お食事
花橋近くの定食屋。昼食と夕食の間くらいの時間だというのに、多くの人で賑わっている。肉の焼ける匂いが通りにまで漂い、道行く人を惹きつける。
そんな店の一角に、革鎧を着けた薄汚れた服の男と薄汚れたローブを着た女がいた。カナメとクインティナだ。2人は互いに顔を赤らめ笑いあっていた。手にはエールの入ったジョッキを持っている。
「やだカナメくん、昔そんなことやってたの?可愛すぎるでしょ!」
「いや、あれは男なら誰でも通る道なんだって!長い棒を見たらついやっちゃうんだって!」
「だからってわざわざ魔法使ってやる事ではないわよ!」
クインティナは過去のカナメの行動を聞いて腹が捩れそうなほど笑っている。
彼女が笑っているのはカナメの黒歴史の1つである槍の練習の話だ。以前、森の狩人のメンバーからカナメが槍も使っていたことを聞いていたので、真偽を確かめるために訊いてみたのだ。そしたら想像以上におかしな話が出てきて笑わずにはいられなくなったのだ。
「クインさんだって知られたくない恥ずかしい記憶があるんじゃないですか?」
「私?私は無いわよ。昔から品行方正な優等生だったんだから。」
クインティナは自慢げに胸を張っている。
「その品行方正で優秀な方が傭兵なんかをしている理由が凄く気になるんですが。」
「あーそれね。傭兵になるのは親にも反対されたわ。でも、私の魔法がこの世界でどれだけ通用するのか知りたかったの。」
「それだけなら傭兵じゃなくて兵士だったり学者だったりすれば良かったんじゃないの?」
「そうなんだけど、そっちじゃ面白味が無いっていうか、自由が無いじゃない。だから傭兵なの!」
「へぇ~。」
分かったような分かんないような。なんとなくフワッとした理由だ。
「そういうカナメくんはどうなの?なんで傭兵になったの?なんか目的のために頑張ってるみたいだけど。」
「そうですねぇ。俺は魔法の師匠を探すためですね。行方不明になっちゃったんですよ。で、働きながら各地を探すのなら傭兵が一番便利だなと思って。」
「うわ。思ったより重たい理由が来たわね。ちなみに、その師匠ってどんな人?」
「う~ん。まぁクインさんなら言っても大丈夫か?」
「なに?何かまずい人なの?」
「いや、全然いい人なんだけなんだけど、巻き込まれたかもしれない事件がやばそうで。いや、クインさんを巻き込むのは申し訳ないからやっぱやめときます。」
「え?そんなこと言われると気になる。教えて教えて。」
「う~ん。じゃあ覚悟してくださいね。師匠は9等級の傭兵です。名前はカミュ。銀騎士の2つ名を持っています。」
「え?は?はぁあ!?カナメくんの師匠って⋯⋯!えぇぇぇ!?」
「クインさん、周りに聞こえます。静かにしてください。」
カナメに言われてクインティナが周囲を見回すと、店内の客のほとんどがクインティナを見ていた。恥ずかしくて思わず縮こまってしまった。
「え?カナメくんの師匠って、あの銀騎士のカミュなの?」
クインティナは努めて小さな声で確認した。
「はい。と言っても2週間だけですけど。昔、村が盗賊に襲われた時にカミュさんが助けてくれたんです。その時にしばらく滞在していたので魔法を教えてもらったんです。」
「なるほど。カナメくんが魔法使いらしくない理由が分かったよ。そりゃ魔法剣士に教わればこうなるか。ん?てことはカナメくんも?」
「いえ、俺は剣はあまり得意じゃないから魔法剣士ではないです。」
「でも、ゴブリンリーダーの剣を受け流したって⋯⋯。」
森の狩人の皆さん、口が軽すぎませんか!?
「あ、あれは咄嗟のことだったので⋯⋯。」
苦笑いを浮かべるとクインティナは明らかに疑いの目を向けてきていた。
「おう!なんか騒がしいと思ったらカナメとクインじゃねぇか!」
この疑いの目をどうやってかわすか考えていたところ、情報漏洩の容疑者であるケントがエールを持ってテーブルの横に立っていた。若干酒臭い。実はずいぶん前からいたな?
「ケント。お前、クインさんに俺のこと話したりしてないよな?」
「え?話しちゃまずい事なんかあったのか?」
「ゴブリンリーダーの剣を受け流した件と槍の件。知られたくないから森の狩人の皆さんには口外しないように言っていたんだよねぇ。」
「え?うわマジか。いろんなところで話しちまった。」
「ケント、お前というやつは⋯⋯。」
「ま、いいじゃねぇか!お前の強さを知ってもらえればさ!」
ケントは己のミスを豪快に笑い飛ばそうとしている。なんて奴だ。
「ケントくん。カナメくんが心配してるのは、他の魔法使いからの嫌がらせだよ。動ける魔法使いは私みたいなタイプの魔法使いから嫌がらせを受け易いの。それも武術が使えるとなると尚更ね。」
「そ、そうなの?そんなもんなの?ごめんカナメ。知らなかった。」
「もういいよ。言っちゃったものは。まだケントしか話していないだろうからすぐに忘れられるだろうし。あと、武術は使えません。」
机に頭を付けてうなだれながら、投げやり気味に言う。クインティナにも釘を刺しておく。
「はいはい。そういうことにしておくわ。」
納得はしていないけど意図は理解してくれた。やはりケントと違って察しがいい。
「ごめんってカナメ。うぅ⋯⋯そういえばクイン、新しいパーティー決まったのか!?」
いたたまれなくなったケントが無理矢理クインティナへ話を振った。
「え?私?」
「そうそう。前のパーティー辞めてから1人じゃん。どうなのかなと思ってさ。」
「そういえば、今朝の自己紹介の時に『最近ソロになった』って言ってたね。なんで?」
「え?理由なんてそんな⋯⋯。」
「クインが魔法を馬鹿にされて怒って辞めた。」
「あ!なんで言っちゃうのよ!」
「あぁ~。なんかクインさんらしいかも。自分の魔法がどれだけ通用するか知りたいって言ってたくらいだもんね。」
「やめてよも~。あいつら、私の魔法が地味だとか遅いとか弱いっていうから、頭にきて辞めちゃったんだ。」
「それは辞めて正解だと思いますよ。だってクインさんの魔法、凄かったじゃないですか。俺の魔法より一撃の威力は高かったですよ。」
「カナメくんだけだよ分かってくれるのは~。」
「お前らいつからそんなに仲良くなったの?」
「ん?さっき。」
「そう、さっき。そもそも今朝初めて会ったのよ。」
「まじかよ。魔法使い同士ってこんなに話が合うものなのか。俺なんか最初は口もきいてもらえなかったのに。」
「まぁお互いの魔法について興味津々だからね!今日のカナメくんの魔法は凄かったんだから!」
「クインさん。それは言っちゃいけない約束です。」
「あ、そうだった。ケントくん。今の忘れて。」
「え?何?めちゃくちゃ気になるんだけど!」
「秘密。」
「秘密よ。」
「もういい!他の人に聞く!」
「他の人は見てないから説明できないよ。」
「見たのは私だけでーす。」
「お前ら⋯⋯!」
悔しがるケントをよそに目の前の串焼き肉を頬張る。動いた後の体に串焼きの塩味が染み渡る。
クインティナもエールを飲んで満足げだ。
「はぁ。お前ら、もういっそパーティー組んだらどうだ?」
「ん!ケントくん名案!ナイス!カナメくん、一緒にパーティー組まない!?」
ケントの何気ない一言によりクインティナの目が輝きを増した。身を乗り出して提案してきた。
「ん~パーティーかぁ。」
パーティーねぇ。たしかにクインティナの傭兵になった理由を聞くと各地を転々とするのは問題無さそうだ。でも、致命的な弱点があるんだよなぁ。それをどうにかしてもらいたい。
「保留で。」
「え!?なんで!?」
「理由は2つ。1つは2人のパーティーだと前衛がいないから危険。もう1つはクインさんがあまり動けないこと。敵に近づかれたら終わりという状態がまずい。だから、せめて前衛が必要。」
「なるほど。お前の言うことはもっともだな。でも保留ということは、ダメじゃないんだろ?」
「そうだね。」
「分かった!じゃあ私も明日から動けるようなる!」
「俺から言っておいてなんだけど、他を探そうとは思わないんだ。」
「当たり前よ!ちゃんと魔法の話ができる人とじゃないと組みたくないの!」
「だそうだ。前のパーティーのことが余程腹に据えかねてるんだろうな。」
「ま、いいんじゃない?地味だってことが気になってるなら派手さを求めて努力するだろうし。」
その後3人は辺りが暗くなるまで飲んで騒いだ。楽しい気分のまま解散。宿屋に帰ると革鎧を脱ぎ捨ててベッドへ飛び込んだ。布団の柔らかさと、その布団から漂う石鹸と天日干しの匂いが気持ちよく、そのまま眠ってしまった。
しかしその翌日、カナメは自分の服が汚いままであることに気が付き激しく後悔したのであった。
カナメくん、お酒のせいで一人称と話し方がおかしくなってます。
クインティナはカミュ行方不明の理由について聞きたかったのに、ケントが乱入したせいで聞きそびれました。
中世ヨーロッパでは子供の頃から度数の低いお酒を飲んでます。水が信用できないのでお酒を飲んでいたんです。とはいえ、さすがに12歳くらいまでは飲んでいなかったっぽいです。それを考えると、彼らがお酒を飲むのはごくごく普通のことなんです。




