クインティナの休日
リヴェンデール市立図書館。それは旧市街の中心部にほど近い北の中央通りに面している。石造りの外壁に繊細な彫刻が施され荘厳な造りをした建物である。扉をくぐると、紙とインクの匂いが混ざり合う静謐な空間が体を包む。広間には数十の机が並べられ、多くの人が利用しているが、その誰もが会話をしていない。ページを捲る音やペンを走らせる音だけが響いている。その一角にある机にクインティナは腰を下ろしていた。
クインティナが図書館に来る理由は魔法の探求や自身の魔法技術向上のためである。この街に来た頃から定期的に通っている。ここで得た知識を元にして日々魔法の鍛錬を行なっている。それにより様々な魔法について知ることとなり、魔法技術の向上に成功させている。
だが、今回はいつもとは目的が異なる。今回は自分の魔法のためではない。自分の知らない魔法、それも想像の埒外にある魔法について調べるためだ。
昨日見たエイミィの魔法は面白かった。あのような魔力の使い方は知らない。知らないのであれば、あれがどういうものなのかを知りたい。実験してみたい。でも、何の手掛かりも無く実験をしたところで徒労に終わってしまう。それを避けるためにも文献を漁って前例が無いか調べてみる必要がある。前例があればそれを辿り、新たな発見ができるかもしれない。前例が無ければ自身の知識を活かして新たな可能性を模索できる。どちらでも構わない。どちらでも楽しめる。思わず口元が緩んでしまう。
(いけないいけない。変なことを考えてないで集中しなきゃ。それにしても、主要な文献には見事に載ってないわね。本当に前例が無いのかしら。)
今まで読んだことの無い魔力硬質化に関する文献を読み漁るが、魔力を硬質化させたうえで全身に纏うことや武器に纏わせることくらいしか記載されていない。これは広義で言うと魔力を伸ばしている状態だ。だがそれも自分の体の延長線上の話であって、自分の体から何も無い空間に魔力を伸ばしたり、ましてや浮かすなんてことではない。
( とりあえず他の文献も読んでみましょう。まだ調べ始めたばかりだし。)
読んでいた本を閉じて席を立つ。書架へ本を戻しに行きながら考える。魔力が体から伸びるのは物を作り出す魔法を使う時の現象として発生する。とはいえ、自らの意思でそれを行うことはできない。これはどの本を読んでも明言されていない。それだけ常識的なことということだ。そうであれば次に読む文献は魔力の指向性について書いてある論文がいいのかもしれない。はたまた寓話の類を読むのもありだ。おとぎ話や伝承に似たような魔法が載っている可能性がある。
とはいえ、今は少々疲れた。朝から関連しそうな文献を何冊か読んだせいか頭が重い感じがする。
(さすがに疲れたわね。ちょうどいいからお昼ご飯でも食べましょうか。)
一時退館手続きを行い外に出ると、冬の冷気が頬を刺す。透き通るような青空が広がり、日差しが図書館前の通りに降り注いでいる。
その通り沿いにある日当たりのいいカフェに入る。適当に食事と温かい飲み物を注文しテラス席に座る。寒くはあるが、日差しが暖かく気持ちがいい。ついついのんびりしてしまう。
注文していたメニューがテーブルに届き食事を摂っていると、背後から声をかけられた。
「おや?もしかしてクインさんですか?」
振り返るとそこには金髪の若い男性傭兵がいた。黒っぽいローブを纏い、右手には豪華な装飾が施され上部に水の流れを模したような杖を持っている。
「あ、ウォーレンさん。お久し振りです。最近ギルドにいなかったですね。どちらか行かれてたんですか?」
「えぇ、ちょっと護衛依頼がありましてね。1ヶ月ほど前からヤードの町まで行っていたんですよ。」
「なるほど。護衛依頼だったんですか。やっぱり4等級になると依頼の幅が増えますね。」
ウォーレンは4等級に上がったばかりの傭兵である。以前、クインティナの研修を受け持ったパーティーの一員である。クインティナとしては傭兵になって初めて接した魔法使いであり、その理知的でいかにも魔法使いといった立ち振る舞いから尊敬していた。
「そうですね。やれることも増えて、改めて傭兵になったと実感します。あ、ここ座ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。それで、ヤードの町はどうでしたか?」
「複数の町をつなぐ中継地なので多少賑やかでしたね。でも、逆に言うとそれだけなので仕事でもなければ滞在することはなかったと思います。ただ、2カ月ほど前に娘さんが傭兵になると言って飛び出していってしまったっていう夫婦がいて、捜索を頼まれてしまいました。」
「へぇ~。そういう話って多いんですかね?最近聞いたような気がします。」
「まぁ多くはないでしょうけど、たまに聞きますね。クインさんだって親の反対を押し切った口じゃないですか。」
「そうですけど、私はちゃんと説得しました。無断で家を出たりしてません。で、その話は受けたんですか?」
「とんでもない。ギルドを通した依頼じゃないから断りましたよ。でも、勝手に特徴を伝えられました。濃い青緑色の長髪で身長は160cmくらいの女の子。名前はエイミィ。14歳だそうです。」
「―――っ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「大丈夫?クインさん。」
「だ、大丈夫です。お茶が⋯⋯ゴホッ!⋯⋯変な所に入って⋯⋯しまっただけですから。」
「気をつけてくださいよ?でも、14歳なら傭兵にはなれないから、親としては心配ですよね。」
「そ、そうですね。」
(ちょっと待ってよ!今の話が本当にあのエイミィに関することだったら、年齢偽ってるじゃないの!これ、カナメくんに言うべき?それともギルド?)
「ところで、クインさんはどうですか?パーティーは慣れましたか?」
「え?あ、いやぁ~⋯⋯。パーティーは脱退して今はソロです。」
「辞めちゃったんですか?なんでまた。」
「あいつらが私の魔法をバカにするので頭にきてしまいまして。」
「そういうことでしたか。たしかに経験の浅い魔法使いはバカにされがちですからね。でも、魔法使いはソロだと大変ですから、パーティーは組んでいたほうがいいですよ。」
「分かってはいるんですけどねぇ。今パーティーを組もうって誘っている人には断られ続けてるんですよ。」
「良かった。ちゃんとパーティーを組む予定ではあるんですね。でも、なんで断られてるんですか?やっぱり魔法の練度の問題ですか?」
「いえ、魔法については問題無いというか、むしろ認めてもらってます。彼も魔法使いなので。ただ、魔法使い同士だと前衛がいないのと、私が近接戦ができないからという理由です。」
「相手も魔法使いなんですね。だからクインさんに対して理解があると。でも、その理由だと彼の言い分が正しいように思えますね。」
「それはそうなんですけど、彼、普通に前衛で戦えるくらいには強いんですよ?武術はやってないと言ってはいますけど、武術をやってなきゃ咄嗟に杖で殴ろうなんて思わないですよ。」
「それはまた変わった方ですね。」
「そうなんです。変なんです。今も仕事のできない後輩の面倒をみるためにわざわざ1等級の依頼ばかり受けてるんです。研修を担当したから放っておけないみたいで。私のパーティー申請は断るくせに。」
「なるほど。でも、その彼はまだソロなんですよね?」
「はい。その後輩ともパーティーを組む気は無いみたいです。」
「その後輩くんはどうしたいのでしょうね。」
「聞いてないから分かりませんけど、たぶんパーティーを組みたいんじゃないですか?かなり懐いてますから。」
「そんな犬や猫じゃないんですから⋯⋯。」
「それは冗談にしても、かなり尊敬してる感じはしますね。そんな先輩とパーティー組めるなら嬉しいと思いますよ。」
「ちなみに後輩くんは前衛なのですか?」
「そうですね。でも、傭兵になるまで武器を持ったことがないとかでまだ訓練中ですね。」
「ふむ。ということは、もしかしたらパーティーを組めるかもしれませんよ。」
「え!?どういうことですか!?」
「それはね⋯⋯⋯⋯。」
クインティナがカナメとパーティーを組む方法。これを聞いたクインティナはエイミィの魔法について調べつつ、画策し始めるのだった。




