昼下がりの飲食店にて
赤髭部防具店を出た2人は昼食を取ることにした。どこに行くかを決めずに花橋前まで来たので、適当な店を探し始めた。昼時ということもあり通りには多くの人が行き交っている。飲食店からは火を起こす薪の弾ける音が聞こえ、肉を焼く匂いが漂ってきて食欲をそそられる。
どの店にしようかと話しながら飲食店を見ていると、そのうちの1軒のテラス席に見知った2人組がいた。ケントとクインティナだ。2人で食事をしている。珍しい組み合わせだ。2人は機嫌よく笑っているが、手にはいかにもエールの入っていそうなコップを持っている。既に軽く酔っていそうだ。
こんな今の2人に見つかると嫌な予感しかしない。逃げよう。
「エイミィ、この道は良くない。他に行こう。」
「え?他って、どこかあるんですか?」
「ちょっと裏に行っても店はある。試しに行ってみよう。」
踵を返して表通りから外れようとしたところ、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あれぇー!?そこにいるのはカナメじゃーん!一緒に飯食おうぜー!」
見つかった。ケントのやつ、大声で名前を呼びやがって。恥ずかしい。
「カナメさん、呼ばれてますよ。お知り合いですか?」
「あぁ、わりと仲のいい傭兵だ。たまに一緒に仕事をすることもあれば飯を食うこともある。でも、今のあいつ、酒飲んでるからな。会いたくなかった。」
「カナメー!早く来いよー!」
右手で頭を押さえつつエイミィに説明している間にも大声で呼んでくる。ケントの方を見ると周囲の視線がケントに集まっており、クインティナが恥ずかしそうにしているのが見えた。仕方無い。ここで行くのは恥ずかしいが、クインティナのためにも行って黙らせるしかない。
「くそ~行きたくねぇ〜。でもしょうがないかぁ⋯⋯。行かなきゃもっと騒ぎそうだし、あのままじゃクインさんが可哀想だ。エイミィ、すまない。俺はあそこに行かないといけないから、食事はまた今度な。」
「いえ、私も一緒に行きたいです。」
「え?いややめた方がいいって。」
「おーい!一緒にいる奴もこっち来いよー!」
「ほら、あちらの方も言ってますよ。行きましょう?」
くそ!馬鹿ケント!
カナメは深いため息をついた。不本意ではあるがエイミィを連れてケントのいるテラス席へ向かう。
ニコニコして手招きしているケントと、ラウンドテーブルを挟んで向かいの席に申し訳なさそうな顔をしているクインティナがいる。ケントの笑顔に苛立ちを禁じ得ない。
「よーカナメ!久し振りだな!何やってんだ?」
カナメが席の近くに行くと満面の笑みで片手を上げて迎えてきた。周囲の視線が痛い。
「うるせぇ!少し静かにしろ!恥ずかしいだろうが!で、今俺らは飯を食おうと思って店を探していたところだ。」
「お!ならちょうどいいじゃん!一緒に食おうぜ!」
少しもトーンを落とそうとしないケントに呆れてしまった。
「はぁ⋯⋯もういい。とりあえず座っていいか?」
「おぅ!ここ座れよ!」
ケントは横の椅子に移動して席を開ける。
そこにカナメが座り、元々空いていた椅子にエイミィが座った。
店員が注文を取りに来たので適当な食事とエールを注文した。
「あ、そっちの彼ははじめましてだね。2等級のケントだ。よろしく。」
「あ、はじめまして。1等級のエイミィです。よろしくお願いします。」
「うお!女の子だった!」
「エイミィちゃん久し振り。元気だった?」
「クインティナさん、お久し振りです。まぁなんとかやってます。」
「それにしてはあの時持ってなかった立派な槍を持ってるじゃない。高かったんじゃない?」
「それはまぁ⋯⋯。ははは。」
エイミィは値段について突っ込まれて反応に困っていた。これに関してはカナメも触れたくないので適当に話を変える。
「それにしても、クインさんとケントって珍しい組み合わせですよね。どういう状況なんですか?」
「別に〜?お昼食べに来たらケントに会ったから一緒に食べてただけ。」
「そうそう。そこでばったり会ってね。たまには一緒に飯でも食おうかって話になったわけよ。で、お前らはどういう状況なんだ?」
「俺らはエイミィの武器を買うために赤髭部防具店に行った帰りだ。」
「うぇ!あそこで買ったのかよ!気難しくてなかなか売ってもらえないって聞いてるぞ。」
「たしかに気難しいな。俺も最初は魔法使いだからって睨まれたよ。まぁギルドの紹介状があったから話は早かったけどな。」
「そういえばカナメくん、あそこで買い物したことあったんだっけ。」
「え!?お前買ったことあんの!?」
「あぁ。買ったぞ。ほら、最近着てる藍色の服、あれを買ったのがあそこだよ。」
「なるほど。あれは普通の服じゃなかったんだな。ただのお気に入りの服なのかと思っていたよ。」
なんだか嫌な想像をされていた。いや、お気に入りなのは間違いないけど、そんな単純な理由で着てないんだよな。
「あの服は普通の服じゃないわよ。防刃性のある硬い服よ。変態的装備だわ。」
クインティナはケントよりも酷いことを言っている。辛辣すぎる。
「それで、今日はエイミィの武器を買いに行ったってことは、買ったのはその槍でいいのかな?」
「あぁ。この槍だよ。ただ、エイミィは槍初心者だからこれから訓練していくことになるな。」
「へぇ~。なぁエイミィ、槍はカナメも使えるから教えてもらえよ。」
「あ、たしかにカナメくんは槍も使えるんだったわね。」
「え!?カナメさん、槍を使えるんですか!?」
ケントとクインティナは笑顔でとんでもないことを言い出した。そしてエイミィはこれを真に受けて目を輝かせてしまっている。
「いや、待て待て。俺は槍なんか使えない。お前ら、適当なことを言うな。」
「だってカナメ、ゴブリンリーダー相手に槍を使っていたじゃないか。」
「私も槍の訓練していたってカナメくんから聞いたよ。」
「お前ら、誤解を招くようなことを言うな!そして俺の黒歴史を掘り返すな!」
「カナメさんって本当になんでもできるんですね!」
「あ〜ほら!エイミィが勘違いしちゃった!違うんだエイミィ。俺は槍の訓練なんかしてない。槍で遊んでいただけだ。それをゴブリンリーダー相手に使ってみたらちょうどいい威嚇になったって話だ。」
必死になってエイミィの誤解を解く様を見てケントとクインティナは笑っていた。これだから酔っ払いは困る。また1人、黒歴史を知る者が増えてしまった。2人とも覚えてろよ。
「そういえばカナメくん。最近、パーティー組んだんだって?ずっとパーティー組もうって言ってるのに保留されてる身としては悲しいんだけど。」
「はい?パーティーなんか組んでませんよ。誰ですかそんなこと言ってるの。」
「私と仲のいい何人かが、カナメくんが背の低い男の子と一緒に草原の方に歩いていくのを見てるのよ。私がカナメくんとパーティー組みたがってるの知ってるから教えてくれたの。」
「あ、それ、たぶん私のことです。」
「え⋯⋯?」
その瞬間、クインティナが固まった。予想だにしていなかった答えに思考が止まってしまったようだ。
「ちょっと待って。え?私はあまり動けないからってパーティーを組んでもらえてないのに、エイミィちゃんは組んでもらえたの?前衛としてそんなに優秀なの?」
「あ、クインさん、誤解です。こいつとはパーティーを組んでないです。しばらく同行して仕事を教えてあげることになってるんです。身体能力もクインさんより下です。」
「どういうこと?全く状況が理解できないわ。」
クインティナが混乱し始めたので順を追って説明することにした。エイミィが研修終了後から仕事が失敗続きだったこと、落ち込んでいる時にカナメに会って相談したこと、相談されたカナメが指導をすることになってしまったこと、その指導の中にホーンラビット討伐があったからその時の姿を目撃されたのだろうということを話した。これを聞いて事情が理解できたようで、クインティナは落ち着きを取り戻した。
「なるほど。そういうことね。エイミィちゃんも大変だったんだ。でも、カナメくんは優しすぎる。エイミィちゃんみたいに仕事が上手くいかない人は多いし、それが理由で辞めるのなんて当たり前よ。もしこれでエイミィちゃんがそれほど成長しなくて、結局この仕事が向いてないってなったら無駄な時間を過ごさせることになるのよ?無理に続けた結果、討伐の最中に死んじゃったりしたらどうするの?責任取れる?」
「それはそうですけど⋯⋯。あんな死にそうな顔されていたら放っておくのは無理ですよ。話を聞く限り、親の反対を押し切って町を出てきちゃったっぽいですし。」
「そうなの?エイミィちゃん。」
「はい⋯⋯。親からは傭兵になることを反対されていたので、置手紙だけ書いて黙って出てきちゃいました。」
「お前⋯⋯!思っていたより酷い状況じゃねぇか!」
「そうね。ていうか、まずくない?ギルドに捜索願出てるかもしれないわよ?」
「はぅ!考えてなかったです!どうしましょう⋯⋯。」
「どうしましょうって⋯⋯。これはお前がどうにかすることだから、さすがに俺も手を出せないよ。ただ、何かあればギルドから呼び出しがあるはずだ。それまでは様子を見るしかないだろ。」
「そうですね⋯⋯。」
エイミィが思わぬ爆弾を抱えていることを知ってしまった。これから傭兵として仕事をしていけるのかが不安になる。が、それは自分ではどうにもならないことなのだから考えないようにするしかない。
「う〜ん⋯⋯。クインさん、この件は本人がどうにかするしかないので、僕は自分のできることだけをするようにします。そこで、魔法に造詣の深いクインさんに相談があります。」
「え?なによ急に。相談ってなに?」
急に改まった態度を取られたことによりクインティナは警戒しつつも、造詣が深いと言われ少し気分が良くなったのか少し前かがみになった。
そんなクインティナに対し、カナメは静かに告げた。
「エイミィの魔法についてです。」
ケントはカナメと同時期に昇級しています。上位の等級のパーティーに入っているので実践が上がりやすかったのが早期昇級の主要因です。
なお、エイミィはこの後、ご飯を食べようとした時に手に力が入らず苦労しています。




