魔法との出会い
「じゃあ、まずは魔力を感じるところから始めようか。」
唐突に始まった魔法講義。日も暮れているため小難しい話は後日にして初歩中の初歩をその場で教えることになった。
「両手の力を抜いて、手を開いた状態で前に出してみて。その時、掌を向かい合わせるんだけど、拳一つ分くらいの距離をあけるんだ。その状態でしばらく待つ。掌が温かくなれば魔力を感じている状態だよ。」
カミュに言われた通り、手を体の前で向かい合わせる。
「ほら、ちょっと力んでる。もっと力を抜いてみて。」
言われるがまま、さらに脱力してみる。すると僅かに掌が温かくなってきた。むしろ熱いくらいで掌に汗をかいているのを感じる。
「なんかちょっと⋯熱いかも。」
率直に今の状態を報告する。
「うんうん。それが魔力を感じてるってことだよ。ただ、実はこれは皆できることなんだ。誰の体にも魔力はあって、感じることもできるんだけど、これを操るのが凄く難しいんだ。魔力を扱うには、その魔力が見えるようにならなくてはいけない。それは自分だけではなく、誰の目からもね。だから次の段階は魔力が見えるようにすることなんだけど、殆どの人はここで躓く。できるようになるかは分からないけど、早くても数日はかかるよ。逆に何日かかってもできないことがある。ちなみに僕は2週間かかった。」
今まで魔法を見たことがない理由を理解した。この村には魔法を使う者はいない。話に聞いたことがあるくらいだ。そして話に聞く魔法使いは厳しい修練の末に魔法を習得したという。その厳しい修練が何なのかは今は分からない。しかし、この地味な作業を延々と行うことは苦痛でしかない。それを、短くても数日、長いといつまでかかるか分からない。心が折れて投げ出すのも無理はない。カミュは相当に根気強かったのだろう。
「カミュさん、魔力が見えるようになるコツとかってありますか?」
反則的だと分かってはいるが、目の前に魔法を使える者がいるのだ。聞かずにはいられない。手で魔力を感じながら質問する。
「それなぁ。よくいろんな人に聞かれるんだけど、よく分からないんだよ。というか、人それぞれで魔力が見えるきっかけだとかやり方が違うから、誰も知らないっていうのが答えかな。」
魔力が見えるようになる方法は人それぞれだと。これだとコツなんてあったもんじゃない。
「ということは、この状態から魔力が見えるようになるのは手探りってことですか?」
「まぁ⋯そうなるね。」
「それは⋯魔法使いの弟子になる人も?」
「そもそも魔法使いの弟子になる人はこれができてから申し込むものだよ。」
「なるほど。たしかにそうですね。魔法が使えるかも分からない人を弟子にはしないですもんね。」
妙に納得してしまった。たが、同時に魔力が見えるようになるための正解ルートが無いことが分かってしまった。
仕方なく再び手に意識を集中させる。実は先程から手が物凄く熱い。明らかに熱をもっている。今すぐ甕の水の中に手を突っ込みたいくらいだ。手を入れた瞬間に湯気でも出るんじゃないかと思うほどだ。
あまりの熱さで手を維持できなくなった。手を離し天井を見上げ、大きく息をついた。そして手を上にあげて大きく伸びをした。
その時、周囲の大人たちが驚愕の表情を浮かべているのが見えた。
「なに?どうしたの?」
目線の先に何かあるのかと思い後ろを見るが何も無い。少し怖くなった。
「カナメくん、きみ⋯手が⋯。」
「おいおい、マジかよ。」
「嘘だろ?」
「え?気のせい⋯ではない?」
「⋯⋯⋯!!!」
皆口々に驚きの声を漏らしている。そして目線はどうやら手に集まっているようだ。あまりの熱さで手に火傷を負ったのかと思い、慌てて手を見る。すると、自分の手をぼんやりとした光が覆っていた。
「え!?うわ!なにこれ!!」
振り払おうとして手を大きく振る。しかし光は揺らぎこそするものの振り払うことができない。大人が驚くような得体のしれない何かが手にくっついているという状況に恐怖を覚えた。
「カナメくん!落ち着いて!それが見えるようになった魔力だよ!」
カミュの声で光に正体を理解した。
落ち着きを取り戻し、改めて手を見る。両手に淡い光を纏っている。
「これが⋯魔力。え⋯?いつから?でも、見えるようになるには数日はかかるって⋯。」
魔力が見えるようになったことに驚きつつ、先ほどの話とは違うではないかとも思った。
「あぁ、そうだよ。普通は早くても数日はかかるんだ。でもきみは初めて魔力を感じてから1時間も経たずに見えるようになった。恐ろしく早い。早すぎる。」
カミュの顔からは余裕を感じられる笑顔が消え、真剣な表情になっていた。
「ハヤテ、しばらくカナメくんを預かってもいいか?この村にいる間の2週間から1ヶ月程度だ。」
カミュは真剣な表情のまま、驚愕の表情で固まっている父に問いかけた。
「あ、ぁおぉ、だ、大丈夫だ。むしろそうしてくれ。こんなもの見たら断れねぇだろ。」
父は動揺のあまり妙な声の出し方をしている。
許可を得たカミュはカナメのもとへ歩き、座っているカナメの目線に合わせて屈んだ。
「カナメくん。私たちはこれからしばらくこの村にいる。バルドの回復を待って護送ができるようになるまでの期間だ。その間にできる限りのことを教えよう。」
真剣な表情を崩さずに提案してきた。
カナメにとっては願ってもない話だ。二つ返事で答えた。
「はい!よろしくお願いします!」
これを聞いたカミュは笑顔に戻る。
「うん。いい返事だ。明日から本格的に教えよう。」
話がまとまりその場の空気が急速に弛緩するのを感じた。
「ま、そういうことなら、カナメは早く寝て明日に備えないとな。」
父がようやく調子を取り戻し、早く寝るよう促した。たしかに日も暮れており、普段なら寝ている時間だ。もう少し魔法について教えてもらいたいが、今日はもう教えてもらえないだろう。諦めて寝るしかない。ただ、1つだけ問題がある。
「あの〜⋯魔力ってどうやれば見えなくなりますか?このままじゃ明るくて眠れません。」
カナメの両手は未だに淡い光を放っている。しかもその光は蝋燭より明るい。たしかにこれでは寝られないだろう。
「手の魔力を消す方法は簡単だよ。『消えろ』って念じるだけ。」
「念じる⋯。消えろ、消えろ、消えろ。」
掌を向かい合わせて念じてみる。しかし一向に小さくならない。
「カナメくん。それはただ言っているだけだよ。消える様子をイメージして念じてみるんだ。」
イメージか。たしかに今は消えることをイメージするよりも念じる方に意識が向いていた。
改めて光が消えるように念じてみる。今度は光が徐々に消えていく様子をイメージしてみる。すると、掌の光が徐々に光が小さくなっていく。
「見て!光が消えてきた!」
喜びのあまりカミュに話しかける。
「そうだね。うまくできてるよ。さ、続けてみて。」
カミュは微笑みながら完全に魔力が見えなくするよう促す。
再び光を消すことをイメージして念じる。しばらくすると完全に光が消えた。
「ふぅ~⋯⋯。ちゃんと消せた。」
光を消せて安心し、体の力が一気に抜けた。そして、急激な眠気に襲われた。
「う~⋯⋯。父さんごめん。急に眠くなってきた。先に寝るね。」
「わかった。まぁ夜も遅いしな。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そう言ってフラフラと布団のある部屋へと入る。そのまま布団へ倒れ込み眠ってしまった。
カナメが寝たことを確認したハヤテはカミュに話しかける。
「おい、カナメのあの症状、魔力切れじゃねぇのか?」
その問いにカミュは頭を横に振る。
「違うよ。まだ魔力を消費してないからね。ただ、短い時間で初めて魔力を感じ、可視化までさせたんだ。魔力の可視化は慣れないうちは疲れるものなんだ。だから相当疲れたはずだよ。」
これを聞いたハヤテは少し安心したようだった。
しかし、次の瞬間目つきが鋭くなり、本題を切り出す。
「で、お前らはなんでこんな村に来たんだ?」
バルドにポーションのような貴重品は使いません。自然治癒です。




