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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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新装備購入

 降り積もった新雪の上を歩く。足元から軋む音が聞こえてくる。くるぶし程まで積もった雪面に足跡はほぼ残っていない。一部取り除かれている場所はあるが、ほとんどはそのままの状態だ。

 この時期、傭兵ギルドには常設依頼が1つ増える。それは雪掻きだ。つまり、雪掻きは傭兵の仕事なのだ。仕事を奪わないように住民は雪掻きをしようとはしない。やむを得ない場所に限り取り除いている。そのため、雪の降った翌日の傭兵ギルドは混雑し、街は閑散とする。

 そんな中、カナメはエイミィを伴って歩いている。エイミィが花橋の傾斜で足を滑らせそうになれば支え、所々にある飲食店の匂いに誘われて店に入ろうとするのを抑えたりする。


「そんなに腹が減ってるのか?」

「そんなことはないですけど、いつもよりもいい匂いがするのでついついつられてしまいまして。」


 たしかに、顔を刺すような寒さも驚いたが、街の臭いが一変しているのはもっと驚いた。雪が降ったことによって路面が覆い隠されたからだろう。空気が澄み切っており、普段よりも各家庭や飲食店の料理の匂いが強く感じられる。


「用事が済んだら、どこかでご飯でも食べよう。」

「え!?いいんですか!?こんな寒い日は温かいものがいいですよねぇ。何がいいかなぁ〜。」


 エイミィは目を輝かせて昼食に思いを馳せている。


「お前、この後何をするのか憶えてるのか?」

「ちゃんと憶えてますよ。遂にあの胸当てともお別れかぁ〜。」


 2人が向かっているのは赤髭部防具店だ。カナメの胸当てが大破したため、新しい防具を購入しにいくところだ。当初はカナメ1人で行くつもりだったが、エイミィの胸当てがボロボロだったことを思い出して誘ってみることにしたのだ。

 1時間程前、カナメがエイミィの泊まっている宿に着くと、宿前の雪には足跡1つ付いていない状態だった。そのため、エイミィが外出していないことを確信した。

 宿屋に入り受付の女性に声をかける。予想外の来訪者に驚いた様子だったが、カナメの顔を見て察したのか、エイミィに取り次いでもらいたい旨を話すとすぐに階段を上っていった。

 しばらくすると遠くから猫を踏んだような声が聞こえてきた。戻ってきた受付の女性に聞いてみると、「大丈夫です。すぐにいらっしゃると思いますよ。」とにこやかに答えられた。どうやら声の主はエイミィだったらしい。他の客の迷惑だから静かにしてもらいたいのだ。

 10分ほどすると上の階で走っている音が聞こえた。その音が徐々に近づいてきて、階段を下りる音に変わった。


「カナメさん!お待たせしました!」


 髪の毛に若干の寝癖を残したエイミィが階段を駆け下りてきた。余程慌てて支度をしたのだろう。外套のボタンを掛け違えている。


「いや、俺は別にいいんだけど⋯⋯。」


 チラリと受付の方に目を向けると受付の女性が冷ややかな笑みを浮かべていた。


「エイミィさん、建物の中では静かにしてくださいといつも言ってますよね。」

「ひぃぃ!ごめんなさい!」

「今日は許して差し上げますが、次は容赦しませんよ。」

「ありがとうございます!明日から気をつけます!」

「できれば今この瞬間から気をつけてほしいのですが。」

「はい!」

「はぁ⋯⋯。カナメさんとおっしゃいましたか。エイミィさんはいつもこんな感じですが、よろしくお願いしますね。」

「はぁ。まぁ、よく知ってます。こちらこそ、こんなエイミィを今まで見捨てずにいてくれて感謝しかないです。」

「いえ、大したことはしていませんから。」


 受付の女性は恐縮してしまった。

 このやりとりを見ていたエイミィは強引に話題を変えてきた。このままこの話題を続けさせるのは危険だと考えたのだろう。


「それでカナメさん。今日はどうされたんですか?」

「あぁ。ちょっと赤髭部防具店に行こうと思って。ほら、胸当てが壊れちゃったろ?だから新しいのを買いに行くんだけど、エイミィの胸当てもボロボロだったのを思い出してね。ついでだから一緒に行こうかなと。行くか?」

「行きます!私も欲しかったんです!」

「エイミィ、声が大きい。静かにしろ。」

「う⋯⋯。」


 この様子を見て受付の女性が感嘆の声を上げた。


「おぉ。エイミィさんが静かになりました。カナメさんとの関係性がよく分かりました。」


 なんだか凄く嫌な評価をされてしまった気がする。だがここで誤解を解く必要も無いと考えそのまま宿を後にした。その際、受付の女性がエイミィの外套のボタンを直してあげていた。なんだかんだ面倒を見てくれるいい人だ。エイミィはここにいて正解だったのかもしれない。

 そして今、2人は目的地である赤髭部防具店に到着した。店の前の雪に足跡が無かったから開店していないかと思ったが、しっかり営業中だった。どうやら住居と店舗が一体になっているらしい。

 店のドアを開けようとするが開かない。湿気で木のドアが膨張してしまっているようだ。木の擦れる音を響かせながら力いっぱいにドアを開ける。

 音に気がついたのか奥からフォルクスが顔を出した。


「お、エイミィとカナメじゃねぇか。どうした、こんな日に。」


 久しぶりに来たというのによく憶えてくれていたものだ。憶えててもらえてちょっと安心する。


「こんにちは。今日は防具を見に来ました。数日前に僕の胸当てが壊れてしまいまして。」

「ほう?あの胸当てがか。まぁ年季も入っていたようだし、仕方ないだろ。」

「ついでにエイミィの胸当ても変えようと思ってます。」

「なるほど。たしかにエイミィの胸当てはボロボロだったからな。で、どんなのがいい。」

「僕は動きやすくて体も守れる物がいいです。だからまた胸当てですかね。」

「私は動きやすければ何でもいいです。あ、どこかに燕の模様が入ってると嬉しいです!」

「燕?そりゃまたなんで。」

「最近、カナメさんと私ともう1人の方でパーティーを組んだんですが、その名前が飛燕の燈火っていうんです。だから燕の模様が欲しいんです。」

「そういうことか。それなら全員に燕の意匠があればなおいいんだな。」

「はい!」

「おい、俺は嫌だぞ。恥ずかしい。」

「エイミィの要望に沿う防具、あるぞ。」

「え!?あるのかよ!」

「ちょっと待ってろ。」


 フォルクスはカナメの抗議など聞く耳を持たず店の奥へ下がってしまった。


「おいエイミィ、変なこと言うなよ。」

「だって、せっかくならお揃いのマーク入れたいじゃないですか。」

「それならせめてエンブレムを決めてからにしろよ。それにしたって駆け出しの俺らがやることじゃないってのに。」

「いいんです!とりあえず形から入るのも大事なんです!」

「おい、何揉めてんだ?痴話喧嘩か?」


 フォルクスが戻ってきた。意外と早い。両手で大きな箱を持っている。


「違いますよ。ってすごい量ですね。」

「まぁな。燕の模様ってのは『必ず帰ってくる』って意味があって縁起がいいんだ。だから傭兵や騎士団にも人気がある。そう思って、燕の意匠の入った装備を仕入れたんだが、見ての通りだ。」


 箱の中には革鎧やら外套やら手甲やらが整然と並んでいる。売れないものではあるが、手入れを怠っていないことが窺える。


「どいつもこいつもダサいと言って買おうともしねぇ。性能も確認しねぇでよ。」


 見た目で売れると判断して大量に仕入れたとは思えない言いようだ。


「この中にあるやつは大体燕の模様入りだ。好きに見てくれ。」


 言われる前にエイミィは箱の中身を物色していた。とはいえ、目的の物は体に着ける防具だから数は多くない。男性用、女性用で分けると数点しかない。


「あ、私これがいいです。」


 エイミィが手に取ったのは赤茶色の革鎧だ。胸部は1枚の革で作られ若干の膨らみが設けられており、腹部は動きやすいように何枚もの革の板で構成されている。装着する時は体の両側にある金具で留めるようだ。


「いいんじゃないか?それなら体が成長しても使えるだろうし。通気性も良さそうだ。」

「カナメの言うとおりだ。エイミィの実力からするとちょっと背伸びしたものにはなるがな。特筆するような性能も無い、動きやすさ重視の革鎧だ。」

「でも、ぱっと見だと燕の意匠なんて見えないよな。」

「ここ、見てください!かわいいですよ!」


 エイミィが指差す所を見ると鋲が打ってある。そこに燕の刻印がされていた。この鎧の鋲という鋲にその刻印がある。少々くどい気がする。


「な、なるほど。たしかにあるな。それじゃ、俺は向こうのを見て――!」


 されげなく移動して別の物を見ようと思ったらエイミィに腕を掴まれた。


「カナメさん。カナメさんも、ここから選びましょう?」


 エイミィの笑顔の奥に言いしれない迫力を感じた。その圧に押されて渋々箱の中から選び始める。

 外套。冬はいいけど夏は暑すぎる。

 胸当て。燕の意匠が前面に出すぎている。というかこれは前にオルセンが着けていたのと同じじゃねぇか!気分が悪いからパス。

 革鎧。これは悪くない。保留だ。と思ったら鋲に燕の刻印がある。エイミィのと同じ職人の作か。お揃いになるのは嫌だ。パス。

 ローブ。クインティナに散々文句言ってる手前、今更買えない。

 マント。論外。森の中で邪魔になる。


「う〜ん、今この中だと革鎧くらいしかないなぁ。他のデザインの物はありますか?」

「ふん。文句の多い奴だ。なら、こいつはどうだ?」


 いつの間にか追加で持ってきていた箱の中から灰色の革鎧を出してきた。


「お、いいじゃないですか。肩当てもあって実用性高そうですね。」


 エイミィの選んだ革鎧よりは腹部の機構は大人しいが、動かすのは問題なさそうに見える。触ってみると鞣した革が指に吸い付くような肌触りがあり柔軟性を感じられる。この柔軟性のおかげで動きは制限されなさそうだ。


「こいつも特にこれといった効果があるわけじゃない。お前の実力的には物足りないかもしれないが、懐事情や周囲の目を考えると、駆け出しの傭兵ならここが落としどころだろ。これなら当面は使えるぞ。」

「こちらの事情まで考えていただきありがとうございます。そういえば、これには燕の意匠が見当たりませんが?」


 革鎧を上から下まで前面や背面まで見ても燕らしきものは見当たらない。


「何言ってやがる。裏地を見てみろ。」

「裏地?」


 革鎧の留め具を外して内側を見てみる。たしかに模様が描かれていた。


「あ、なんか、模様があります。面白い模様ですね。いろんな所にあるのに同じ物が1つもない。丁寧な仕事なのが感じられます。」

「この模様、かわいいですね。なんの模様なんでしょうか?」

「それ全てが燕だ。」

「え?燕?」

「ちなみに俺が作った。」


 店内にかつてないほどの静寂が訪れた。

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