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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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ある朝の話

 早朝、カナメは肌寒さを感じて目を覚ます。木の窓からは薄っすらと明かりが差し込んでいる。布団から出たカナメは薄暗い部屋の中を歩き木の窓を開けた。外はまだ薄暗い。


「はぁ〜⋯⋯。すっかり寒くなってきたなぁ。村は今頃雪でも降ってるかな?」


 半年以上前に出てきた村のことを思い出す。父は元気にしているだろうか。もうアンさんは子どもが産まれただろうか。ここしばらくは手紙を書いていないことを思い出す。最後に出したのは3カ月ほど前だったか。あの頃は毎日変わり映えしない日々だったから話題が無かった。だが、最近は話題が豊富だ。今夜にでも書いて送ろう。

 服を動きやすいものに着替え、木剣を持って銀熊荘の中庭に出る。早朝の日が昇りきらない時間であれば誰も起きてこない。そのため、この時間に剣の訓練を行うようにしている。

 1時間ほどストレッチや型の確認をした後は街の中を走る。この頃になると外に人が出てき始める。

 カナメが走るコースはほぼ毎日異なる。というのも、道の臭いが気になってしまうからだ。清掃前の道は通りたくない。清掃される道はギルドの依頼で把握してる。だから毎日清掃直後の道を優先して走ることができている。

 基本的には旧市街の東通りから外壁(そとかべ)の東門方面へ行き、そこから北門、西門、中央広場を経由して旧市街の東門へ戻る。これを2〜3周する。最後は決まって中央広場の噴水前で休憩して息を整えてから宿屋に帰るようにしている。

 今日も東通りを外壁に向かって走っていく。走っていると時折声をかけられる。


「おはようカナメ。今日も精が出るねぇ。」


「おや、カナメじゃないか。この前は清掃ありがとな。また頼むよ。」


「カナメくん、まだ食べるの大変だろ?これ、お昼ご飯に使って。」


 ほとんどは清掃作業で関わりを持った人だ。中には走っている人が珍しくて声をかけてきた人もいる。

 こうやって走るようになってから気がついたことがある。傭兵はあまり基礎訓練をしていないということだ。ギルドの訓練場には人が多いが、体力作りをする人は少ない。かつて村に来ていた銀熊(ぎんゆう)のギンガやエルシャールは体力作りを怠らなかった。だからそういうものだと思っていたが、そんなことは無いようだ。傭兵の継戦能力が不安になる。

 2周目の最後に中央広場の噴水前に行くと、傭兵の集団がいくつか見えた。どうやら仕事の集合時間が近いようだ。ここから街中の様々な仕事に行くのだろう。そのような姿を横目で見ながら噴水前のベンチに座る。男女で仲良く話している傭兵を見ていて1ヶ月程前のことを思い出す。

 1ヶ月程前、新しい防具として魔法効率の上がる服を買った。これを着て南街にあるギルド出張所へ行き討伐依頼を受けること数回。出張所前でクインティナに会った。


「あ、カナメくん、久し振り。その服新しいね。」

「はい。最近ここの裏にあるお店で買ったんです。」

「ここの裏にお店なんかあったっけ?」

「一応ギルドと提携しているお店でしたよ。」

「提携してるお店?あぁ、『赤髭部防具店』ね。あんな所で買ったの?」

「はい。ギルドから紹介されまして。」

「あそこ服なんか売ってたんだ。でもその服、なんか変な感じするわね。」

「あ、分かります?なんでも、魔力効率を上げる加工が施されてるらしいんですよ。」

「へぇ~凄いじゃない。カナメくんも少しは魔法使いらしくなったってことね。」

「いや〜これでやっと魔法使いらしく見てもらえますかねぇ。ちなみにこれ、防具としても優秀で、防刃性もあるらしいですよ。」

「うんうん。魔法使いらしく⋯⋯。え?防刃性?」

「はい。防刃性です。」

「え?硬くない?」

「たしかに見た目よりは硬いですけど、村で狩りの時に使っていた革の服より柔らかいですよ。」

「ちょっと触らせて?」

「どうぞ。」

「――硬っ!いやいやいや、硬すぎでしょ。なんでこれで普通に動けるの?やっぱり魔法使いらしくないよ。変。」

「そ、そんな⋯⋯。」


 まさかあんなに否定されることになるとは思わなかった。もっと褒めてもらえると思ったのに。思わぬ落とし穴があった。でも、あの服を買ったことに後悔はしていない。自分のスタイルには合っていると思うからだ。とはいえ、やはりショックなものはショックだ。


「はぁ〜⋯⋯。」


 思わずため息が出てしまった。


「はぁ〜⋯⋯。」


 同じタイミングで背後から大きなため息が聞こえてきた。珍しいこともあるものだと思い後ろを見る。そこには見覚えのある後ろ姿があった。青緑色の短髪、エイミィだ。何かあったのだろうか。少し話を聞いてみよう。

 エイミィのいるベンチの前まで歩いていく。エイミィは俯いたまま動かない。全く気がついていないようだ。


「おはようエイミィ。久し振りだな。横、座っていいか?

「え?あ、おはようございます。誰もいないので大丈夫ですよ。」

「どうした、ため息なんかついて。」

「ため息なんかついてましたか?特に何も無いですよ。」


 いや、嘘だろこれは。明らかに元気が無いじゃないか。


「何も無いにしては元気が無いじゃないか。らしくないぞ。」

「そうですか?ダメですね、やっぱり。」

「どうしたんだよ。」

「いえ、何をやっても上手くいかないなと思いまして。武器の訓練も上手くいかないですし、仕事でも皆の足を引っ張っちゃいますし、何やってるんだろうなと。」


 なるほど。何をやっても上手くいかず自信を著しく喪失しているというわけか。


「何言ってんだ。傭兵になって1ヶ月やそこらで何ができるっていうんだ。何もできないのは当たり前だろ?」

「そうなんですけど、皆が頑張っている時に何もしないのは嫌なので、私も頑張ろうとするんですがいつも空回りしちゃうんです。そのせいで狩りや討伐の仕事が達成できないことが続いちゃって。今はもう出張所に行くのも怖いです。」

「メンバーに恵まれてないだけだろ。スコットを見てみろ。あいつは全く役に立たないのに仕事は達成できているんだ。」

「でも、スコットさんは戦う必要の無い仕事はこなせるんですよね。私はそれもダメで。皆に怒られてばかりなんです。」


 これは重症だ。たぶん今は何を言っても響かない。全てマイナスの思考に持っていかれる。


「そういうことか。それならいっそ離れてしまえばいいんじゃないか?とりあえず休んで遊べばいい。」

「遊ぶって言ってもやることなんか無いですよ。それに、今はあんまりお金がないです。」

「そうか。それなら街の外に行って散歩するだけでもいいんじゃないか?気分が沈んでる時は走るだけでも気持ちが楽になるぞ。」

「でも、街の中を走るのは恥ずかしいです。」

「何言ってるんだ。俺は今街の中を走ってきたばかりだぞ。」

「え?そうだったんですか?ごめんなさい。」

「いやいや、怒ってないから。」

「そうですよね。ごめんなさい。」

「あ~もう、そういうのよせって。よしわかった!エイミィ、この後予定あるか?」

「いえ、特に無いです。」

「じゃあ、街の外に行くぞ。気分転換だ。1時間後に東門集合だ。念のため武装してこいよ。」

「え?これからですか?」

「そうだ。じゃあ、待ってるからな。」


 驚いているエイミィの返事を聞く前にその場を離れる。我ながら強引だとは思うが、強引にでも連れ出さないとこのまま心が折れてしまうような気がした。

 宿屋に戻ると早速着替える。東門側にはあまり魔物は出ない。脅威となるもののほとんどが獣だ。だから、そんなにしっかりとした武装をする必要は無い。最近買った藍色の服は着ないで、普通の服の上に革の胸当てを装着した。

 時間より少し早く東門に到着。エイミィを待っていると革の胸当てを着けて剣を腰に下げて歩いてくるエイミィが見えた。歩き方がぎこちない。研修の時に見た時より剣の扱いが悪くなっている気がする。それにあの胸当てはなんだ。傷だらけではないか。


「お待たせしました。」

「いや、大丈夫。そんなに待ってないから。いろいろと聞きたい事はあるけど、とりあえず川に行くぞ。」

「川ですか?」

「そう、川だ。下流の方だと下水が混ざって汚いけど、上流の方に行けばわりとキレイだからな。釣りでもしよう。」

「はぁ⋯⋯?」


 なぜ釣りをとでも言いたげな顔をしているエイミィを連れて東門を出て川沿いに上流の方角へ進むことにした。

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