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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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報告と乾杯

「お待たせしました。」


 午後10時前。普通の街の住人なら就寝している時間。そんな時間にカナメは傭兵ギルド出張所の前にやってきた。その場には既にクインティナとエイミィがいる。2人とも着替えが済んでおり小ざっぱりしている。エイミィに至っては前髪をヘアピンで止めている。焦げて短くなってしまったのを誤魔化そうとしているらしい。ちょっと面白い。


「エイミィ、その前髪、ピンで止めたのか?」

「はい!毛先だけ切ったんですけど、短すぎて変だったからピンで留めてみました。思ったより可愛くできました!」

「そ、そうだな。いいんじゃないのか?」

「えへへへ。」


 なんか妙な笑い方をしているけど大丈夫か?

 少し戸惑いつつクインティナの方をチラリと見ると、ため息をついている。


「エイミィちゃんはカナメくんに褒められたと思ってるのよ。私にはそう聞こえなかったけど。ところでカナメくん、服は洗えた?」

「はい。時間も無かったので水洗いしかできませんでしたが、とりあえず洗いました。ただ、部屋の中に干してきたので臭いがどうなるのかが心配です。」

「それは諦めなさい。」

「乾いたら洗濯屋に持っていこうと思います。さすがに自分で洗うのは大変すぎます。」

「あ、じゃあカナメさんの服が洗濯屋から帰ってくるまでは外の依頼は受けないってことですね。」

「そういうことになるかな。まぁしばらく休みたいからちょうどいいんじゃないか?」

「そうね。今回のはさすがにこたえたわ。たぶん後処理にも追われるでしょうし。それじゃ、報告に行きましょう。」


 クインティナの一言で3人は傭兵ギルドの中に入ることにした。

 ドアを開けて中に入るとほとんど人はいなかった。そもそもこんな時間に利用する者は稀である。夜間の仕事があるため窓口は開いているが、出張所に来る傭兵のほとんどは街の外で仕事をしている。そのため、閉門直前くらいから利用者が減ってくるのが常だ。そんなこともあり、今も受付の女性が暇そうにしていた。だが、ドアの開く音が聞こえたことで顔を上げた。


「あ、クインティナさんにカナメさん、こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」

「えぇ、達成報告をしに来ました。」

「わざわざこんな時間にですか?そんなに急ぎの報告ということですか。」


 受付の女性の表情が硬くなる。


「まずはこちらを。依頼受注書です。」

「お預かりします。⋯⋯これは。それで、結果は。」


 依頼内容に目を通し、ある程度状況を察したようだ。硬い表情を崩さず姿勢を正した。


「森の狩人は壊滅していました。メンバーであるケントを除き死亡。そのケントも体力の低下が著しく南門の医務室にいます。カナメくん。」

「はい。」


 クインティナに促され、オセロット、マイク、リー、ニコラスの傭兵タグをカウンターの上に置く。金属のぶつかり合う音がロビーに響く。


「そうでしたか。つらい仕事を引き受けていただきありがとうございました。堅実に仕事をされる方々だったのでこんなことになるとは思いもしませんでした。」


 受付の女性は胸の前で手を組み目を閉じる。


「主の光が彼らの歩みを赦し、安らぎを与えますように」


 死者への祈りの言葉を口にした。


「それでは、こちらのタグはお預かりします。追って担当者から詳細を確認させていただくので、それまでは待機していてください。今回の報酬もその時に相談いたします。」

「よろしくお願いします。」


 報告を終えると3人はすぐにギルドを出た。肩の荷が下りたことで、無事に帰ってこれたという実感が湧いてくる。3人の表情からは緊張感がなくなっていた。


「報告までやって、やっと帰ってきたって感じがしますね。安心したらお腹が空いてきました。」

「ご飯!みんなでご飯食べに行きましょう!」

「そうね。せっかくだし、食べに行きましょうか。こんな時間まで開いてるとなると花橋付近しかないだろうけど。」

「はい!今日はいろんなことがあったので、夜は楽しく過ごしたいです!」

「エイミィって意外と傭兵向きな性格してるのかもな。」

「ん?どういうことですか?」

「いや、傭兵の流儀には、大勢仲間が死んだ日は酒を飲んで騒ぐってのがあるらしいんだけど、エイミィは意識せずにそれをやろうとしてたから。」

「へぇ~。そんなのがあるんだ。じゃあ今日はたくさん飲もうか。」

「そうですね。じゃあ早速向かいましょう。」


 ギルド前の通りを花橋方面に歩き出す。周辺は夜にやっているような店は無い。月明かりとたまに民家から漏れ出る明かりを頼りに歩く。


「そういえばカナメくん。さっき受付の方がお祈りした時、なんであんな顔してたの?」

「え?顔ですか?」

「そう。眉間にしわ寄せてたでしょ。」

「全然意識してなかったです。でも、顔に出ちゃったんですね。」

「やっぱり、辛かった?」

「いえ、そういうんじゃないです。僕はあの言葉が嫌いなんです。」

「え?なんで?冥福を祈るいい言葉じゃない。」

「なんていうか、『赦す』っていうのが気に食わないんですよ。5年前に村が盗賊団に襲われたって前に言ったじゃないですか。その時、死んだ村人の葬儀であの言葉が使われたんです。でも、何も悪いことをしてないで殺されたのになんで赦されなきゃいけないんだろうって思って。それに死んだら赦されるなら僕の殺した盗賊は、僕が殺したことで赦されたことになるんです。もちろん生きてる間に罪を重ねたら赦されないのは分かってます。でも、僕のせいで生きる罪から赦されたなんて考えたら腹が立ってしまって。そこから、教会の教えが理解できなくなったんです。」

「そういうことね。今の話だと、原罪の話を知ったうえで納得してないってことかしら。」

「そういうことです。生きてることが罪で、働くことが贖罪だなんて、救いがなさすぎる。だから、僕は教会のことが好きじゃないですし、その言葉も好きじゃないんです。あ、でも教会の建物は好きですよ。大きくて綺麗なので見ていて飽きないです。」

「これは⋯⋯ずいぶん酷い拗らせ方をしたわね。実体験がもとになってるからたちが悪すぎる。だから森の狩人の遺体を見つけたときに祈らなかったのね。妙だと思ったのよ。」

「そういうことです。あの方たちは赦しを請うようなことはしてないですから。」

「参ったわね。このことが教会に知れたら異端者扱いされるわよ?」

「分かってます。だから今まで誰にも話さなかったんです。もし、今の話を聞いて危険だと思うならパーティーは解消していただいて構いません。」

「まったく。エイミィちゃんといいカナメくんといい、爆弾を抱えすぎよ。私は別に敬虔な信者でもないし、異端者といたからといって罪に問われることはないからこのままでもいいわ。エイミィちゃんはどう?」

「私も問題無いです。カナメさんの話を聞いたら、自分がもし同じ立場だったら同じことを考えたかもしれないって納得できちゃったんです。だからこのままでいいです。」

「2人とも、ありがとうございます。」

「今聞いておいて良かったわ。お店でこんなこと話したら誰が聞いてるか分かったものじゃないもの。」

「ついでだから暴露大会でもしますか?」

「嫌よ。あなたたち2人の秘密なんて怖すぎて聞きたくない。」

「クインさん、私、そんなに秘密無いですよ?」

「よく言うわよ。あなたの秘密もえげつないくせに。」

「エイミィも大きな秘密をまだ持ってるのか。」

「そうなんです。実は――。」

「ストップストップ!何本当にバラそうとしてるのよ。やめて。やるならせめて別の機会にして。」


 2人には不満げな顔をされるが、クインティナは気にしてなんかいられない。エイミィの秘密はバレたら本当に首が飛ぶ。2人の間に入ってこれ以上変な話が出ないように注意する。

 そのようなせめぎ合いをしていると目的の店に着く。さすがに夜が遅いため一部の店は閉まっていたが、客たちも酔いが回っているため2時間前に店の前を通った時に比べて更に騒がしくなっていた。

 その店の壁際の席に案内された。程なくして人数分のエールがテーブルに置かれる。


「それじゃカナメくん、任せた。」

「え?何を?」

「挨拶。」

「えぇ〜?必要?まぁ仕方ないか。じゃあ、昨日からいろいろあって大変だったけど、みんな無事で良かったです。特に今日はキツかった。本来ならあまりそんな気分ではないけど、ここは傭兵の流儀に倣い楽しく飲みましょう。乾杯!」

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