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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
プロローグ
3/67

村の状況

 村の中を見て回ると、焼けた家はほとんどないことが分かった。焼かれたのは詰所と物見櫓、そしてその周辺の家だけだったようだ。村人は村の高台にある教会に避難し、教会を非番の兵士と傭兵で守っていたようだ。しかし教会の敷地前には盗賊が数人倒れていた。傭兵も重傷を負っている。この場の兵士に死者は出ていないが全員が負傷者していた。激しい戦闘があったのだろう。

 カナメは警戒態勢を解いて座り込んでいる兵士たちの横を通り教会へ向かった。教会からは神父が出てきて周囲の状況を確認していた。


「神父様!」


 カナメは声をかけた。壮年の神父はその声でカナメの存在に気がついた。


「おぉ!カナメくんか!よく無事だった!盗賊はどうなった!?」

「危ないところをカミュさんという傭兵に助けてもらいました。そしてそのカミュさんが盗賊団の頭目を捕まえました。他の盗賊も逃げたようです。だからもう安全です。」

「そうか。もう盗賊はいないんだな。カナメくんも無事で良かった。村人の中には逃げ遅れて殺された者もいるだろう。ここにいない者も大勢いるからな。」

「そういえば、村の入り口付近でアンさんを保護しました。怪我もなく無事です。あと、父さんが盗賊の頭目にやられて怪我をしてます。」

「なんと!ハヤテ殿が怪我を!?」

「はい。足に矢を射られて、まだ抜いてません。抜けないそうです。」

「そうか。命に別条はないんだね。でも私はここの怪我人を見ていないといけないから離れられないんだ。だから後でハヤテ殿を連れてきてくれないか。できる限りの治療をしよう。」

「分かりました。急いで連れてきます!」


 このような辺境にある教会は宗教的な役割の他にも学校や診療所としての機能も有している。そのため、これから教会には負傷者が担ぎ込まれてるのだろう。しかしそれでも神父に治療をしてもらえるという話をもらえたので、急いで父の元へ戻った。しかし当の父はカナメの心配をよそにカミュと談笑していた。


「おぉ、カナメ戻ったか。どうだった、村の様子は。」

「村の人たちは教会に避難していたみたい。でも、教会を守った傭兵の人がひどい怪我をしてた。それと、焼かれた家は詰所の近くだけ。他の家は焼かれてはいないけど、玄関のドアが壊されてる家が多かった。もしかしたらその中に殺された人がいるかもしれない。神父さんも教会に来ていない人がいるって言ってたし。」

「なるほど。よく分かった。ありがとな。」


 父はそう言って頭を撫でてきた。


「うお!やめろよ!」

「ハッハッハ!いいじゃねぇか!生きてるからこそできるんだからよ!」


 今しがた死を覚悟したこともあり否定することができず、不本意ながら頭をグシャグシャにされた。


「きみがカナメくんか。大きくなった。そして頼もしそうだ。」


 カミュが懐かしいものを見るような目で話しかけてきた。だが会った記憶は無い。こんな騎士然とした人なら憶えていそうなものだ。


「あ、カミュさん。先程は危ないところを助けていただきありがとうございました。以前お会いしたことがありましたか?」


 心当たりがないので直接聞いてみることにした。


「ん?あぁ、昔ね。産まれたばかりの頃に。その頃はハヤテとも一緒に仕事をしていたからね。」


 なるほど。赤子の頃か。それならたしかに一方的に知られていることに納得がいく。それにしても、父と一緒に仕事をしていたとは。元パーティーメンバーといったところか。


「父さんと一緒に仕事をしていたんですね。パーティーを組んでいたんですか?」

「そうだね。ハヤテは剣だけでどんな敵もなぎ倒していたよ。戦争でも1人で敵の小隊を潰走させていたな。まさに怪物だ。」

「あれは100人隊のうち20人くらいを動けなくしたら逃げていっただけだ。森の中だったからなんとかなったんだ。しょんべんしてたら襲ってきやがって。おかげでズボンが濡れちまったんだよな。」


 初めて父の現役時代の話を聞いた。その状況はなんなんだとは思うが、たしかに化け物じみた強さなのは分かる。


「だが、それによって敵の奇襲を防ぐことができた。そこでついた異名が『100人斬りのハヤテ』だからな。」


 カミュがニヤニヤしながら父の異名を話す。


「100人も切ってねぇよ。殺したのは精々10人くらいじゃないか?まったく、兵の士気を上げるためにいいように利用されただけだ。だからあの異名は嫌いだ。」


 父は心底嫌そうにしている。


「でも、用を足しているときに襲われて返り討ちにできるのは化け物じみてるぞ。」

「うるせぇ。人間死ぬ気になりゃどうにかなるんだよ。」


 とても怪我人とは思えないほど元気な父だが、さすがに心配なので教会に行くことを提案する。


「父さん。元気そうだけども、とりあえず教会に行こう。神父さんが治療してくれるって。」

「ん?あぁ、そうだな。じゃあ行くか。⋯⋯そいつも連れて行くか?」


 父は倒れている男を指差してカミュに確認した。盗賊の頭目、バルドである。こいつは今回の事件の主犯だ。住民感情としては治療などしたくない。


「いや、いい。こいつを今の状態の教会に連れて行ったらどうなるか分からん。うちのパーティーメンバーにやらせるよ。とはいっても、戦場方式だから拷問に近いやり方になるかもしれないが。」


 カミュの言う戦場方式とはどんなものなのか。非常に気になるところだが聞かないほうがいいかもしれない。

 とりあえず移動するために父を立ち上がらせ肩を貸した。


「それもそうだな。じゃああとは任せたぞ。それと後でちゃんと説明しろよ。なんでこんな所にいるのかをな。」

「分かった分かった。治療が終わったらお前の家にでも行って説明するさ。さっさと行って治療してもらってこい。」


 カミュが面倒臭そうに手をヒラヒラさせているので遠慮無く教会へと向う。

 教会に着くと先程重傷を負っていた傭兵が仰向けに寝かされ顔に布がかかっていた。傷が深く助からなかったのだ。傭兵の人と話すことはほとんどなかったが、それでも村の一員だ。やはり辛いものがある。

 やるせない思いを感じつつ教会の中に入ると中では修道女が怪我人の治療に奔走していた。教会内のベンチには怪我人が横たわっている。怪我人を励ます声や薬品を運ぶ音が聞こえる。血と薬品の混ざった異様な臭いもする。すすり泣くような声が聞こえ、その声の方を見ると、床で寝かされ顔に布がかけられている人がいた。今回の事件で一体何人の人が死んだのだろうか。


「ハヤテ殿、お待ちしておりました。」


 教会の入り口付近で中の様子を窺っていると神父に声をかけられた。


「おう。ダンテスさん、忙しいのに悪いね。」


 父はまるでちょっと遊びに来たかのような軽い口調で挨拶をしている。


「いえいえ、怪我人の治療をするのも我々の務めですので。さて、足の矢が抜けないと伺いましたが、どんな状態ですか。」


 ダンテス神父は父を椅子に座らせ矢を見る。


「なんでも、鏃に返しがついているらしくてな。無理に抜こうとするとかえって悪化させちまうみたいなんだ。戦争屋なら絶対に使わないから、こんなのを食らったのは初めてだ。」

「それはまた厄介な。となると、傷口を切り開いて摘出するか、貫通させるしかないですね。」

「あぁ〜⋯やっぱりそうなるか。」


 父は片手で目を覆い天を仰いだ。


「ああ〜⋯まぁ仕方ない。腹を括るか。」


 言うな否や、手に持っていた剣を鞘から抜き矢羽根を切り払った。


「ぐっ⋯!っつぅぅぅ~⋯。ふぅ⋯。さて、ダンテスさん、ズボンを切ってくれないか。」

「分かった。矢の上の辺りから切るぞ。」

「あぁ、それでいい。」


 ダンテス神父は鋏を持ってきてズボンを切り落とした。


「よし、それじゃいくぞ!せぇい!」


 教会内に父の声が響き渡る。修道女や村人が何事かとこちらを見る。

 矢の棒の部分を自身の両手で持ち力の限り押し込む。父の顔が歪み顔に玉のような汗が噴き出る。


「ぐぅぅううー!!」


 歯を食いしばり痛みを堪え、強引に矢を押し込む。

 並大抵の覚悟ではこのようなことはできない。カナメは目の前で行われている直視に堪えない光景から目を背けたくなる。しかし、父の迫力に圧されその場から離れられず、目を離すこともできなかった。

 しばらくすると、鏃が貫通してきた。


「よし!じゃあ抜くぞ!」


 ダンテス神父が抜けてきた矢を引き抜く。それと同時に何やら液体を振りかけた。


「ぐあぁ!痛ぇ!なんだそれ!ポーションじゃねぇのかよ!」


 父が足を押さえながら激痛にもがいている。だが不思議なことに血は止まっている。


「ポーションだぞ。その証拠に見ろ、傷が塞がってるだろ。」

「ぐ⋯⋯。本当だ。ということは、それ、使用期限切れじゃないのか?普通こんな痛くないぞ。」

「ん?あぁ、倉庫の奥にあったからな。古いものかもしれんな。安心しろ。他の患者には使ってない。」

「当たり前だ!こんなの使ったら問題になるぞ!ったく、どんな管理してんだよ。」


 父は額の汗を拭いながらダンテス神父に文句を言ったあと、立ち上がって歩き出そうとした。しかし一歩踏み出したところでよろめき、ベンチの背もたれに手をついた。


「ハヤテ殿。いくら傷が治っても体力までは回復しない。先程の治療時の疲労もあるから、もうしばらくここで休んでいくといい。」

「ああ、済まない。そうさせてもらうとするよ。⋯くそ。昔はこんなことなかったのに。使用期限切れポーションのせいじゃないのか?」

「ハヤテ殿も歳を取って昔のようにいかなくなっただけだ。低級だから傷が塞がった程度だしな。それと、ポーションは使用期限が切れてもそんな症状は出ない。さ、カナメくんも少し休んでいきなさい。」


 ダンテス神父に促され、父の横に座った。しかし、未だに興奮状態なのか休める気がしなかった。そして今更になり、父を失っていたかもしれないということを実感し怖くなり父に抱き着いた。父は少し驚いたようだったが、何も言わず優しく背中を叩いてくれた。その手の暖かさに安心して、カナメは眠りに落ちてしまった。

ポーションは貴重品なので教会にも殆どありません。人口が少ないのでごく少数です。

そのため、今回の怪我人の殆どはポーションを使用しない一般的な治療法です。重傷者だけポーションを使用しています。ただ、それでも回復できずに亡くなった人がいるという状態です。

ポーションにはランクがあります。低級、中級、上級です。ここにあるのは低級だけです。

なお、使用期限の切れたポーションは徐々に水へと変化し、最終的には腐ります。使用期限が切れた直後は激痛を伴うものの回復はできます。しばらく経つとただの水なので痛いだけです。

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