捜索③
「結局、森の狩人はどこに行ったのかしらね。」
クインティナが話を切り出した。
川原にてハンタークロウの討伐証明部位を切り取ったあと、再びこの議題に戻る。先ほどは突然の襲撃により中断を余儀なくされていた。
「そうですね。たぶん森に行ったのではないかと思います。」
「やっぱりそう思う?ちなみに理由は?」
「もしもの話ですが、森の狩人がここで野営中にハンタークロウが襲ってきたのではないかなと思いまして。その場合、食事中か食後に襲われたと考えられるので、戦う準備ができいなかった可能性が高いです。そうであれば、ここで戦うことを選ばずに森へ逃げ込んだのではないかと思います。森の狩人は5人です。オセロットさんの弓もあります。逃げようと思えば僕らより確実に逃げられるはずです。」
「理屈は通っているわね。エイミィはどう?」
「私はよく分かりません。ただ、ハンタークロウは森の狩人さんが行こうとしていたエリアの魔物です。もしハンタークロウに襲われたのであれば、敢えて先に進む理由も無いと思います。」
「ということは、カナメくんの意見に賛成ってことでいいのかな?」
「そういうことになりますね。⋯⋯そういえば、森の狩人さんはなんでこんな所に来たんでしょうか。」
「え?言ってなかったっけ?」
「たしかに話してなかったかもしれないわね。私たちは受付で直接聞いてるけど、その時エイミィは後ろの方にいたから。」
ギルド受付で依頼を受けた時のことを思い出す。たしかに、3等級のクインティナと、捜索に前のめりなカナメが受付で話を聞いていたが、エイミィは邪魔にならないよう少し離れた場所にいた。その後、簡単に荷物をまとめてすぐに出発したためエイミィへの説明を忘れていたのかもしれない。
「ごめんエイミィ。知ってるものだと思っていた。森の狩人はホブゴブリン討伐に来ていたんだ。この辺の魔物の中では数が増えやすく、群れを作って街に攻め込んできたりすることがあるから優先的に討伐することになっているんだ。今回はホブゴブリンを3匹討伐する予定だったらしい。」
「なるほど。そういうことだったんですね。」
「ホブゴブリンは森の中に生息してるから彼らが森の中に行ったことは間違いないんだけど、問題はどこから入ったかだったんだ。でも、それもこの焚火の跡とハンタークロウのおかげで推測ができるようになったってわけだ。」
「それじゃ、全員の意見が一致したことだし、森の中に行ってみましょうか。」
焚火の跡から森へ移動する。森に入ったばかりの辺りは草木が生えていたが、しばらく進むと下草は目立たなくなり、湿った土の上に落ち葉が大量にあり地面が見えない。
「う〜ん⋯⋯。痕跡が分からないなぁ。獣道があるわけでもないから、ヒントが少なすぎる。」
「そうですねぇ。遠くにも何も見えないですし、音も聞こえないですよね。」
「こういうのって嫌よねぇ。合ってるのか間違ってるのか分からないから険悪になっていくのよね。斥候役が責められて喧嘩になるの。」
「そんな事があるんですね。さすがパーティー経験者。」
「何よ。私はそんなことしてないわよ?見てて気分が悪かっただけ。」
「分かってますって。ただ、斥候をできないくせに斥候を責める人なんているんですね。」
「いるのよ、なんでも人のせいにする奴ってのは。」
「できれば関わりたくないですね。」
「そうね。でも、仕事を続けてればそのうち嫌でも出会うわよ。」
「そんなものでしょうか。」
「そんなものよ。って、あれ何かしら。」
クインティナの指差す方向を見ると、地面に何かが落ちていた。何かの手掛かりかもしれない。近くに行って確認してみる。革袋だ。
袋の中を改めてみる。中には傷薬と依頼受注書が入っていた。受注書の内容はホブゴブリン討伐。受注者は森の狩人。決定的な手掛かりを得た。しかし、これはどういうことだ?
「遂に見つけましたね。ここに森の狩人がいたことは間違い無いようです。そして、これの持ち主はリーダーであるリーさん。何らかの理由で落としてしまったようです。ただ、少し引っかかります。」
「どういうこと?」
「あの人、こんな重要な物を簡単になくしてしまうような人じゃないんです。」
「他の人が持っていた可能性はないの?」
「いえ、あそこは役割分担がしっかりされているので、リーさん以外がこれを持つことは無いです。もしかしたら何かあったのかもしれません。もう少しこの周辺を探ってみましょう。」
カナメの提案に従い、3人は手分けして捜索を開始した。僅かな変化でも見つけたら全員を呼ぶこと。地面は当然のこととして、木の上にも何かがないか注意深く確認することを共有した。そして、それはすぐに見つかった。
「カナメさん!クインさん!これ、見てください!」
エイミィが何かを見つけた。その声に緊張の色が宿っている。
「どうした!」
エイミィの元へ駆け寄る。顔が青くなっている。
少し遅れてクインティナも到着した。
「これ、見てください。」
エイミィは木の幹に視線を送る。そこには深々と傷が刻まれている。まだ新しい。そして、その傷には赤い黒いものも付いていた。よく見ると落ち葉の上にも似たような汚れが見える。
「これは⋯⋯血か?ここで戦闘があったということか。」
「そうみたいね。でも魔物の死体は無いし、人の死体も無い。戦いながら移動したか、上手く逃げられたか。」
「上手く逃げられたんじゃないかと思います。たぶん、この傷はマイクさんの斧によるものです。そこに血がついているということは、マイクさんの斧に付いていた血が、幹に移ったと考えるのが自然でしょう。あくまでも、マイクさんの斧だったら、という話ですが。」
「そうね。これがホブゴブリンの斧によるものだったら最悪の事態かもしれないものね。」
「この状況から、両者共に深手は負っていないでしょう。この周辺に血痕がありません。ただ、ここにだけ血痕があるので森の狩人の誰かが怪我をしたと思われます。怪我をした直後に止血したのではないでしょうか。」
「となると、斧が木に刺さったところをやられた、といったところかしら。」
「おそらく⋯⋯。そういえば、地面に矢は落ちてないですか?オセロットさんがいるなら矢が落ちてるはずです。」
「矢ですか?こっちには無かったです。クインさんは?」
「私も見てないわ。もう少し遠くに飛んでいったのかしら。それとも矢を使わずに戦っているか。」
「いえ、それは無いです。あの人は近接戦闘はまるでダメですから。弓以外の武器を持たせると不思議な踊りになってしまうんです。だから矢で攻撃するしかないんです。矢を探してみましょう。さすがに1本くらいは落ちてるはずです。」
斧の傷がついた木を中心に捜索を再開する。今度は矢を探す。おそらく、逃げる際に牽制として矢を射っているはずだ。その矢を探せば逃げた方向が分かる。そう考えてのことだった。
「あった。木に刺さってる。2人とも!こっちに来てください!」
クインティナとエイミィが駆け寄ってきた。
「あったの?」
「はい。木に刺さっています。これなら叩き落された矢ではないことは間違い無いです。後は逃げながら射ったか、戦闘中に射ったかによりますが、おそらく逃げながら射ったんだと思います。」
「どうしてそう思ったの?」
「この矢の飛んできた方向を見ると、この矢と、木の傷と、落ちていた革袋の位置が一直線になっています。戦いながら逃げたのだと思います。」
「なるほど。ということは、向こうに行った可能性が高いというわけね。」
「そういうことです。というわけで、早速行きましょう。魔物と遭遇する可能性が高いので注意していきましょう。」
怪我人がいて、傷薬を落として治療もままならない状況だ。元からあまり時間は残されていないと思っていたが、更に猶予がなくなったように思える。
ただ、やっと見つけた手掛かりだ。なんとしても辿り着いて、救助する。決意を新たに歩を進めた。




