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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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カナメの憂鬱

 街の清掃依頼を終え、体を綺麗にしたいと思いながら銀熊(ぎんゆう)荘に帰ると、受付の女の子から伏し目がちに手紙の入った封筒を渡された。


「カナメさん、あの⋯⋯これ⋯⋯。」


 え?マジで?ついに俺にもそういう話が?いや、でも、たしかにこの人も可愛いけど、しかしなぁ⋯⋯。


「ギルドからの召喚状です。何かやったんですか?」


 違った!ちょっと浮ついちゃったじゃないか!紛らわしい渡し方しないでくれよ!ってちょっと待てよ。召喚状だと?


「ギルドから召喚状?特に何もしてな⋯⋯いや、したわ。呼び出しを無視してた。忘れてた。」


 思わず額に手を当てる。


「カナメさん、それはマズイですよ。らしくないじゃないですか。」

「いや、最近考え事をしていてさ。すっかり忘れてた。しまったなぁ。とりあえず、それは貰ってくよ。ありがとう。」


 部屋に入って封筒を見る。白地に金色の縁取りがされ、封筒の中央部には傭兵ギルドの文様が刻印されている。あろうことかこれを恋文と勘違いしてしまうとは、どうかしている。少し前の自分を思い出し恥ずかしくなってしまった。

 恥ずかしさを紛らわすように乱雑に封筒を開ける。差出人はイアンだ。用件は最近の活動内容についての報告とのことだ。3日後にこの紙を持ってギルド支部に来るようにと書かれている。嫌な予感がする。もう既に行きたくない。だが、これを無視すると本当にまずいことになる。観念して従うしかない。

 そして3日後。カナメは紙を手にギルド支部の前に来ていた。紙に書かれている内容を見る。もう何度も見た内容だ。最早暗記している。

『午前10時にギルドへ出頭するよう命ず。』

 一体なんだというのか。ギルドに呼び出されるほど悪いことをした記憶はない。だが、不安だ。憂鬱だ。そして緊張する。思わず特大のため息をついてしまった。

 ギルドに入るとロビーにはギルド職員相手に商談を行っている商人や新規依頼をしている市民がおり、訓練場からは傭兵たちの声が響いてきていた。

 カナメはギルド入口から受付へ真っ直ぐに歩いて行く。受付の女性も入口から一直線にやってくる人は珍しいらしく、怪訝な顔をしてカナメを迎えた。


「こんにちは。今日はどうされましか?」

「イアンさんからこちらをいただいたので、お伺いしました。」


 相変わらず支部の受付は事務的だと思いながら、召喚状を手渡した。


「あ、カナメさんでしたか。話は伺っております。2階の面談室でお待ちください。」


 面談室。傭兵になるときにイアンと面談したあの部屋だ。殺風景であまり好きではない。だがそんなことを言っても仕方が無いので面談室へ向かう。

 軋む階段を上がり、木製の床を歩く。金属製の冷たいドアノブを捻って面談室に入る。北面に面した窓からは冷ややかな光が入ってきている。簡素な応接セットに光が反射している。

 イアンが来るまでソファーに座って待つことにする。花が置かれているわけでもないので見た目にも匂いにも華やかさが無い。本当に殺風景だ。

 しばらくするとドアがノックされる。イアンが書類を持って入ってきた。なんとなく不機嫌そうだ。


「こんにちは、カナメくん。やっと会えたね。」

「こんにちはイアンさん。ご無沙汰しております。」

「誰のせいで会えなかったと思っているんだね。」

「その点については申し訳ございませんでした。完全に失念してました。最近は考え事が多くて⋯⋯。」

「失念ってきみね、3回も呼び出したのに忘れるなんてどうかしてるぞ。」

「いや、本当に申し訳ございません。」

「まぁいい。とりあえず、今日来てもらったのは、最近のきみの行動についてだ。2等級に昇格直後にアイアンウルフの討伐をやってのけたのに、その後はホーンラビットの討伐ばかり行っている。これはどういうことかな?」

「ホーンラビット以外にもゴブリンやファングウルフ、ピンクマッシュ、ブルーマッシュ、ウッドスネークも狩っています。」

「総数を見たらホーンラビットが圧倒的に多いんだよ。前にも言ったが、きみは期待の新人なんだ。こんな訳の分からない足踏みをしてほしくないんだよ。なんでこんなことをしている。」

「何でと言われましても⋯⋯。今、パーティーは組んでいませんが同行している者がいます。おそらくイアンさんならご存知だと思いますが、そいつのためです。」

「あぁ、知っている。1等級のエイミィだな。最近はお前と同行していることが多いらしいな。そして、お前が同行するようになる前の依頼成功率は30%。正直言って解雇レベルだったわけだが、お前と同行するようになってから成功率が100%に跳ね上がった。だが、出来損ないの傭兵のために有望な傭兵が骨を折ることをギルドも良しとはしない。なぜそんなことをしている。」

「研修依頼で担当した子が落ち込んでるのを見つけて放っておけなかった、では回答になりませんか?」

「ダメだな。そんなことをしていたらいつまで経っても昇級できないぞ。」

「そうですか。かつては後輩たちの教育に力を注いでいたイアンさんなら分かっていただけると思ったのですが。」

「馬鹿を言え。俺だって教育する相手は選んでいたさ。だが、エイミィは特筆すべき点が無い。武器を扱ったことも無い、魔法も使えない、筋力は並以下、算術は苦手ときている。見込みが無さすぎる。」

「お言葉ですが、それは僕と同行する以前のエイミィの情報ですよね。今のエイミィは見違えるほど変わっていますよ。」

「どうだかな。人間、1ヵ月やそこらでは変わるものではないさ。」

「そもそもの話ですが、傭兵登録した際のエイミィの特技って何になっていますか?それ自体が誤っている可能性が高いんですよ。」

「どういうことだ?」

「本当はまだお話しする気はなかったのですが、こういう状況なので報告します。エイミィは魔法を使えます。本人に自覚が無かっただけです。」

「――!なんだと!?」

「驚くのは無理もありません。正直、僕らもあれを魔法と言っていいのか分からないですから。」

「どういうことだ。」

「彼女は魔力を硬くする魔法も、物を作り出す魔法も使えません。ただ、魔力を浮かすことができるんです。今はそれを有効活用する方法を探している段階です。」

「なに?魔力を⋯⋯浮かす?それは本当か?」

「はい。ただ、僕だけでは分からないことが多すぎるので、今は2等級のクインティナさんにも協力してもらっています。なので、魔法の調査はクインティナさんにお願いして、僕は武器の扱いや戦い方について教えている状況です。」

「なるほど。そういうことか。やはり直接きみに訊いて良かったよ。これはとんだ拾い物じゃないか。」

「は?」

「世の中には極稀に物を作り出す魔法、魔力を硬くする魔法の両方に属さない魔法を使う者がいるんだよ。私も1人しか会ったことがない。ただ、これらの魔法使いは総じて変わり者だ。強力な魔法を使う代償なのか、普通とは少し違う者が多い。エイミィもそうなのではないか?」


 そう言われて改めてエイミィの様子を思い出す。元気で直感的という印象だ。正直あまり頭は良くない気がしている。だが、変わり者かと言えば、そうではないと思う。


「変わり者かどうかで言うと、そこまで変ではないと思います。」

「そうか。まぁあくまでもそういう人が多いと言われているだけで、そうとは限らないからな。だが、その話を聞いて、きみが簡単な依頼ばかり受けていたことに合点がいったよ。きみの行動は正しい。」

「ご理解いただけて良かったです。ありがとうございます。」

「ただ、私にもう少し早く相談してほしかったな。」

「それについては悩んだんです。ただ、不確定要素が多い状態で相談するのも良くないと思って先延ばしにしました。」

「なるほどな。それも一理ある。しょうがないことも認めよう。ただ、今後についてはギルドからも口を出させてもらう。」

「え?」

「エイミィの育成は重要だということだ。そして、それを行うのはカナメ、きみだ。」

「え??いや、僕はとしてはそろそろ教えることが無くなってきているのですが。」

「関係無い。エイミィが今、最も信頼している相手が誰なのかは想像に難くない。そうであるならば、きみが引き続き近くにいるのがいい。カナメくん、エイミィとパーティーを組め。」

「はぁ!?正気ですか!?正直なところ、僕はそろそろ自由に依頼を受けたいんですよ!それに、ギルドが本格的に教育を勧めるっていうのなら、僕がやるよりもギルドが選定した人物に任せるべきじゃないですか?」

「ダメだ。それをやると彼女をギルドが特別扱いすることになる。彼女にとって良くない噂が立つ。」

「それなら、魔法を教えられるような人とパーティーを組ませてください。その方が彼女のためです。」

「それも難しいな。そもそも魔法を教えられる者が下位の等級には少ない。だからと言って1等級が上位の等級の傭兵とパーティーを組むなんて論外だ。そうなると、近い等級で導ける者が適任となるが、それは既にきみがやっている。」

「でも、僕には教えることがほとんど無いって言ったじゃないですか。」

「別に教えることが全てではない。きみの姿や姿勢から学ぶこともある。教えることが不安なら、ギルドが適宜相談に乗ろう。」

「く⋯⋯。分かりました。たしかに、このまま放置したらまたおかしなことをしでかして失敗続きになって壊れていくような気もしますし。ただ、パーティーについては考えさせてください。僕にも目標があるので。」

「分かった。それでいい。それじゃ、頼んだよ。」


 そういうとイアンは席を立ち部屋を出ていった。妙な疑いをかけられ、妙な話になり、結局現状維持という話だ。ただ、エイミィの存在がギルド公認となった。これからは相談もしやすくなる。

 それにしてもとにかく疲れた。そう思いながら面談室を出て2階の廊下から1階のロビーを見下ろす。ため息をついて廊下を歩きだそうとした時に、視界の端に何か見覚えのあるものが見えた気がした。改めて1階の掲示板付近を見下ろすと、見慣れた後ろ姿が見えた。クインティナとエイミィだ。


(何をやってるんだあいつら。こっちはエイミィのせいで面倒なことなっているのに。)


 なんとなく機嫌が悪くなり荒々しく階段を下りてくのだった。

・ピンクマッシュ:ピンク色のキノコの魔物。打撃がゴブリンよりは強い。食べると美味い。

・ブルーマッシュ:青いキノコの魔物。ゴブリンより弱いが毒の胞子をばらまく。食べると美味いが毒。

・ウッドスネーク:木目模様の蛇。アミメニシキヘビくらいの大きさだが好戦的。木の幹に擬態した状態で襲ってくるため、被害者が多い。食べると鶏肉のような味がして美味い。


なお、いずれも弱いが、体が大きいため食料として需要がある。

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