女たちの密談
ギルドからほど近い場所にあるカフェにエイミィとクインティナは来ていた。店内の客はあまり多くなく、パンを焼く香りの漂う静かな店だ。
窓際の席に座り、それぞれが注文をすると、クインティナが口を開いた。
「さっきは見苦しいところを見せちゃったわね。」
「いえ、そんなことはないです。あんなこと言われたら誰だって嫌だと思います。」
「ありがとう。本当はあいつらに言い返してやりたかったんだけどね。実際、私はソロだから何を言っても同じなのよ。仕事はちゃんとできてるから私の魔法が弱いわけじゃないんだけど、あいつらには関係ないみたいで。とにかく小馬鹿にしたいだけなの。」
「そういうのって本当に嫌です。許せません。でも、なんでソロなんですか?クインティナさんならすぐにパーティーを組めそうですけど。」
エイミィから見たクインティナは美人で頭が良く、強い魔法を使える傭兵だ。カナメといるところを見る限りでは気さくで常識的な人だということも分かる。そんな人がソロである理由が分からない。
「それはね、私が魔法のことを理解している人とじゃないとパーティーを組みたくないからよ。また魔法をバカにされたくないから。」
「そうなんですね。あ、でも、そういうことならカナメさんと組めばいいんじゃないですか?カナメさんもソロだし、クインティナさんと仲が良いですし、信頼してるみたいですから。なにより、そんな事を言うような方じゃないですから、さっき言っていたような事にはならないと思いますよ。」
「そう思うでしょ?だからパーティー組もうって言ってるんだけど、ダメなの。何度も断られてるの。」
「え!?そうなんですか!?」
クインティナがパーティー申請を断られていることに衝撃を受ける。あれ程仲が良く、エイミィの魔法について相談する程信用しているのに。一体何が気に食わないのだろうか。
「そう。まぁ正しくは保留なんだけどね。私が近接戦が苦手なのがダメみたいなの。組むなら私が動けるようになるか前衛がいないとダメなんだって。」
「そういうことですか。たしかにカナメさんらしい考えというか⋯⋯。それなら、私と組みませんか!?」
「⋯⋯何が『それなら』なのよ。」
「だって、私はクインティナさんの魔法が凄いことを知っています。馬鹿にするなんてありえません。それに、私は前衛です。クインティナさんの前で戦えます!私がいれば前衛が入ることになって条件クリアです!」
「あのね、あなたみたいな駆け出しの前衛が1人いたところで何も変わらないわよ。」
「でも、このままだとクインティナさんがバカにされたままになっちゃいます。だから私たち2人とカナメさんの3人ならと思って⋯⋯。」
カナメ、クインティナ、エイミィの3人であれば前衛、中衛、後衛が揃っていてバランスがいいと思って提案したのだが納得してもらえなかった。自分の実力不足のせいだろう。分かってはいたが悔しい。
「はぁ⋯⋯。まったくこの子は。ごめんね。意地悪なこと言っちゃったけど、本当は私がその話をするつもりだったのよ。」
「え!?そうなんですか!?」
「そう。私があなたを探していたのはそれをお願いしたかったからなの。」
「あ、そういうことだったんですね。理由が分からなくて怖かったです。」
「怖がることもないでしょ。⋯⋯もしかして、話しかけた時に距離を感じたのって、そういうこと?」
「はい。そんなに話したことがあるわけでもないのにお願いしたいことってなんだろう思って警戒してました。」
「はぁ⋯⋯不安にさせちゃったことは謝るわ。」
次の瞬間、呆れたような口調だったクインティナの表情が変わる。一転して真面目な顔になり、声のトーンも少し下がった。
「それで、私から確認なんだけど、エイミィちゃんはカナメくんとパーティーを組みたいって考えていい?さっきは思いつきで言ってる感じがしたけども。」
「はい。組みたいです。自分の力がまだまだ足りていないことは分かっています。でも、私はカナメさんに恩を返したいんです。そのためにはパーティーを組んで支えるのが一番だと思います。」
「なるほどね。今の環境が変わるのが嫌っていうのが理由ではないのね?」
「違います。たしかに、不安がないと言えば嘘になります。でも、それだと成長できていないようで、カナメさんに申し訳が立ちません。」
「そうね。そんなことが理由だったらこっちから願い下げよ。」
「でも、私が前衛でカナメさんは受けてくれるでしょうか。まだゴブリンを倒せるようになったレベルなのに。」
「問題はそこね。今までの感じだと断るでしょうね。『今のお前じゃ前衛なんか務まらない』って。そこで、私が魔法の使い方を教えてあげる。最近、魔力を硬くする魔法についてたくさん調べたから、エイミィちゃんにも少しは教えられるはずよ。これで上手く活用できれば文句はないはず。」
「本当ですか!?ありがとうございます!魔法についてはカナメさんと試していても進展が無かったので気になっていたんです!」
「まぁ仕方が無いわよね。私も最近カナメくんに会ってないから調べた成果を教えてあげられなかったし。」
「そういえば、何にか分かったんですか?」
「いえ、何も。今のところ何も出てきてないわ。」
「そうですか⋯⋯。」
「まぁその辺は最初から覚悟していたから仕方ないわね。気長にいきましょ。手探りで実験するのも楽しいしね。」
ここで再びクインティナの雰囲気が柔らかくなる。
「ところで、これからパーティーを組もうっていうのに、私たちはお互いのことを知らなすぎるわよね。とりあえず、私のことはクインと呼んで。名前が長いから。皆にそう呼んでもらうようにしてるの。」
「分かりました、クインさん!」
なんとなく距離が縮まったようで嬉しくなってしまった。
「それで、ずっと気になっていたんだけど、なんでエイミィちゃんは髪を短くしてるの?せっかく綺麗な顔立ちなのにもったいないわよ。」
「そ、そんなことないですよ。この髪は傭兵になる時に仕事の邪魔になるんじゃないかと思って切ったんです。」
「ふ〜ん。じゃあ傭兵になる前までは長かったんだ。」
「はい。クインさんは切らないんですか?」
「当たり前よ。髪は女の命よ。何と言われようと切らないわ。」
「そうですよねぇ。私もそう言われて育ってきたので、切る時凄く悩みました。」
「それなら切らなければよかったのに。髪の毛なら上に纏めることもできるんだし。」
「――!その手がありました!でも、いざ短くしてみると凄く楽でまた伸ばそうとは思えないんですよ。」
「ふ~ん。そんなものかしらねぇ。」
クインティナは自分の髪を手に取り見つめている。
「だめ。やっぱり髪を切るのは無理。」
「あ、今想像していたんですね。たしかにクインさんは髪が綺麗なのでもったいないですよ。」
「ふふ、ありがと。」
「いえいえ、どういたしまして。」
こうしてクインティナと2人で軽口を言い合う関係になれるとは思ってもいなかった。やはり嬉しいものだ。
「ところでエイミィちゃん。あなた、実は未成年でしょ。」
「な、なな、なんですか突然!!そそ、そんなことあるわけナイジャナイデスカ!」
「動揺しすぎよ。その様子だと、案の定ってところね。」
「な、ナンノコトデショウカ。」
「それ、まだ続けるの?」
クインティナは手元にあるハーブティーを一口すすって、微笑んだ。
「大丈夫よ、安心して。誰にも言わないから。あと1ヵ月くらい隠し通せれば問題無くなるわけだし。」
「ありがとうございます。でも⋯⋯なんで分かったんですか?」
「そうね。勘⋯⋯かしら。女の勘はよく当たるものよ。」
「なんか誤魔化されたような気がする⋯⋯。」
「ふふふ。気にしない気にしない。あ、そこ、カナメくんじゃない?」
「え?どこですか!?」
エイミィは周囲を見回す。だが、クインティナの目線は窓の向こう側を向いている。それに倣い窓から外を見ると、たしかにカナメが歩いていた。全く武装していない、完全プライベートの姿だ。しかし、なぜか物凄く気分の優れない顔をしている。手にしている紙を見てため息をついている。
「あれ、どうしちゃったのかしら。あんなカナメくん見るの初めてかも。」
「たしかに、カナメさんらしくないですね。それにあの紙、何が書いてあるんでしょう?」
「気になるわね。ちょっと尾けてみましょうか。」
「え!?ダメですよそんなことしたら!」
「でもエイミィちゃん、気になるでしょ?」
「う⋯⋯気になります。」
「じゃあ決まり。どこに行くのかだけ見てみましょ。」
クインティナはそう言って伝票を持って立ち上がると、エイミィを置いて素早く会計を済ませて外に出た。
エイミィも慌てて店を出てクインティナに食事代の礼を言うと、カナメの後ろ姿に視線をやる。
2人とも普段やらない尾行をする事になって少しワクワクしていた。
しかし、それもすぐに終わった。カナメは深いため息をついてギルド支部に入っていったのだ。
「え?カナメくんの用事って、ここ?なんだ〜つまんないの~。」
「でも、それこそ何の用事なんでしょう?あんなに嫌そうな顔は珍しいですよ?」
「たしかにそれも気になるわね。でも、それはまた聞けるわよ。帰りましょ。」
「それもそうですね。それじゃ、次は討伐依頼でお会いしましょう。」
「――そうだった。エイミィちゃん、2人で依頼を受注するからギルドに行かなきゃ。入るわよ。」
一旦帰ろうとしたクインティナが慌てて戻ってきて、エイミィと共にギルドへ入っていった。図らずもカナメを追いかけることとなっていた。




