巡回依頼
年末まで1ヶ月を切った頃、カナメは藍色の服の上に灰色の革鎧を着けて旧市街を川沿いに西へと歩いていた。
藍色の服が洗濯屋から戻ってきたのが数日前のこと。店員からはあの生臭さがなかなか抜けなかったと言われた。おかげで通常の倍の料金を請求されてしまった。
それにしても洗濯屋というのは凄い。臭いが完全に落ちたというのは言うまでもないのだが、服の色落ちが無い。何度も洗ったと言っていたのに型崩れやほつれすらない。技術力の高さに感心した。
そして、今日は革鎧を初めて使用する日だ。胸当てとは違い腹部まで覆われているため今までと装着感が異なり違和感がある。これには早く慣れないといけない。
そういう意味では今日の仕事はうってつけだった。仕事の内容は南街西側の巡回。要するに街の警らだ。警らなので実際に戦闘する可能性は低い。基本的には街を練り歩くだけだ。革鎧の違和感を取り除くだけならばそれで十分だ。
カナメは弧を描いて架かる西橋、通称『暗闇橋』を渡る。その先にある広場で待ち合わせだ。
暗闇橋の真ん中辺りまで来たら正面に広場が見えた。既にクインティナとエイミィは到着している。カナメに気がついたエイミィが大きく手を振り始めた。
エイミィも新しい革鎧を着けている。黄褐色の長い外套の下に赤茶色の革鎧が見えた。短槍が朝日で光っている。
クインティナはツバの広い帽子を被っているせいで顔が見えない。黒っぽい帽子に、黒っぽいローブ。いかにも物語に出てきそうな魔法使いなのだが、広場の中で最も怪しい雰囲気が出ている。もしかしたら一番の不審者なんじゃないかと思えてしまう。
「おはようございます!」
広場に着くと早朝とは思えないテンションでエイミィが挨拶をしてきた。
「おはよう。今日も元気だな。周りの人たちが驚いてるぞ。」
広場には3人の他にも出勤途中の住人や待ち合わせの傭兵も多数おり、皆一様にエイミィを見ている。
これに気がついてエイミィは恥ずかしそうに身を縮めた。
「エイミィちゃん。近所迷惑にならないように気をつけなさい。」
対して、クインティナは静かだ。ツバの下から見える顔は眠そうである。余程寒いのか背中を丸めてふるふる震えている。
「クインさんはもう少し元気になった方がいいと思いますよ。」
「朝は眠いのよ。寒いし。あなたこそよく外套も無しに歩けるわね。その辺に雪が沢山あるのよ?」
クインティナが言うように、広場の隅や道の端には雪が溜まっている。初雪の降った日から週に2〜3回程降った。そのため、雪の山はかなり大きくなっている。
「いや、寒いですよ?でも今日って巡回じゃないですか。歩いてるうちに暖まるかなぁと思って着るのを辞めたんです。もし何かあったら邪魔ですし。」
「そうやって割り切って動けるの、素直に凄いと思うわ。」
クインティナが口元に持ってきた手に息を吐きかけると、指の間から白い息が漏れ出した。
「ところで、カナメくんの怪我は大丈夫なの?」
「バッチリです。昨日病院に行って診てもらったら、ほぼ治っているとのことでした。まだ激しく動くのは禁止されましたが、多少なら問題無いそうです。」
「そう。なら大丈夫ね。早速警備隊の詰め所に行きましょ。」
巡回依頼は傭兵ギルドで受注する。1週間単位の長めの依頼となっているため、個人での受注が少ない。ゆえに、野良パーティーが編成されることは少ない。
受注時は大まかな地域までしか決まっておらず、当日の朝に担当地域の警備隊詰め所で正式に依頼書を受領する。ここで初めて担当区域がしらされる。その内容に基づいて巡回をし、異常の有無を報告することになる。異常の緊急性によっては即時対応も許可されている。
南街西側の警備隊詰め所は広場の端にあった。橋を作った頃の名残りらしい。建築作業員の詰め所がそのまま警備隊の詰め所に移行されたのだとか。
詰め所に入ると屋内は暖かかった。モワッとした空気を感じる。
「あーあったかい!生き返る〜。」
クインティナがそれまで丸めていた背中を伸ばした。ようやくいつもの目線の高さになる。
「私には少し暑いです。」
エイミィは外套を脱ぎ小脇に抱えた。
目の前の受付では先に来ていた傭兵が説明を受けている。後方にはパーティーメンバーが控えているが、話を聞かずあくびをしている。雑談していないだけマシか。
前のパーティーがいなくなりクインティナが受付に行く。カナメとエイミィも後ろについて行く。
今回の担当区域は傭兵ギルド出張所にほど近い区域だ。南街西側にしては治安のいい地域だという。初めて巡回依頼を受ける新人のいるパーティーということのため比較的難易度の低い地域が充てがわれたようだ。
「良かったわ。変な地域をやることにならなくて。」
詰め所を出てるとクインティナが呟いた。
「私も不安でした。まだこの辺のことも知らないので。」
「たしかに、俺もこの辺には来たこと無かったな。今回はこの街のことを知るいい機会かもしれないな。」
「あまり知りたくはないけどね。」
クインティナが意味深なことを言う。
「何かあるんですか?」
「私も詳しくは知らないけど、収容所の裏は危険らしいわよ。」
「収容所?」
「犯罪者の収容所があるのよ。そのせいか、向こうの方には犯罪組織があるらしいわ。まぁ花街なんてものがあるくらいだから犯罪組織があっても不思議ではないんだけど。」
「あ、だからこの地域の依頼が多かったんですね」
「たぶんね。それでなくてもこの辺は治安が悪いんだから。」
そんなことを話しながら歩いていると目的の区画に到着した。そこには警備隊の小さな事務所があった。入口のドアは開け放たれている。
中を覗いてみるが誰もいない。人の気配も感じられない。クインティナがとりあえず声をかけてみる。
「おはようございまーす!どなたかいらっしゃいますかー!?」
予想外に大きな声で驚く。エイミィも驚いているようなので、小さな声で話しかける。
「クインさんってこんな大きな声出せたんだな。」
「私も驚きました。意外です。」
「そこ!何をコソコソ喋ってるの!私だって大きな声くらい出すわよ!」
怒られてしまった。
2人で謝っていると、奥から壮年の男性が出てきた。
「なんか騒がしいと思ったら、こんな朝っぱらから喧嘩とは元気だねぇ。若いお兄さん、悪いことは言わねぇ。おとなしく2人から手を引け。お嬢さん2人はこんなやつさっさと見限るべきだ。男なんて山ほどいるんだからよ。」
一瞬、3人の動きが固まる。このおっさんは何を言っているんだ?何の話をしているんだ?理解が追いつかない。
数瞬の間を置いてクインティナがいち早く復活する。
「ちょっと!バカなこと言わないで!私たちはそういう関係じゃないわよ!」
「ん?違うのかい?」
「違うわよ!私たちの格好をよく見てよ!こんな武装して痴話喧嘩なんかするわけないじゃない!」
「あーたしかに、槍で刺されちまいそうだ。悪い悪い。この辺はそういう話が多くて勘違いしちまった。するってぇとあれかい?巡回の傭兵かい?」
「そうよ!はい、これが依頼書よ!」
余程頭にきたのか乱暴に依頼書を渡す。
「おぉ~怖ぇ怖ぇ。そんなに怒らなくたっていいじゃねぇか。お、たしかに依頼書だな。じゃあ午前と午後で見回りを頼むわ。この時期はこの辺だと痴話喧嘩のもつれが多くなるから気をつけな。下手したら刺されるぞ。」
盗賊団に対する警戒をするものかと思ったら、痴話喧嘩の仲裁が仕事になると聞いて拍子抜けした。意外と楽な仕事だ。
しかし、実際にやってみると意外と大変だった。警備隊のおっさんが言うように、ナイフや包丁を持って喧嘩している男女がいた。暴れている人をカナメが取り押さえ、女性が興奮していればクインティナが説得し、エイミィは野次馬や乱入者の対応に追われる。これが日に2回はある。
一体この区域はどうなっているのか。カナメは男女のもつれというものの恐ろしさを知り、ああはなるまいと心に決めた。
こうして1週間が過ぎた。




