捜索
魔の森外縁部。一般的にはゴブリンの生息域として知られている。実際にはゴブリン以外にも普通の獣もいるし、ゴブリン以下の力の魔物も多く生息する。ゴブリンにばかり目が向いていると意外と危険な領域だ。
そしてこの領域は場所によっては足元が悪い。そんな場所を3人の男女が歩いていた。先頭は男、真ん中は金髪の女、後方は遠目からでは性別が分からない槍使い。カナメたち3人のパーティーだ。今回は森の狩人の捜索のため、彼らが通ったであろうルートを選んだため、このような場所を歩くことになった。
カナメの足取りには躊躇が無い。この程度の悪路など問題ではない言わんばかりに突き進む。しかし、クインティナはそうではなかった。
「ちょっと、カナメくん、待って。速すぎる。」
カナメは振り返って呆れたような顔をする。
「クインさん、やっぱりローブはやめませんか?」
「何言ってるのよ。ローブは魔法使いの象徴のようなもので、魔力伝導率を上げる装備品だって前に言ったじゃない。絶対やめないわよ。」
「でも、実際に邪魔になってません?歩くの辛そうですよ。」
クインティナはローブの裾を持ち上げて歩いている。右手に杖、左手にローブの裾という状態だ。そんな状態で足元のよく見えない森の中を歩いている。森の中には凹凸があるため足を滑らせやすい。実際、クインティナは何度も転びかけている。両手が塞がっていてバランスが取りにくいようだ。
「大丈夫。普段は普通についていけてるんだから。そもそもカナメくんが速すぎるのよ。」
「でも、急がないと。」
「そうだけど!そんなに急いで転んじゃったら意味が無いじゃない!」
「転ばないような服装にしてくださいよ⋯⋯。」
「ちょ、ちょっと、2人とも、やめてくださいよ!」
横で見ていたエイミィがたまらず仲裁に入る。
「あ、あぁ。悪い。」
「カナメさん、もっと周りを見てください。私たち、ついていくのでやっとなんですよ。普段のカナメさんならそれくらい分かるはずです。」
「ごめん。エイミィもきつかったか。気がつかなかった。」
「焦る気持ちは分かりますが、もうちょっと落ち着いてください。」
「分かった。たしかに少し気持ちに余裕がなかったかもしれないな。クインさん、すみませんでした。」
「いいのよ。私もムキになりすぎたわ。さぁ、先に進みましょ。今度はもう少しゆっくりにしてね。」
「分かりました。」
カナメは頷き、歩き始めた。今度はパーティーメンバーの状況を確認しながら進む。
途中、ゴブリンと何回か遭遇したが、カナメとエイミィで対処した。カナメが魔法でゴブリンを討ち、エイミィが槍で突く。双方ともに一撃で終わらせてしまうため、クインティナは後方で魔法を準備していたにも関わらず使うまでもなく終わってしまった。2人はよく一緒にゴブリン討伐に来ているため、連携が取れている。
「あなたたち、凄いわね。伊達に一緒に討伐してないわね。」
「へへへ。後ろからだとカナメさんが何狙ってるのか分かるんです。」
「まぁエイミィなら分かるかなって思ってやってますからね。教育的なことを考えなければこんなものかと思います。」
「残念だけど、私にはそこまでできないわ。」
「大丈夫です。僕らもまだ同行するようになって短いですから、すぐにできるようになりますよ。」
そんなことを話していると、カナメが木の幹についた汚れに気がついた。
「2人とも、注意してください。いつの間にか外縁部より奥に来ていたようです。あそこにファングウルフの毛が付いています」
一瞬にして全員の緊張感が上がる。カナメとクインティナは何度か相手にしているので多少の警戒で済んでいるが、エイミィは完全に初遭遇だ。顔に緊張の色が出ている。
「エイミィちゃん、大丈夫よ。昨日教えたとおりにやればファングウルフにも通用するはずだから。」
「はい。でも、どんな相手なのか分からないので緊張します。」
「ファングウルフだけなら何とかなるだろ。でも、索敵能力は奴らのほうが上だ。奇襲される可能性が高い。油断せずに行こう。」
一行は警戒を強めつつ森を進む。森の中は陽の光がほとんど届かない。徐々に足元からは草が減り始め、落ち葉が増えてきた。森の木々も細いものが目につくようになる。
しばらく歩いていると、周囲から落ち葉が擦れる乾いた音が聞こえてきた。
――いる。遠巻きにこちらを観察されている。数は分からないが、左右に最低2匹ずついる。
「挟まれました。」
カナメが静かに伝えると、クインティナは無言で頷き、エイミィは槍を構えた。その表情は緊張で強張っている。
「エイミィ、落ち着け。そんな状態じゃ動けなくなるぞ。」
「は、はい!!」
「うるさっ!――っ!来るぞ!」
エイミィの声に驚いたのか、様子を伺っていたファングウルフが動き出した。
左右にいた狼たちは10mほど離れた所から走ってきた。そのような距離は無いも同然であり、1秒もあれば接触する。だがそれはカナメたちも同じである。
「石棘!」
地面から飛び出した石の棘により左から来た狼は腹部を貫かれ動きを止めた。
「木槍!」
クインティナが右方から来る狼に右手を向けると、指から伸びた魔力が細長い木製の槍へと変化した。言葉を紡いだ瞬間、宙に浮いた槍は射出され、走ってきていた狼の頭部を砕いた。
「おぉ。クインさん、新しい魔法ですか?」
「違うわ。木杭を更に細くしたものよ。カナメくんの石槍やエイミィちゃんの槍を見てイメージを整えてやっとここまで細くできたの。これで魔法発動までの時間や飛翔速度は格段に上がったわ。」
「たしかに、かなり速くなりましたよね。」
「もう『魔法が遅い』なんて言わせないんですから!」
「うぅ⋯⋯。お2人があっさり倒しちゃうから私が何もできなかったです⋯⋯。」
「悪い。さすがにエイミィのために討ち漏らすのは危険だからやらせてもらった。」
「それは分かるんですけど⋯⋯。ん?――危ない!」
話している途中で目を凝らしたと思ったらエイミィはカナメの服を掴み引き寄せた。突然のことで思わず体勢を崩して倒れかけたところ、その背後を何かが通り過ぎた。ファングウルフだった。
「――くっ!」
カナメは体勢を崩しつつも魔法を放とうとする。が、それよりもエイミィの反応が速かった。
着地したファングウルフの後背から突きを繰り出す。風切り音とともに突き出された槍はファングウルフの腰を貫いた。
甲高い声を上げたファングウルフはそのまましばらく歩いて逃げようとしたが、すぐに倒れて動かなくなった。
「助かった、エイミィ。」
「いえ、とんでもないです!」
「すまない。俺のミスだ。」
以前苦戦したファングウルフを相手に難なく勝てたことで多少気が緩んでしまった。周囲の確認を怠っていた。初歩的なミスだ。
「クインさん、周囲の様子はどうですか?」
「特に変な感じはしないわ。とはいえ、カナメくんほど分からないけど。」
「いえ、それでいいです。助かります。」
体勢を整えて落ち着いたところで周囲を観察する。特に異常は無さそうだ。
「うん。大丈夫そうですね。」
「カナメくん、さっきは危なかったわね。」
「えぇ。エイミィのおかげで助かりました。エイミィ、よく気がついたな。」
「たまたまです。カナメさんの後ろに光るものが見えて、よく見たらそれが狼だっただけです。」
「それでもだ。見たところ、あいつは体毛が茶色い。保護色になっていたから視認するのは難しかった。」
「そうね。あの色だと見つけにくいわね。見つけられて本当に良かったわ。」
「それにしても、エイミィの突き、なんであんな威力があるんだ?ファングウルフの体毛は刃物を寄せ付けない硬さがあるのに。」
「あ、それなんですけど、最近分かったんですが、たまに普段よりも手応えなく刺さる時があるんです。」
「そうなのか?今まで見ていて全く分からなかったけど。」
「今まではホーンラビットやゴブリンが相手だったから見ていても分からなかったのかもしれませんね。昨日、ワイルドボアを倒したときもそんな感じでした。」
「あ、昨日のあれってそういうことだったのね。」
「なるほど。もしかしたら、ホーンラビットの特性が武器にも出てるのかもな。」
「どういうこと?」
「ホーンラビットって角で突き刺してくる魔物ですが、突き刺してくることに特化してるわけじゃないですか。だから、適切な角度で突いた場合に威力が増すことがあるんじゃないかなと。」
「うん。まぁホーンラビットの考察としては分かる話なんだけど、なんでその話が今出てくるの?」
「え?」
「なによ。」
「カナメさん⋯⋯。それは⋯⋯。」
「⋯⋯あー!!しまった!」
「なに?え?まさか⋯⋯エイミィちゃんの槍ってホーンラビットの角から作られてるの?」
「う⋯⋯。まぁ⋯⋯パーティーを組んだ以上、黙ってるわけにもいかないですよね。そう、たしかにエイミィの槍はホーンラビットの角で作られています。」
「え?⋯⋯はあ!?なんでエイミィちゃんがそんな高級品持ってるのよ!」
「クインさん凄い⋯⋯。槍の値段知ってるんですね。」
「知らないわよ!でも、魔物素材を使った武器がどれだけ高いかは知ってるわ!カナメくん、どういうこと!?」
「え?あ⋯⋯いやぁ〜⋯⋯。実は、エイミィの魔物初討伐記念として軽い気持ちでホーンラビットの角を使った武器を買ってやると言ってしまいまして⋯⋯。」
「なるほどね。なんでエイミィちゃんは槍を買ったんだろうと思っていたけど、そういうことだったのね。エイミィちゃんはその槍の値段は知ってるの?」
「いえ、正確には知りません。武器屋のご主人から聞いて高いのだけは知っています。その時に断ったんですが、一度言ったからには変えられないって言って、そのまま買っていただきました。」
「いや、カッコつけた手前引くに引けないじゃないですか。」
「カナメくん。あなた、やっぱり変よ。」
クインティナからの評価が変な魔法使いから変人に格上げされてしまった。




