこれには驚いた様子だった。思っていたよりギルドからの評価が高くなっていたために生じた悲劇だった。
蔓状の木材≒籐
ギルドの評価が高い理由
森の狩人捜索の件で、要件を満たしていたとはいえ想定よりも少数かつ下級のパーティーが単独で全員分のタグを回収したうえに救助まで完遂させたため。それも大きな怪我もなく。ただ、これには懐疑的な目もあったので巡回依頼でわりと治安の悪い地域に配属して様子をみたら難なくこなしていたので、問題無いと判断されてしまったというわけです。
つまり、両方の区域を安全だと言っていたクインティナは意外と南街西側のことを知らなかったということですね。




