夜の巡回
翌日、カナメは再び暗闇橋前の広場に来ていた。ただし時間は遅い。1週間前は朝の集合だったが、今日は夕方だ。今日からの1週間は夜間の巡回をすることになっているからだ。
夕陽が差し込んできている広場で2人と合流して詰め所へ向かう。詰め所には仕事が終わって報告に来ている傭兵と、これから仕事を受ける傭兵でごった返していた。
「混んでるわねぇ。」
「うへぇ⋯⋯人が多い所はもういいよ。」
「うわー⋯⋯凄いですね、これは。」
人の多さに辟易とする。あまりにも人が多すぎるので代表者としてクインティナだけ受付の列に並び、カナメとエイミィは外で待つことにした。
待つこと30分。日が暮れて寒さが増してきた頃にクインティナが詰所から出てきた。帽子のせいでよく見えないが難しい顔をしているようだ。
「どうしたんですか?まさか変な区域の担当になったんですか?」
その表情から何か悪い話があったのだろうと考えて訊いてみる。
「いえ、担当区域はおかしくないわ。場所はここから更に西側の川沿いの壁付近よ。警備隊の詰め所がそう遠くないからそんなに荒れていないはず。ただね、先週の担当パーティーが最終日に戻ってこなかったそうなのよ。警備隊も不審に思って捜索したけど見つからなかったんだって。」
「まさか最終日にしてサボったんですかね?」
「そんなんじゃないわ。そのパーティーのリーダーが、今朝になって街の外の川原で発見されたんだって。発見された時、彼は何も装備していなかったらしいわ。鎧も、剣も、何も。」
「え?それって⋯⋯。酔っ払って川に落ちた、というわけじゃないんですよね。」
「違うみたいよ。体には幾つかの刺し傷があったって。どうやら何かしらの事件に巻き込まれて殺されたようなの。今はまだリーダーのザックスだけしか見つかってないから、他の二人のメンバーを捜索中らしいわ。」
「え?ザックス?」
思い出したのは東門の露天街にいた不思議な中古装備屋。あそこには胴体に着ける防具だけ置かれていなかった。そしてそこに置かれていた装備品には名前が書かれていた。その名前がザックスだった。
「なに?知り合い?」
「いえ、そうではないです。他の二人の装備とか分かりますか?」
「装備?変なことを聞くわね。まぁいいわ。一応、巡回中の捜索も依頼されて特徴を書いたメモを貰ってるから、それを見てちょうだい。」
クインティナから2人に紙が渡される。そこには各人の特徴が箇条書きにされていた。ザックスの遺体が発見される前に作られたもののようで、ザックスの特徴も書かれていた。
ザックスの特徴は身長や外見が書かれていたが、最も目を引いたのが剣だ。昨日見た剣の特徴に似ている。さすがに名前入りとは書かれていないが。
他の二人の使っている武器は両刃の斧と細長い杖だった。ありふれた物であるため特徴としては弱いが、昨日の店にも斧と杖は置いてあった。
「どうしたのカナメくん。眉間に皺なんか寄せて。さっきから様子が変よ。」
「なんか、カナメさんの雰囲気が怖いです。」
知らず知らずのうちに表情に出ていたようだ。眉間の皺を揉みほぐすように指を当てる。
「いえ、ちょっと気になることがあって⋯⋯。もしかしたらそのザックスさんの装備品を見たかもしれません。」
「どういうこと?」
クインティナの声が低くなる。
「昨日、東門前の露天街に行ってみたんです。あまりにも人が多すぎてすぐに帰ったんですが、帰る前に変な中古装備屋を見つけたんです。そこにはいろんな装備品があるのに胴体の防具だけ無かったんです。変だなとは思ったんですが、興味を惹かれて商品を見てみたんです。その中に名前入りの手甲と剣がありました。その名前が――。」
「ザックス。だったというわけね。」
「そうです。他にもこの斧や杖と似たような物も置いてありました。」
「きな臭いにもほどがあるわ。それじゃまるで『ザックス達パーティー全員を殺害した連中が装備品を剥いで売り飛ばした』ってことみたいじゃない。」
「そうなんです。さっき、ザックスの体には刺し傷があったって言っていたじゃないですか。もしかしたら、胴体の装備だけは殺害したときの傷が残っていたから売れなかったんじゃないかなと。」
「筋が通るわね。カナメくん。仕事に移る前に一度警備隊に今話したことを報告するわよ。そのうえで今日の仕事についてどうするか考えましょ」
クインティナは今出てきたばかりの詰め所に入っていく。カナメたちもそれについて行く。
詰め所の中は先ほどよりもだいぶ人が減っているため3人が入ることができた。
受付に行くとクインティナを見た警備隊の方が変な顔をした。先ほど手続きしたはずの人物がすぐに戻ってきたのだから無理もない。
カナメがザックスの件について報告をしようとしたところ、個室へ連れて行かれた。事件の担当者と思しき人物が来たところで、先ほどの話をした。露店の場所、見つけた時間、店主の特徴等の聴取を取られる。一通り話をすると礼を言われて個室を出た。受付の奥の方で警備隊員が慌ただしく動き始めている。
カナメが個室で話している間にクインティナは受付で今後の予定について確認をしていた。今後については決まり次第通達されるが、それまでは予定通りとするらしい。
指示に従い担当区域に行くことにする。その際、事情聴取の影響で配置が遅くなった旨を現地の事務所で説明するための隊員が1人同行した。
事務所に着くとその隊員が全てを説明してくれたおかげでスムーズに仕事に移ることができた。
夜間の巡回なので周囲を照らすランタンが貸与された。カナメはランタンに火を灯して通りを歩く。
「私たち、ランタンなんて要らないんだけどね。」
「そうは言いますけど、ずっと魔力を可視化させているわけにはいかないじゃないですか。地味に疲れますからね。」
「そうですね。魔力の光を蝋燭代わりにし始めた時は凄く疲れました。」
「あなたのは普通とは違うから疲れ方が違うかも。」
軽口を叩きながら通りを行く。夜間ということもあり人通りが少ない。時折酔っぱらいとすれ違うことがあるくらいだ。ザックス達のパーティーが殺られた可能性が高いため警戒して臨んでいるが、今のところはおかしなことは無い。
だが、日付を回る頃になり、異変が発生した。それは通りを歩いているときに現れた。
「クインさん。今、路地から出てきた人、なんかおかしくなかったですか?」
「そうかしら?さっきから見かける酔っぱらいと変わらないように見えるんだけど。」
「私もそう思います。気にしすぎじゃないですか?」
「そうかなぁ。酔っぱらいよりも足取りがしっかりしてるわりに全身に力が入っていないような⋯⋯。やっぱり気になる。ちょっと近づいてみましょう。」
「あ、ちょっとカナメくん!」
路地から出てきた人物を追いかける。その人物は今、道の真ん中で背中を丸めて何かを喚いている。明らかに普通じゃない。これを見てクインティナとエイミィも異常に気がつく。酔っぱらいだとしても、さすがに普通の酔っぱらいではない。保護を要するレベルだ。
近くに行き声をかけようとしたところ、その人物がこちらを向いた。大きく開かれ充血した目は瞳孔が完全に開いている。米噛みはから目元にかけて血管が浮き出ている。口からは泡を吹き、小さく唸っている。明らかに異常だ。
「ひっ――!」
横にいたエイミィがあまりにも常人離れした外見に怯んだ。
その瞬間、獣のような声を上げてエイミィに襲いかかった。両手を振り上げ噛みつこうとしている。エイミィは体が硬直して動けない。カナメは咄嗟に杖を振り上げ顎を叩き上げる。
襲いかかってきた人物はふらふらと後退して膝をつく。口からは血が流れ出ている。歯が折れたか顎が砕けたか。いずれにしても常人ならここで終わりだ。しかし痛みを感じていないのか再び襲いかかろうとする。
「木棺」
クインティナが魔法を使う。木製の棺のような物が魔力によって生成され、襲いかかってきた人物を閉じ込めた。中から棺を叩く音や喚き声が聞こえるが、壊されることはなさそうだ。
「エイミィ、大丈夫か?」
「はい。顔を見て驚いただけなので。まさか、急に襲ってくるとは思いませんでした。」
「そうだな。なんだったんだあれは。」
「たぶん、薬物中毒ね。」
「薬物?」
「色々あるらしいわ。気持ち良くなるもの、不安感がなくなるもの、楽しくなるもの。中には一時的に強くなる物もあるって聞いたことがある。でも、こういったものには代償がつきもの。薬物をやりすぎた人は、薬がなくなると凶暴化することがあるんだって。たぶん、この人はそういう人だと思うわ。」
「なるほど。だから薬物中毒者なんじゃないかということなんですね。」
「たしかに、そうじゃないと説明がつかない感じでしたね。カナメさんに顎を叩き上げられたのに元気でしたもん。」
「とりあえず、この人を連れて警備隊の事務所へ戻るわよ。」
新しく配置されたこの区画は、最初に想定していた以上に厄介だということを身を以て知ることになった。




