不穏な予感
ギルドの階段を降りてロビーに行く。街の外の依頼を貼り出している掲示板へと向かう。そこには金色の長髪の女と青緑色の短髪の女がいた。なにやら2人で相談しているようだ。無言で背後から近づいてみる。
「今回はお試しということも考えてゴブリンじゃなくて他のにしてみる?」
「そうですね。でもホーンラビットじゃ練習にもならないですし。」
「ワイルドボアでも狩ったらどうだ?」
「あ、いいですね!そうしましょう!――ってカナメさん!?」
「わ!カナメくん、いつからいたの!?」
「今来たところですよ。それで、2人で討伐依頼でも受けるつもりなんですか?」
「そうよ。さっきそこで会ったから今度一緒に行ってみようかって話をしていたの。」
「なるほど。まぁいいんじゃないですか?今のエイミィなら何とか戦えますから。ワイルドボアなら群れてくることも無いし、クインさんとなら戦いやすいと思いますよ。」
「あら。意外とちゃんとした理由ね。てっきり茶化しただけだと思ったのに。」
「いや、何してるのかなぁと思って来てみたら二人で仕事をしようとしていたので、茶化すのも悪いと思いまして。」
「あ、茶化すつもりではあったんだ。」
クインティナから不満げな目を向けられる。茶化してないんだからいいじゃないか。
「カナメさんも一緒に行きませんか?」
「いや、やめとく。俺がいると斥候を俺がやる手前、どうしてもエイミィが後ろに下がりがちになっちゃうからな。いい機会だから俺以外との戦い方も確認してきたらいい。」
「なるほど!たしかにいつもはカナメさんに頼っていた気がします。クインさんとなら私が前面に出ないといけないのでちょうどいい練習になりますね!」
「そういうことだ。ちなみに、クインさんは魔法以外で戦えないから注意しろよ。」
「分かりました!」
「ちょっと、最後のアドバイスに悪意を感じたんだけど?」
再びクインティナから不満げな目を向けられる。いや、悪意も何も事実じゃん。
「ところでカナメくん。きみはなんでギルドにいるの?」
「いや、実はギルドから呼び出されまして。」
「何したの?」
「特に何も。僕が最近簡単な仕事ばかりしているのが問題視されたようです。」
「そんなこと?別にどうだっていいじゃない。」
「そうなんですけど、ギルドとしては早期昇級させた傭兵が簡単な仕事ばかりしているのが気に食わないらしいんです。」
「なるほどねぇ。」
「なんか⋯⋯その⋯⋯ごめんなさい。私のせいで⋯⋯。」
「気にすんな。お前の件は説明して許可をもらった。しっかり育て上げろってさ。」
これを聞いてエイミィの顔が一気に明るくなった。やはり後ろめたさがあったのだろう。ギルド公認になったことで、心のつかえが取れたのかもしれない。
「なんか怪しいわね。ギルドがあっさり引き下がるとは思えないんだけど。」
クインティナはエイミィと違って疑っている。まぁ当然とも言える。
「詳しい話はまた今度しましょう。とにかく、今は疲れました。イアンさんとやり合ってきたんで。」
「イアン?前にカナメくんが話していた人事担当の職員ね。」
「はい。さっきまであそこの面談室で話してました。あの部屋、殺風景で本当に嫌です。」
カナメは2階にある面談室を指差しながら辟易とした顔で愚痴をこぼした。
「あぁ、あの部屋ね。私も傭兵登録の時に入ったけど、何もなくて緊張した記憶があるわ。他の人もそうみたいよ。あ、でもケントだけ何も感じてなかったわ。」
「あぁ、ケントらしいですね。それにしても、クインさんはそんなことをいろんな人に聞いたんですね。」
「え?知らないの?傭兵になった頃はだいたいあの部屋の話してるのよ?先輩とかに訊かれるんだから。」
「そうなんですね。⋯⋯誰からも訊かれたことが無いです。」
「嘘でしょ?新人と話す時の鉄板ネタなのに。エイミィちゃんは訊かれたことあるでしょ?」
「⋯⋯私も訊かれたことないです。私、だいたい一人だったので。しっかり相手してくれたのってカナメさんくらいでしたから。」
「嘘でしょ?こんなに元気で明るいエイミィちゃんが誰からも相手にされないのって想像できないんだけど。」
「その⋯⋯毎回『うるさい』『黙れ』『静かにしろ』と言われて後ろの方で静かにしていたので⋯⋯。」
「あぁ、それは僕も言いましたよ。斥候の仕事を教えるのに声が大きすぎたので。」
「なるほど。私は今のエイミィちゃんしか知らないけど、カナメくん、頑張ったのね。」
「あ、分かっていただけましたか?矯正するの大変だったんですよ。最初はホーンラビット相手に剣を振り上げて叫びながら走って行ってましたからね。」
「か、カナメさん!やめてください!恥ずかしいです!」
エイミィが顔を真っ赤にして止めてきた。今になっては自分でも恥ずかしい記憶らしい。
「⋯⋯カナメくん。本当に頑張ったわね。」
クインティナが憐憫の目を向けてきた。
「クインさん。本当にありがとうございます。」
なんとなく、今までの苦労が少し報われた気がした。
「なんか、納得いかないです。」
エイミィは不満そうにむくれている。
「まぁとにかく、僕はもう疲れたので帰ります。2人は討伐依頼を頑張ってください。」
カナメは2人に別れを告げてギルドを後にした。
しかし、ギルドを出たはいいが、何もすることが無い。今は昼前だ。食事処も開いていない。
仕方ないので少し離れた花橋まで行くことにする。歩いている間に昼食の時間になるだろう。ついでだからケントでも誘って食事でもしよう。
そう思って南街にあるケントの常宿へ足を運んだ。昼前なのでほとんどの部屋の窓が開いており、清掃作業が始まっていることが分かる。
宿屋のドアを開けて中に入ると、受付に宿屋の主人が不機嫌そうに座っていた。
「こんにちは。ケント、いますか?」
「よう。お前ぇはケントのダチじゃねぇか。ケントならいねぇよ。しばらく帰ってきてねぇ。」
「そうなんですか。やっぱり依頼の関係ですかね?」
「知らねぇな。だが、退室はしていないからそのうち帰ってくんだろ。」
「分かりました。ちなみに、いつ頃から帰ってないですか?」
「あぁ?そうだな、3日前くらいか?」
「なるほど。ありがとうございました。」
ケントは不在だった。3日ほど帰ってきていないらしい。だが、2等級や3等級の依頼に外泊を要するような長期依頼は無い。4等級の者と同行すれば可能だが、ケントの所属する森の狩人は5人パーティーだ。敢えて他のパーティーと組んで依頼をこなす必要は無い。何か妙だ。
予定を変更してギルド出張所へ向かう。その足取りは心なしかいつもよりも速い。周囲の音はあまり聞こえなくなっている。
出張所に到着すると、まずは受付に向かった。
「あ、カナメさんこんにちは。どうしたんですか、そんな怖い顔して。」
「ゼニアさん、最近ケントを見ましたか?」
「ケントさんですか?見てないですねぇ。」
「では、森の狩人は見ましたか?」
「皆さん見てないですね。どうかされたんですか?」
「ケントが3日前から宿屋に帰ってないんです。森の狩人やケント自身の等級を考えると長期依頼には行っていないはずなんです。だから、何か知っていることはないかなと思いまして。」
「そうですか。たしかにおかしいですね。情報提供ありがとうございます。上の者に報告して対応を検討します。何も無ければいいのですが⋯⋯。」
「ありがとうございます。僕ももう少し色んな人に話を聞いてみます。」
ケントが行方不明になった。出張所の受付でも最近見かけていないとなると、いよいよその可能性が高くなる。
駆け出しの傭兵が行方不明になることは多々ある。だが、それは往々にして無謀な挑戦をした結果だ。森の狩人はその点では心配がない、慎重派なパーティーだ。カナメとケントの研修の時のような不運がなければ危険は冒さないはずだ。
言いしれない不安を抱えながら、カナメは知り合いの傭兵に聞き込みを始めた。




