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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
プロローグ
6/64

カミュの目的

 薄暗い家の中。蝋燭の炎が揺らめき影が揺れる。そこには真剣な表情をした屈強な男たち、ハヤテ、カミュ、エルシャール、フレイン、ギンガの5人がテーブルを囲んで座っている。


「ハヤテ、あいつが出た。」


 重苦しい空気を打ち破るように、カミュが言った。


「あいつ?誰のことだ?」


 ハヤテは首を傾げる。


「お前の片目を奪ったやつだ。」


 その瞬間、ハヤテの目つきに鋭さが増す。

 ハヤテはかつて傭兵だったが、片目を潰されたことで引退している。その原因は魔物である。その魔物が再び現れたらしい。

 思わず失った目を手で触れた。


「あいつか。よく憶えている。この片目に映った最後の光景は忘れられねぇ。俺とまともにやり合っている中、魔物のくせに妙にニヤけたツラしてあの爪で抉りやがったんだ。今思い出してもムカつくぜ。それにしても、まだ生きていたのか。よく討伐されなかったな。」

「それは、お前の怪我が原因だ。8等級の異名持ちの傭兵が死にかけたという事実が、ギルドを消極的にさせた。それ以来、魔の森の深部への立ち入りは禁止されていた。しかし、最近になって、急速に等級を上げた6等級の傭兵パーティが魔の森の深部へ禁を破って立ち入った。その結果、5人いたパーティは壊滅。1人を残して死んでしまった。残った1人もしばらくは恐慌状態だったが、ずっと同じことを言っていた。『悪魔が出た。殺される。』と。」


 カミュは淡々と語った。

 現役時代のハヤテは上位の等級だった。不本意だが異名もあった。しかし、魔の森の奥地で出会ったそいつは桁違いに強かった。ただ力任せに攻撃してきて、ただ叫ぶしか能のないやつだったが、本能的な動きで翻弄された。パーティーでの戦闘だったが、その速さに対応できたのはハヤテしかいなかったため必然的にハヤテが受け持つことになった。しかし長くはもたなかった。結果、ハヤテは取り返しのつかない怪我を負った。


「悪魔?俺がやられたのは人型の羽の生えた魔物だぞ。やたら強いガーゴイルみたいなやつだ。お前らだって見ただろ。それに、悪魔っていったら言葉が通じるんだろ?あいつは言葉なんか無かった。知能も低かった。違うやつなんじゃないのか?」


 森の奥に行ったからといってなぜあいつだと思うのか。疑問に思う。


「いや、たぶん同じ個体だ。そいつの言った見た目の特徴はあいつと似ている。さらに、言葉を話していて『昔、ハヤテという男と戦ったが、あの戦いは面白かった。』と言って笑っていたらしい。」


 森の奥にはこの10年誰も入っていないという。にも関わらずハヤテという名前を口にした悪魔と思しきやつがいる。何かの間違いであってほしい。


「マジかよ。てことはあいつ、進化したってのか?その傭兵の聞き間違いとかじゃないのか?」


 思わず間違いの可能性がないか口にする。


「分からない。だが、聞き間違いはないと思う。あいつらは数年前に傭兵登録した若い奴らだ。お前のことを知らない。それに、ハヤテなんて珍しい名前、そうそう聞き間違えることはないだろう。」


 そう言われると否定ができない。となると、最悪の事態を想定した方がいいだろう。


「たしかにな。この場合は同一個体の可能性が高いと思っていた方がいいな。だが、それを伝えるためだけに来たわけじゃないだろ?」


 それだけなら手紙やそこら辺の傭兵に伝言を頼む程度で事足りる。


「あぁ。その生き残りが言うには、パーティーメンバーを蹂躙した後に飛び去ったらしいんだが、その状況が問題だ。『そうだ。ハヤテを探しに行こう。』と言って街の方角へ飛んでいったと言うんだ。だから、お前の所に来ているかもしれないということで俺らが来たんだ。」

「おいおい。俺は名指しであいつから命狙われてんのかよ。冗談じゃねぇぞ。そいつらがちょっかい出さなければ俺のことなんか思い出さなかっただろうに。余計なことをしやがって。」


 心底迷惑な話だ。遊び足りないから別の遊び相手を探しに行くような気軽さで命を狙われることになってしまっている。


「本当にな。だが、ここに来てもいないとなると、それはそれで問題だ。あいつは街の方に行ったというのに未だに被害報告のみならず目撃情報すら上がっていない。どこかに潜伏している可能性がある。」

「潜伏だと?陰に潜んで暗殺でもしようってのか?」

「相手は悪魔だ。伝承では人の心の闇に住み着くともいわれている。もしもお前を探すよりも楽しそうで快適な場所があればそこにいるかもしれない。つまり、人に寄生して楽しんでいるか、お前の情報を探っている可能性がある。」


 たしか伝説だか神話だかにそんな話があった。人の闇に住み着き、人に寄生し、最終的には宿主を殺してしまう。歴史上にも、残忍で知られる王や、王を裏で操って非道の限りを尽くした王妃、大量虐殺をはたらいた将軍などは悪魔に寄生されていたとも言われている。彼らはその多くが非業の死を遂げている。そんなものはただの偶然だろうと思う。だが、悪魔と思われるものがいる時点で、今回は人に寄生している可能性を考慮せねばならない。


「面倒な野郎だな。で、今あいつがここにいないことが分かったわけだが、どうするんだ。」


 今の状況では何も打つ手が無い以上、方針を聞く。


「さっきも言ったが、バルドの怪我が治り次第ここを発つ。それまでの間はカナメくんの訓練をしつつ、あいつが姿を現さないか警戒する。バルドの護送ができるようになったら、街までついて行って今回の件を報告する予定だ。おそらくはこの件でしばらくは各地に派遣されることになるだろう。」

「なるほど。お前らも大変だな。それじゃ、しばらくの間だが護衛ということになるのかな?よろしく頼むぜ。」


 ハヤテは拳を出した。


「あぁ、任せろ。」


 カミュもそれに応えて拳を出し、互いに拳を軽く当てた。先ほどまでとは一変して和やかな空気になる。

 しかし、すぐにハヤテの表情が真剣なものへと変わった。


「話は変わるが、カナメのことで相談がある。」

「カナメくんのことで?」


 カミュは心底不思議な顔をしている。今日の様子を見ていて何か問題を抱えているようには見えなかったからだ。


「そうだ。あいつ、さっき剣が使えるとか言っていたが、実は大して使えねぇ。このまま訓練すれば並みの剣士にはなれるかもしれないが、正直言って期待はできない。弓にしてもそうだ。」


 剣を使えないと聞いて少し驚いたものの、子供なのだから仕方ないと納得した。しかし、弓については意外だった。


「弓も?だって今日は弓で盗賊を殺したんだろ?」

「そうなんだが、あいつは狙いを外したと言っていた。」


  これを聞いたフレインが妙に納得したように話し始めた。


「たしかに。さっきその盗賊を見たんですが、喉に矢が刺さっていました。でも、相手を殺そうと思って首を狙うのは不自然ですよね。狙うなら頭か胴です。いくら相手が動いたとしても喉の高さを狙うことは考えにくいです。でも、狙いが外れたのならば納得できます。ただ、頭や胴を狙ってあの位置となると、だいぶ下手ですね。殺せたのはまぐれだったとしか思えません。」


 フレインの言うとおりだ。 下手というのは少々引っかかるが、たしかに腕が悪い。実戦では使えないレベルだ。


「そうだろ。今朝も猪を狩った際に胴を狙って尻の方に当てやがった。力が無いとかいうレベルではないんだ。根本的に向いてない。」


 この話を聞いてカミュは納得できたが、言いたいことが分からない。


「つまり、こういうことか?『剣は並以下、弓は論外だけど、魔法なら才能があるのではないか。だから魔法を鍛えてやってくれ』と。」


 念のために確認した。


「そうだ。」


 ハヤテからは力強い返事が返ってくる。しかし依然として話が見えない。


「ハヤテから頼まれなくても、この村にいる間は訓練するってカナメくんと約束をしたじゃないか。それは見ていただろ?」


 カミュは困惑する。


「違うんだ、カミュ。村にいる間と言わず、その後もお前の下で魔法を学ばせてやってほしい。」


 ハヤテは耳を疑うような事を言ってきた。たしかに一緒にいた方が色々と教えられる。しかしカミュには傭兵としての任務がある。それを放棄するわけにはいかない。


「ハヤテ、それは無理だ。俺は当面は悪魔の調査で各地へ行かねばならない。危険すぎる。それに、ここに残るというのも無理だ。任務放棄にもなるし、お前に俺らを雇うだけの蓄えがあるとも思えない。」


 カミュはハッキリと断った。本音を言えばカナメの成長を見守りたいという気持ちはある。だが、放置できない問題もある。ここで期待を持たすわけにはいかない。


「カナメだけが無理なら、俺も一緒に行く。」


 ハヤテが要求を変えてきた。だが、そんなことではないのだ。


「ハヤテ、言いにくいから口には出さなかったけど、足手まといなんだ。今のカナメくんは何もできないも同然なんだろ?そんな子を悪魔と戦う可能性がある旅に連れていけない。それにハヤテ、お前も引退して腕が落ちてる。今パーティーに入ってもついてこれない。」


 事実だ。だからこそハヤテも何も言えない。言い返せない。


「それは⋯⋯。なら!せめて、せめてだが、たまに手紙で魔法について教えてやってくれないか?俺じゃあ魔法は教えられない。他の村人もだ。魔法で行き詰まった時、誰も導けないんだ。だから、月1回、いや、数ヶ月に1回でもいい。手紙で教えてやってくれないか?」


 いつになく必死なハヤテを見て、カミュもその程度ならと思う。


「分かった。村を出てからも手紙を送ることにするよ。でも、それはこれからのカナメくんの成長にもよる。教えても無駄なら送らない。それでもいいか?」

「あぁ!構わない!助かる!」


 満面の笑みでハヤテは礼を言った。

 その後は難しい話などせず、再開を祝して酒を酌み交わしすことにした。


「本来なら村を襲われた日に酒の飲むのは避けるべきだろう。だが、俺たち傭兵によっては勝ち戦の後は弔いも兼ねて酒を飲むのが流儀だ。だから、飲もう!とはいえ、村人たちのことを考えてあまり騒がないようにな。」


 ハヤテは自ら音頭を取り、皆に自制を促したうえで酒を飲み始めた。

 しかし翌日、ハヤテは二日酔いで動けなくなっていた。

○傭兵の等級について

 ・1等級⋯⋯新人

 ・2等級⋯⋯ちょっと慣れてきた新人。伍長。

 ・3等級⋯⋯ある程度のことは1人でやれる。什長。

 ・4等級⋯⋯一人前。戦争の時に100人規模までの部隊を任せられる。

 ・5等級⋯⋯ちょっと凄い人。戦争の時に500人規模の部隊までなら任されることがある。

 ・6等級⋯⋯わりと凄い人。戦争の時に1000人規模の部隊までなら任されることがある。

 ・7等級⋯⋯凄い人。戦争の時に3000人規模の部隊までなら任されることがある。

 ・8等級⋯⋯かなり凄い人。戦争の時に5000人規模の部隊までなら任されることがある。(引退時のハヤテがここ。)

 ・9等級⋯⋯めちゃくちゃ凄い人。将軍クラス。(今のカミュがここ。)

 ・10等級⋯⋯頭おかしい人。元帥クラス。


低い等級の頃は個人の武力で等級が左右されるが、高い等級になるにつれて指揮能力が問われるようになる。とはいえ、比較的個人の武力に重きが置かれている。

9等級から10等級に上がることは殆どない。


○傭兵について

 誤解を防ぐため先に説明。本編でも同じことを書く可能性有り。

 この国における傭兵は何でも屋。戦争や魔物退治を主な生業としているが、様々な雑務もこなす。このようになった経緯は、この国で最初に傭兵ギルドを作った人物の影響。

 かつてこの国では戦争の度に傭兵募集が行われていた。しかし戦争が終わると傭兵は契約を解除される。仕事のなくなった傭兵はその地に残るが、もともとは荒くれ者たちである。まともな職に就ける者は多くなく、ほとんどは無職となり、昼間から酒を飲み、暴力沙汰を起こしていた。

 各地で治安悪化が問題化している中、大手傭兵団の団長がこの現状を憂いて傭兵ギルドを設立。かつて傭兵だった無職の者たちを集め、戦争中は傭兵として、戦争の無い時は魔物退治や街の雑務を行うことで生活ができるようにした。これにより国内の治安は改善した。

 この成功を受けて他の国でも同様のギルドが設立されたが、その国によって役割や評価が異なる。

 ちなみにこの国での傭兵は何でも屋なので、傭兵の世話になっている人が多い。それもあって普通に生活する分には軽蔑されるようなことは無い。ただ、肉体労働がメインであり学の無い者もいるため、貴族からの受けは悪い。そして肉体労働が多く、3K(臭い、汚い、危険)の仕事なので女性は少ない。男女比は8:2くらい。ただし、女性傭兵優先の依頼(女性客の護衛、女性の部屋の清掃等)もあるため需要はある。


要するに、肉体労働や荒事多めの人材派遣会社と思ってください。

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