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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
プロローグ
7/67

指導方針

 翌朝、カナメが目を覚まし居間へ行くと酒の臭いがした。自分が寝た後、大人たちで酒を飲んでいたのだろう。カミュ達の姿は見えないので村の宿泊施設へ帰ったようだ。だが父は机に突っ伏している。手の先に置いてあるゴブレットにはまだ酒が残っていた。


「父さん、起きて。朝だよ。」


 寝ている父の体を揺すり、起こそうとする。


「ん⋯?あぁ、朝か。うぁ〜⋯⋯、頭痛ぇ⋯。」


 父は顔にテーブルの木目を付けて頭が痛いとぼやいている。

 昔の仲間と再会したのが余程嬉しかったのだろうか。こんなになるほど酒を飲んだ父は初めて見た。


「大丈夫?」

「大丈夫だ。と言いたいところだがダメそうだ。変な所で寝ちまったから体も痛い。もう少し寝るわ。」


 父は椅子から立ち上がると甕に入っている水を1杯飲み、奥の部屋へと消えていった。

 その場に残されたカナメは少し呆れつつ朝食のパンを食べる。この後は剣の訓練をするのだが、父がいない。1人で行う訓練の内容を考える。

 朝食を摂った後、木剣を持ち裏庭へ出た。日課の素振りと型の訓練をする。だが1人で行う訓練は奇妙な感覚がする。変な感じだ。

 妙な違和感を感じつつ型の動きの中で後ろを向くと、そこには家の壁に寄りかかりながらからヤニヤとこちらを眺めるエルシャールの姿があった。心臓が止まるかと思った。


「うわ!え、エルシャールさん!?何やってるんですか!」


 ニヤニヤとした表情を変えず、エルシャールはこちらに歩いてきた。


「おはよう、カナメ。ちょっとハヤテに会いに来たらまだ寝てたんでな。どうしようかと思ったらお前が剣の訓練をしているのが見えたからしばらく見ていた。」


 しばらく?いつからだろうか。もしかして先程から感じていた違和感の正体はエルシャールの視線だったのだろうか。


「いや、勝手に人の家に入らないでくださいよ。鍵掛けてたのにどうやって入ってきたんですか。」

「どうやってって、チョチョイとな。あんなの鍵をかけたうちに入らないぜ?」


 そうだった。エルシャールは斥候だった。多少の鍵開けくらいはできて当然だ。だとしても勝手に鍵を開けて入ってくるのはいただけないが。


「エルシャールさん。今回は仕方ないですけど、今度からはやめてくださいね。次やったらカミュさんに言いつけますよ。」


 とりあえずまた勝手に入られないように念を押しておく。


「へいへい。承知しましたよ。ところでカナメ、お前の剣って変だな。ハヤテにちゃんと教えてもらっているのか?」


 エルシャールが不躾に訊いてきた。失礼すぎやしないだろうか。


「父にはちゃんと教わってます。どうせ俺は下手くそですよ。分かってますそれくらい。」


 少しカチンと来たので相応の態度で返した。


「あぁごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。ハヤテは天才だからな。人に教えるのがヘタクソなんだよ。剣の振り方だって『振りかぶって降ろす』くらいしか言われてないだろ?」

「たしかにそんな感じです。違うんですか?」

「間違ってないけど、正しくもない。カナメの動きを見てると体の使い方が分かってないみたいだった。だからもっと細かく教えないとダメなんだ。」


 たしかに『足の運びが悪い』と言われても、何がどう悪いのかは教えてもらえていない。直そうと思って意識すればするほどおかしくなる。


「てことで、そんなことに気がついちゃったから少し教えてやるよ。」


 こうしてエルシャールに剣術の手解きを受けることになった。なるほど。たしかに分かりやすい。頭で理解しやすい。理解できれば動きにも反映しやすい。改善点が明確にされたことによって、訓練が捗る。


「よし、なかなかいい調子じゃないか。これなら多少はマシになるだろ。じゃ、俺は帰るわ。この後カミュが来るから、体力を使いすぎないようにな。」

「はい!ありがとうございました!」


 カナメが礼を言うと、エルシャールは手をあげて応え、家の中に入っていった。


「よし、これで少しは上達できそうだ。」


 剣術が上達する可能性に胸を躍らせ、訓練を再開した。今指摘された箇所と改善方法を思い出しながら、再び剣を振り始めた。


 エルシャールは家の中に入ると、ドアの横の壁に腕組みをしながら寄りかかっている男がいることに気がついた。ハヤテだ。非常に厳しい顔をしている。


「おい、あんな事をしてどういうつもりだ?」


 ハヤテが低く太い声で訊いてくる。


「さぁてね。特に意味は無いさ。気になったから指摘しただけ。それ以上でもそれ以下でもない。」


 やれやれといった感じで両手を広げて答える。


「お前、あれであいつが並の剣士以上になれると思ってるのか?」

「いや、無理だろうね。お前が言ったように並の剣士止まりかもしれない。」

「それならなぜ期待を持たせるようなことをした!」


 ハヤテは苛立ちを隠せなくなった。エルシャールの胸倉を掴みかかった。


「たしかに並の剣士止まりだろうが、今のままじゃそこにも到達できねぇよ。あんなに頑張ってるのに、それじゃ不憫だろうが。それが理由じゃ不満か?」


 カナメが子供ながらに手をタコだらけにして頑張ってるのに、それを否定するようなことはできない。それゆえに、ハヤテの問いに対しても少し感情的になってしまう。胸倉を掴む手を勢いよく払い除ける。


「2人とも、そこまでだ。少し落ち着け。」


 声のした方を見ると、そこにはカミュが立っていた。玄関ドアを開けた所にいるため、外の光が逆光となり表情は伺いしれない。だが、明らかに不機嫌だ。


「ちっ!どいつもこいつも勝手に家の中に入ってきやがって!もういい、俺は寝る。後は勝手にやってくれ。」


 そう言うなり奥の部屋に入っていってしまった。


「カミュ、悪いな。カナメの剣の腕を見たくて来てみたらこんなことになっちまった。」


 ハヤテと喧嘩寸前になっていた事を詫び、簡単に事情を説明した。説明を聞いてカミュは納得した様子だった。


「やはりハヤテの指導の仕方に難があったか。そんなことだろうと思ったよ。で、どうなんだ?強くなれそうか?」

「いや、それについてはハヤテと同じ意見だ。俺の見立てだと良くて並の剣士より強くなれるかどうかだな。ま、そこまでいけば魔法剣士としてやっていけるんだろうが。中途半端な感じは否めない。」

「そうか。そうなると魔法剣士は難しいかもな。だが剣術をやることは魔法使いとしても無駄ではない。体力作りや護身のとして続けてもらおう。エルシャール、頼めるか?」

「おう。ハヤテさえ良ければな。」

「それなら大丈夫だろ。カナメくんの可能性を伸ばすことは賛成だろうから。それに、少しでも生存率を上げるのであれば必要なことだと分かってるだろ。そうだろ!?ハヤテ!!」


 カミュは突如声を張り上げてハヤテに声をかけた。我々の会話を聞いていると察したうえでの行動だ。


「うるせぇ!勝手にしろ!」


 ドアの向こう側からこれもまた大きな声で返事が返ってきた。


「好きにしていいそうだ。それじゃ、明日もまた頼む。」

「了解。でも、あまり期待しないでくれよ?」


 魔法と剣の指導方針が決まり2人でほくそ笑んでいると、庭側のドアが勢いよく開いた。


「あ!カミュさん、やっぱり来てた!ごめんなさい!今準備しますね!」


 カナメは先ほどハヤテにかけた声を聞いて急いで戻ってきたようだ。走ってきたのか肩で息をしている。


「あぁカナメくん、気にしないで。私も今来たところだから。ゆっくりで大丈夫だよ。」


 慌てて木剣をしまって今にも走り出そうとしているカナメに優しく声をかけた。


「いえ!お待たせするわけにはいかないので!ちょっとお待ちください!」


 今日から魔法を教えてくれるカミュを待たせてはいけないという使命感のようなものがあるのか、そのまま走り出して奥の部屋に入っていった。その直後、何か大きな物を落とすような音が聞こえた。


「うわぁっ!」

「うるせぇぞ!何やってやがる!頭に響くだろうが!」


 親子のやり取りが居間の方にまで聞こえてくる。カミュとエルシャールは思わず笑ってしまうのだった。

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