見舞い
パーティー名が決まった2日後。カナメは病院に来ていた。といってもカナメの怪我の治療で来たわけではない。ケントの見舞いである。
ケントを救出したのが3日前。発見時こそ元気だったが、その後は衰弱してまともに話せる状態ではなかった。おそらく助けが来たことに対する安心感で気分が高揚し一時的に会話ができていたのだろう。街に着いた時には意識がなくなっていた。
そんなケントの見舞いのために南門に来てみたら、翌日の未明には意識が回復して通常の病院に移送されていた。南門から病院まで移動するのは面倒だが、無事でいてくれたことは素直に嬉しい。
病院の受付で面会の申請をすると、しばらく待つように言われた。別の来客があるそうだ。ケントは人付き合いがいいから、仲のいい傭兵でも来ているのだろう。待合室で壁に飾ってある絵画を見ながら待つことにする。
しばらくすると、病室のある方から2人の男性が歩いてきた。チラリと見ると中年くらいの男性だ。少々ふくよかということを考えると傭兵ではなさそうだ。ケントの見舞いとは関係無いだろうと考え、飾られている花を見る。
「おや?そこにいるのは、カナメくんかい?」
「うぇ!?」
関係無いと判断した中年男性から突然名前を呼ばれた。驚いて飛び上がってしまった。
「あぁごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ。私は傭兵ギルドのヨハンという者だ。森の狩人捜索の件の責任者だ。」
「あ、そ、そうでしたか。失礼しました。2等級傭兵のカナメです。」
ヨハンが手を差し出してくる。驚いて手汗が酷いカナメは手を拭いてから握手をする。
「ふむ。イアンから聞いていたけど、きみは面白いね。」
「どういうことでしょうか?」
「イアンから言われなかったかい?軽々しく握手をしてしまうときみの奥の手がバレるぞ、って。」
そう言われて思い出した。傭兵登録時の面談でイアンと握手をした際のことだ。その場で剣を使えることを見抜かれて、握手は極力控えるように忠告されていた。
だが、ここで忘れていたことを認めるのは癪だ。
「はい。言われました。そのうえで敢えて握手に応じました。だって、イアンさんにバレてるわけだから、ギルドには既に情報が残ってしまってますから。」
「その通りだ。きみに限らず、ギルドには全ての傭兵の情報が管理されている。ただ、2等級くらいの傭兵のことなど普通は知らないから注意しておいた方がいいよ。今回、私がきみのことを知っているのは森の狩人の一件があったからであって、ただの偶然だ。」
「ご忠告、痛み入ります。」
「ところで、今日はケントくんのお見舞いかい?」
「そうです。大した怪我はしていないので問題無いかと思いまして。」
「そうか。実は我々もケントくんに会ってきたんだ。事後処理があるので、ケントくんからも話を聞かないといけなかったわけだ。ただ、こちらも仕事だからどうしても事務的な話になってしまう。今、彼は非常に落ち込んでいる。助けになってやって欲しい。」
「分かりました。」
やはりケントは相当酷く落ち込んでいるようだ。大勢仲間が死んだ時に1人だけ生き残ると自責の念に駆られるという話を聞いたことがある。。ケントもその状態なのかもしれない。心していかねば。
ヨハンと別れると、受付の女性から面会の許可が降りて病室を告げられた。
広く長い木製の廊下を進み、階段を上った先にある病室にケントがいる。
ドアをノックする。返事は無い。だが許可は得ている。構わず入室する。
病室は意外にも薬品の臭いなどせず、飾られた花の香りが漂っていた。
天高く昇った太陽から日が差し込んでいる。白い布団カバーに日の光が反射して眩しい。
ベッドの上には身を起こして座っているケントがいた。虚ろな目で外を眺めている。
「ケント、体の調子はどうだ?」
声をかけると目線だけこちらに向けて再び外を見る。
「まぁまぁだ。」
どうでもいいとでも言いたそうな返事が返ってくる。
「とりあえず元気そうで良かったよ。」
ベッドの横にあるイスに座って話しを続けようとする。
「⋯⋯くねぇょ。」
「ん?ごめん。よく聞こえなかった。」
「よくねぇよ。俺だけ元気なんて、良くねぇよ。」
「ケント⋯⋯。」
こちらには顔を向けていないが、声が震えている。布団の上に置いている手は固く握られていた。おそらく泣いているのだ。
「なんで、俺は生きてるんだ?なんで俺だけ助かったんだ?」
震える声で疑問をぶつけてくる。
「その問いに答えるのは難しい。自分でも分かってるんだろ?」
「あぁ、分かってるさ。俺が弱かったばかりに、リーさんとニコラスさんは俺を庇って傷ついて、その怪我がもとで死んだ。マイクさんは傷ついた俺らを逃がすために犠牲になった。全部、全部俺が弱いせいだ!」
「ケント、それは違う。ただ弱いだけなら助けはしない。」
「いや、俺が足を引っ張ってたんだ。だからオセロットさんも……。」
「違う!オセロットさんの死もお前には責任は無い!落ち着いて考えろ。みんなは、お前に生きていてほしかったんだと思う。リーさんとニコラスさんと最期まで一緒にいたのはお前なんだ。あの人たちは、恨み言を言ったか?言わなかったんじゃないか?」
「たしかに、言わなかった。『生きて帰れ』とだけ言われた。いっそ、恨み言を言ってくれたほうが楽だったのに――!」
ここでケントの感情が爆発してしまった。今まで顔を見せずに話していたため表情は確認できなかった。だが、今は布団に顔を埋めて泣いている。くぐもった声が病室内に響く。
カナメは落ち着くまで待つことにした。ここにクインティナやエイミィがいればケントの背中をさするところなのだろうが、それを男にやられて気分がいいかというと違う気がする。逆効果かもしれない。だからこそ、黙って見守っていた。
しばらくしてケントは落ち着きを取り戻し顔を上げた。目が真っ赤になっている。
上ずる声を押し込めて無理矢理話してくる。
「ごめんよ。自分でも、分かってるんだ。こんな考え、みんなは望んでない、ことくらい。でも、考えちゃうんだ。あの時一緒に死ねば良かった、て。」
やはり自責の念に駆られている。自死を選ぼうとしていないだけマシか。
「頭では分かってるんだろ?なら、その考えは早く忘れてくれ。それに、そんなことを考えられたら命懸けで助けに行った俺らが報われない。」
「うん。そうだ。そうだな。俺はお前らに助けられた。あそこで助けられなかったら何日も経たずに死んでいたのは間違い無い。もう、変なことを言うのはやめるよ。」
「いや、言っていいんだぞ?言わなきゃ気持ちが落ち着かないなら言わなきゃダメだ。気持ちが落ち着くまで言えばいい。そうしないと、もっと落ち込んでいくぞ。」
「お前、よくそんなこと言えるな。自分のやったことを否定されるようなものなのに。」
「いいんだよ。それで気が晴れて元のケントに戻ってくれれば安いもんだ。」
「はぁ⋯⋯。かなわないな、お前には。」
「どういうことだ?」
「いやな、研修の時に森の狩人と一緒に討伐に行っただろ?あの時、最初はお前のことなめてたんだ。魔法使いなんてろくに戦えない軟弱者だってな。でも、実際は違った。戦えないどころか、あの中で一番強かった。」
「そんなことはない。相手との相性が良かっただけだ。」
「遠慮するなよ。ずいぶん前から分かってるんだ。お前、本当は剣士だろ。」
「違う。剣士ではないよ。でも、子供の頃から剣術は習ってる。」
「ふ、やっぱりな。杖を振る時の動きがたまに剣術と同じなんだもんな。」
「マジか。そんなことでバレるとは思ってもなかった。」
「それに、この前森の中を逃げてる時、杖から剣を抜いたよな。」
「あ⋯⋯。」
「いいって。誰にも言わないから。わざわざ仕込み杖なんか持って、どうしてそこまで魔法使いのフリをするのかは知らないけど、やりたいことがあるからなんだろ?」
「まぁな。というか、本当は剣をメインにして魔法を隠したかったんだけど、昔師匠から貰った武器が仕込み杖だったから、今更変えられなかっただけなんだよ。」
「そんな理由かよ。しょうもねぇなぁ。」
ここで初めてケントが笑った。いつものケントの調子に戻ってきている。
「それにしても、凄いよな、お前ら。」
「俺ら?」
「あぁ。たった3人であそこまで入ってきて、逃げる時もあの数のホブゴブリンを魔法2発で壊滅させちまった。クインは何もしてなかったけどな。」
「クインさんは攻撃はしなかったけど全体の指示役、まとめ役として動いてくれて助かってたよ。」
「パーティーとしてしっかり動けてる証拠じゃねぇか。これからも頑張れよ。」
「当たり前だ。まったく、引退でもするような言い方しやがって。」
「いや、俺は引退する。」
一瞬、時が止まったような気がした。元々静かな部屋だったが、さらに静まり返り空気の流れさえ止まったようだった。
「は?」
「俺は、傭兵を引退する。」
「え?いや、待てよ。もう少し考えてからでいいだろ。」
「いや、たぶん、もう無理なんだ。まだ3日しか経ってないけど、辺りが暗くなると怖いんだよ。」
「何を子どもみたいなことを。」
「暗くなると、震えが止まらなくなるんだ。いずれ治るのかもしれないけど、いつ治るのか分からない。それにホブゴブリンを見た時に戦えるか分からない。見た瞬間に足が震えて動けなくなったら最悪だからな。だから、引退して故郷に帰るよ。」
「⋯⋯そうか。同時期に傭兵になった仲間がいなくなるのは寂しいけど、仕方が無いな。生けていればまた会える。その時を楽しみにしてるよ。」
「おう。俺も待ってるぜ。」
2人は笑顔で拳を合わせ、ケント引退後に再会することを誓った。
面会を終えて病院を後にしたカナメは、一抹の寂しさを感じつつ街を歩く。今日は一段と冷え込んでいる。空の雲も厚くなってきて、今は日の光も見えなくなっている。
「あ、遂に来たか。」
空から白い結晶が舞い降りてくる。今年最初の雪が街に降り始めた。




