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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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狼戦後

 カナメはクインティナの肩を借りながら、ふらつく足でパーティーメンバーの安否を確認しに行く。

 最初に目に入ったのはロルフだ。ロルフの近くに行くと鉄のような臭いがした。腹部からの出血が激しい。とりあえず応急処置を施す。服を捲ると腹部には深々と裂傷が刻み込まれている。鼓動の度に血が溢れてきている。布を当てて止血を試みるが、果たしていつまでもたせることができるか。

 次にピーターを探そうとしたところ、自らこちらへ歩いてきた。腕の裂傷は自分で応急処置をしたそうだ。足も引き摺っているが問題ないそうだ。

 オルセンは生きていたが気を失っている。なぜか擦り傷程度の怪我で骨折もしていない。リーダー個体にあれだけ激しく弾き飛ばされたのに、どういう体の構造してるんだ。

 オルセンの容態を確認していると、ピーターが茂みの中から拾ってきた小袋を漁っていた。


「何をしているんですか?」

「いや、戦ってる最中にこの袋を落としていてね。この中に治療道具が⋯⋯あったあった。」


 そう言って取り出したのは2本の小さな瓶。中には水色の液体が入っている。


「ピーターさん、それは?」

「携帯用のポーションさ。万が一のために持ってきていたんだ。割れてなくて良かった。」

「ポーションですか!?あの高くて買えないポーションですか!?」

「あ、あぁ、そうだよ。僕は心配性でね。こういうこともあろうかと思っていつも持っているんだ。でも、今はあまり話してる時間は無い。急ごう。」


 ピーターは痛む足を引き摺りながらロルフのもとに急いだ。

 ロルフは先程より呼吸が弱くなっていた。素人目に見ても危険な状態だ。ピーターはそのロルフに施してある応急処置を取り除き、2本のポーションを振りかけた。すると、腹部の傷は内側から肉が盛り上がりみるみる塞がっていく。ただ、傷口は粗方塞がったものの治りきってはいない。再生した傷口の皮は突っ張っており、擦り傷のような傷が残っている。


「やっぱりこれだと2本でも足りなかったか。でも、ギリギリ間に合った。これなら大丈夫だろ。」

「良かった。ピーターさん、ありがとうございます。」

「気にするな。パーティーメンバーである以上、共に帰還するのが最善なんだから。それに、ポーション代はロルフに請求するしな。」


 そういうことか。それなら惜しげも無く使うよな。命を救われたんだからロルフだって渋れないだろう。


「ちなみに、そのポーションっておいくらなんですか?」

「このサイズで1本1,000,000ルク。なに、俺も鬼じゃない。一括で貰うつもりはないよ。」


 1,000,000ルク!なるほど。それなら森の狩人がニコラスの治療のために買えなかったのも分かる。精力的に討伐依頼ばかり受けていればそれくらいの金額は余裕で稼げるが、討伐依頼を受けると装備品の手入れや買い替えが必要になるし、怪我をして休む必要も出る。だから2等級のうちは収支が少し黒字になるくらいしか稼げない。とても1,000,000ルクも貯める余裕は無い。


「ポーションってそんなに高いんですか!?」

「そりゃまぁ、怪我を一瞬で治す薬だからね。安かったら医者なんか要らなくなっちゃう。」

「いや、それはそうですけど。ピーターさんはなんでそんな高いものを2本も持っているんですか?」

「言ったろ?心配性なんだって。ポーションを買うために節約してるし、多くの傭兵が宿屋住まいなのに対して俺はアパート暮らしだ。宿屋より不便だけど、圧倒的に安い。1等級の頃からそうやって貯めて買い揃えてるんだ。」


 凄いとしか言いようがない。言っていることは分かるけど、便利な生活に慣れてしまったらその生活ができる気がしない。真似できそうにない。


「まぁそうやって揃えたポーションもこの2本しかなかったから、自分の怪我は治せないんだけどな。ま、仕方ないさ。ところで、あのリーダー個体はどうやって倒したんだ?たぶんあれ、ファングウルフの上位種のアイアンウルフだぞ。」

「えぇ!?」

「うそでしょ!?」


 今まで横で黙って聞いていたクインティナさんまで声を上げて驚いた。それはそうだ。ずっと()()()()()()()()()()()()としか思っていなかったのだから。


「知らなかったのか。まぁ見た目は大きさ以外殆ど同じだしな。とはいえ、その大きさがだいぶ違うけどな。アイアンウルフは仲間が全滅するとああやって咆哮で威嚇して相手の動きを止めることがあるんだ。まさか自分が遭遇することになるとは思わなかったけたどな。」

「そうだったんですね。吠えた後に動きも速くなって魔法が当たらなかったですよ。」

「たしかに動きも速くなるってのは聞いたことあるな。でも、その速いアイアンウルフに魔法を当てたんだろ?」


 ピーターは倒れているアイアンウルフに目を向ける。その腹部には木の杭が刺さっている。


「あれは僕が水の魔法で気絶させた後にクインさんに止めを刺してもらったんです。」

「えぇ。無抵抗の相手のお腹に杭を刺すのは本当に辛かったわ。」

「ごめんなさい。直前で動けなくなってしまいまして。」

「なるほどな。なんとなく状況は察したけど、詳しく聞かせてもらっていいかな?」


 その後、ピーターが弾き飛ばされた後の状況を説明した。オルセンのことや魔法が通用しなかったことに関しては予想通りという感じで聞いていたが、カナメの使った『白煙』の魔法の話を聞いた途端表情が一変した。


「ちょっと待てカナメ。その魔法、どれだけ危険なものか分かっているか?」

「はい。あんなものを使ったら周囲の味方を巻き込んで大惨事になります。」

「それもそうだが、そもそも俺たちは傭兵だ。戦争が起こればそこに召集される。その時、そんな魔法を使えるということが指揮官に知られてみろ。間違いなく最前線へ送り込まれるぞ。」


 この魔法の効果を知った時、その可能性については感じていた。周囲への広範囲無差別攻撃。これが活用できる唯一の場所は戦場だ。強いて言うなら今回のように味方が壊滅している時が追加されるくらいか。


「やはり、そう思いますよね。戦争に興味は無いのですが。」

「それなら、このことは誰にも言うな。今回はカナメが足止めしてクインティナが杭を刺したということにするんだ。」

「はい。まぁ実際、そんなようなものですし。」

「何がそんなようなものよ。殆どカナメくんの魔法で終わっていたじゃないの。」

「いや、あれだと死にはしないから誰かが止めを刺さないといけなくなるわけで。しかもあれ、魔力消費激しいんですよ?正直、さっきから気持ち悪いんですから。」

「え!?それを早く言ってよ!魔力切れ寸前じゃないの!そこに座って休んでなさい!」


 クインティナの肩から降ろされ狼の死体が無い木の下に座らされた。なんとなく名残惜しかったが迷惑もかけられないので少し休ませてもらうことにした。

 カナメを座らせた後、ピーターとクインティナの2人は討伐証明部位である牙を回収し始めた。だが、アイアンウルフの牙を折るのに苦戦している。太く硬いのだろう。攻撃を受ける前に倒せたのであの牙と爪の脅威は分からなかったが、身を持って脅威を知ることになっていたら命は無かったと思う。

 しばらくすると、全ての牙を回収し終えた2人がカナメのもとに来た。


「討伐証明は回収できた。後は帰るだけなんだが、今の状態であの2人を担いで帰るのは厳しい。まともに動けるのがクインティナだけだからな。オルセンが起きるまでここで休憩するしかないな。他の魔物が来ないことを祈ろう。」

「そうですね。ところで、たしかファングウルフの毛皮って売れるんですよね?どうします?」

「どうするもなにも、持って帰れないからな。せめてアイアンウルフくらいは持って帰りたいが。」

「それなんですけど、僕たちが戦い終わってからだいぶ経ちますよね。そろそろ誰か来ると思うんですよ。アイアンウルフがあれだけ大きな声で吠えたわけですから。」

「だといいがな。あの声を聞いて逃げる奴の方が多いと思うぞ。」

「そうか……。それは残念ですね。誰か来てくれたら手伝ってもらおうと思っていたのに。」


 そこから30分程休憩した。カナメもようやく普通に歩ける程度に体力が回復したため、アイアンウルフの死体の傍へ行く。毛皮に触るとやはり硬い。これでは多少の刃物は通用しそうにない。爪も触ってみると硬い。さすがに刃物のような鋭さはないが、これで殴られたら肉が抉られそうだ。この毛皮も、この爪も、持って帰れないのは残念だ。

 そんなことを思っていると、オルセンが意識を取り戻した。


「お前ら、今、どうなっている?」

「オルセン!気が付いたか。ファングウルフの群れは全滅させたぞ。」

「ピーター。何を言っているのかよく聞こえん。もう少し大きな声で話してくれ。」

「なっ!まさか耳をやられたのか。」

「だから、もっと大きな声で話せと言ってるんだ。あ~……まだ少し眩暈がする。」

「オルセン!お前は耳をやられて音が聞こえにくくなっている!眩暈もその影響だ!」

「ん?……なるほど。そういうことか。よく聞こえんが、言いたいことは分かった。これではパティ―リーダーは務まらんな。ピーター、代わりに頼む。」


 いや、もうずいぶん前からピーターがリーダーみたいになっていたが?


「言われなくても最初からピーターがリーダーみたいなものだったじゃない。」


 クインティナも同じことを思っていたようだ。オルセンが聞こえないことをいいことに普通の音量で言っている。


「わかった。じゃあ今から俺が臨時のリーダーだ。2人とも、ロルフを担いで街へ帰るぞ。」

「分かりました。そういえば、最初に言っていたファングウルフにやられた傭兵の件、あれはどうしますか?」

「気にはなる。もし生きていたら助けてやりたい。だが、我々も満身創痍だ。もしも別の魔物に遭遇したら危険だ。早々に街へ帰還しギルドに報告しよう。そうすれば傭兵の捜索もしてくれる。今はそれに懸けよう。」


 こうして、カナメはロルフを背負い、一行はその場を離れた。

倒したファングウルフやアイアンウルフの死体は、後日他の傭兵が回収に来ます。そういう依頼がギルド側から出ます。戦闘を想定していないのと、それなりの人数を要するので報酬額は低く設定されています。

死体が無事回収されたら討伐を実行した傭兵、今回で言うとカナメたちに若干の追加報酬が出ます。死体回収を別の傭兵に依頼してしまっている分、取り分が減っているというわけです。

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