生還
リヴェンデールの門は夜8時に閉まる。なぜ夜8時なのか。それは昔から『夜8時以降は悪魔の時間』とされており、門を開けていると街の中に悪魔が入り込むと言われているからだ。だが、実際に街の中に悪魔が入ったという事件は聞いたことがない。そのため、今となっては形式的なものとしてこの時間に閉門しているだけだ。
この日も門兵は閉門時間が近くなってきたため門周辺の見回りをして不審者や魔物がいないか確認する。
「異常無し。夜の南門は今日も平和だ。ここが大変なのは昼間だけだな。」
昼間は魔の森に行く傭兵や帰って来る傭兵で溢れかえっている。だが日没以降は傭兵も出歩かない。敢えて夜行性の魔物を狩りいく者もいるが、これは稀な例だ。魔の森から夜に帰って来る者はさらに少ない。森の中で日が暮れたら普通は夜営をするからだ。それゆえに、夜の南門は暇になりがちだ。
だが、この日は少し違った。森の方から3人の人影が見えた。
「ん?おいおい。こんな時間に帰ってきたのかよ。何やってたんだ。仕事増やすなよなぁ。こりゃあ残業確定か?」
思わず愚痴が溢れる。経験上、こんな時間に帰って来る傭兵など面倒事を抱えていることが多い。そんなものが目の前に現れた。この後の仕事を想像するとため息の1つでもつきたくなる。
それでも、仕事なのだから仕方が無いと気持ちを切り替える。
「おーい!そこの傭兵たちー!あと5分で門を閉めるから、急げよー!」
声が届いたのだろう。杖を持った女と槍を持った小柄な男が走り出す。背中に荷物を背負っている男は余程荷物が重いのか動きが鈍い。
ヤキモキしながら見ていると2人が先に門に来た。
「門兵さん!医務室ってまだ開いてますか!?」
槍を持っている男が詰め寄ってくる。いや、よく見ると女だ。
男じゃなくて女だったのかと思っていると、杖を持った女からも詰め寄られる。
「急患よ!今すぐ医務室の準備をしてください!」
「ちょ、ちょっと待てあんたたち。何がどうしたっていうんだ。」
「3等級パーティーの森の狩人が壊滅。生き残り1名を保護したから、治療してもらいたいの!」
ようやく事態が飲み込めた。まだ遠くにいる男はその生き残りを背負っているということか。これは今日最後の大仕事だなと腹を括る。
「そいつは穏やかじゃねぇな。医務室に連絡を取っておこう。おい!誰かいるか!?医務室の手配を頼む!それと、手の空いてる奴は担架を持って出てこい!怪我人を収容するぞ!」
遠くで誰かが返事をした後、足音が近づいてくる。
「よし。これで大丈夫だ。あんたらも大変だったろ。休んでいくといい。後は任せろ。」
「ありがとうございます。でも、今は彼を待ちます。」
「私もここで待ちます。」
金髪の女は立ったまま男を待つ。槍を持った女はその場でへたり込んでしまった。
「まったく。義理堅いねぇ。」
律儀な女たちに感心していると、門の事務所から3人の兵士が出てきた。
「先輩、怪我人はどちらで?」
「ばかやろう。この子たちじゃねぇよ。あそこを歩いてる男が背負ってる奴だ。」
「あ、なるほど。了解です。行ってきます!」
3人の兵士はすぐに男のもとに行き、話しかける。少し話した後に背中に背負われた傭兵が担架へ移動させられる。背負っていた男はその場で座りそうになったところを兵士が肩を貸して歩いてきた。
「先輩!このまま医務室に連れていきますね!」
「おう。よろしくな。後は彼だけか。彼が入ったら門を閉めよう。」
兵士が男を連れて戻ってきた。時計を見ると午後7時59分だった。ちょうどいい時間だ。
「よし。じゃあ閉門するぞ。」
閉門の準備に取り掛かる。後ろでは男を待っていた女たちの安堵の声が聞こえてくる。自分の若い頃には経験したことの無い状況に若干の羨ましさを感じつつ、粛々と閉門作業を続けた。
「さて、きみたち。今日はどうするんだ?医務室に行くか?見たところ彼はかなり消耗してるようだけど。」
南門を閉めた後も後方にいた3人に予定を聞いてみた。3人ともかなり疲弊しているようで、その場に座り込んでしまっている。
「お気遣いありがとうございます。でも、僕は大丈夫です。ケント、今運んでいただいた彼の様子は気になりますが、今日はもう会えないでしょうからギルドの方に顔を出してきます。」
「お、若いのに丁寧な言葉遣いだな。珍しい傭兵もいたもんだ。傭兵ギルドに行くのは構わないけど、門の近くにいられると困る。休むなら広場のベンチにしてくれよな。」
「分かりました。じゃあ、2人とも移動しよう。あ、門兵さん、ありがとうございました。」
傭兵らしからぬ丁寧さの男は女と共に広場のベンチにまで移動した。疲労困憊といった様子でゆっくりと歩いていた。
あの3人は一体どういう関係なのだろうかと邪推してしまうが、それは不粋というものだと考え事務所に戻ることにした。
南門前の暗い広場に取り残された3人はこの後の行動について話し合う。
「今も門兵さんに言ったけど、この後ギルドへ報告に行こうと思う。」
「それは賛成ね。でも、その前に体を綺麗にしたいわね。」
「私もです。」
「じゃあ僕が1人で行ってきます。」
「あのね、あなたが一番体を綺麗にしたほうがいいのよ?」
「僕がですか?特に気にならないですけど。」
「何言ってるのよ。自分の服の臭い、忘れたの?」
「あ⋯⋯。」
「そのうえケントを背負っていたのよ?洞窟内の状況を考えると、あなたの手と背中は大変なことになってるわよ。」
「そんな⋯⋯。じゃあもうこの服は⋯⋯。」
「少なくとも今日は着替えなさい。そしてよく洗いなさい。じゃないと出張所の人に迷惑をかけるわ。」
「分かりました。でも、宿に帰ったら寝ちゃいますよね。」
「布団に入らなければ大丈夫でしょ。私たちは体を拭いて着替えるだけだし。」
「そうですか。じゃあいったん解散ですね。僕は服を洗う必要があるので少し時間をください。」
「いいわ。エイミィちゃんもそれでいい?」
「はい。寝ちゃわないように気をつけます。」
「じゃ、2時間後に出張所の前に集合ね。」
方針が決まったところで3人は立ち上がりそれぞれの宿を目指す。とは言っても途中まで同じ道だ。クインティナは南街の宿を利用しているため早々に別れることになるが、カナメとエイミィに関してはギルド支部近くの宿を利用しておりほぼ同じ道を歩くことになる。
クインティナと別れた後、2人で花橋前の通りまでやってきた。この時間、まだまだ店では食事が提供されている。通りは店からの明かりに照らされ、喧騒に包まれている。
「そういえばエイミィとこんな時間に歩くのって初めてだな。」
「そうですね。いつも夕方には解散してましたからね。」
「一応パーティーを組むことになったんだから、これからはこうやって夜に歩くことが増えるのかもな。」
「それ、楽しそうですね。毎日みんなでご飯食べるのっていいですよね。1人のご飯は寂しいですから。」
「そうか?俺は1人のご飯も好きだけどな。」
「みんなで食べた方が美味しいです!」
「ふ〜ん。そんなもんかなぁ。でも、そうだな、誰かと一緒に食べることは誰かの記憶に残るわけだし、そういう時間を大切にするのもいいかもな。」
カナメは通りの一角にある飲食店に目を向ける。その店はかつて森の狩人らと来て騒いだ店だ。あの日、笑い合っていた仲間たちはもういない。自分はパーティーメンバーではなかったからあくまでも部外者ではあったのだが、会えば食事に誘ってくれたりしたものだ。まだ数ヶ月前の話だというのに、とても懐かしく感じた。
「カナメさん?どうかしましたか?」
不意に1つの店を見つめ始めたので不思議に思ったようだ。
「いや、別になんでもない。⋯⋯後でさ、店が開いてるか分からないけど、みんなでご飯でも食べに行こう。」
「いいですね!行きたいです!」
「決まりだな。じゃあ急いで出張所まで行くよ。」
夕飯の予定まで決まったところで、エイミィと別れて宿屋に戻る。中庭で体の汚れを取り、水だけで洗濯を行う。洗濯した服は自室に干した。臭いがどうなるのか不安ではあるが致し方ない。
一通り準備ができたところで、出張所へ行くことにした。




