狼退治
森に入ってしばらくは静かだった。普段はゴブリンの一匹や匹頭は出てくるのに、全く見当たらない。静かすぎる。
「おい、オルセン。森が静かすぎる。何かおかしい。どうする?」
ロルフが異変を感じ取ってリーダーであるオルセンに確認する。
「気にしすぎだ。むしろゴブリンに遭遇しない分、消耗しなくて済む。好都合だ。」
オルセンはゴブリンが出ず楽なせいか若干機嫌がいいように見える。
「それならいいんだがな。念のため警戒はしておけよ。」
ロルフが再び前へ進み始める。
2人のやりとりを見て不安を覚えピーターを見ると、同じことを感じていたようでため息をついていた。不安に思うくらいなら指摘すればいいものを。まぁ言ったところで聞かないだろうけど。
「そういえばクインティナさん。戦闘に入る前に確認しておきたいんですが、木の魔法ってなんですか?」
嫌な予感がするので自分でも味方の戦力確認をする。歩きながらクインティナに話しかけた。
「え?なによ突然。」
「いえ、同じ後衛なので戦法の共有をしておきたくて。」
「たしかにそうね。木の魔法っていうのは木材を生み出す魔法よ。魔法は生物や植物は作り出せない。でも、元は植物でも加工されたものはその制約から外れるの。だから、正しくは木材の魔法ね。」
「なるほど。そういうことでしたか。ということは魔法で塀や杭を作るのが主戦法ですか。」
「だいたい合ってるわ。水の魔法は使えるようになったのはいいけど、使い道が無くて困ってるわ。」
「それは同感です。街の清掃作業でしか使えないから悲しいです。」
「やっぱりそうなのね。でも、水の魔法も熟練すれば凄いのよ。歴史上の偉大な魔法使いの中には水の魔法の達人がいて、なんでも斬り裂いていたらしいわよ。」
「なんですかそれ。凄いですけどめちゃくちゃ怪しいじゃないですか。」
「そう思うわよね。でも、何でもというわけではないけど、水の魔法で物を切ることはできるみたいよ。」
「そうなんですね。ってクインティナさん、魔法詳しいですね。」
「クインでいいわ。魔法については故郷の町の神父さんに色々教えて貰ったの。」
「クイン⋯⋯さんってここの出身じゃないんですね。」
「えぇ。とは言ってもここから半日くらいの町だけどね。そういうカナメくんはどうなのよ。さっきの話で田舎出身なのは分かったけど。」
「僕の故郷はここから2日くらいの村です。辺境村らしいです。魔法は師匠から2週間くらい手解きされて、後はほぼ独学です。たまにくる師匠の手紙をもとに訓練してました。」
「はぁ!?本気で言ってんの!?2週間じゃ何もできないじゃないの!どおりで魔法使いらしくないわけよ。」
「まぁたしかに、魔法使いらしくないとは言われますが。あ、僕の使える魔法はピーターさんから聞いてますか?」
「えぇ、聞いてるわ。よく独学であそこまでできるようになったわね。」
「まぁ狩りで必要だったので。ちなみに、地面に手を付けて魔法を発動させれば威力と速度が増します。ってご存知ですよね。」
「いえ、初耳だわ。」
「そうなんですね。まぁもしかしたら土と石の特性なのかもしれませんね。それだとクインさんがご存じないのも頷けます。」
「そうね。でも情報ありがとう。その必要がある時は言ってね。フォローするわ。」
「ありがとうございます。」
軽く戦法の共有をしようと思っていただけだったのに、思ったより色々話せてしまった。少し嬉しい。何より水の魔法の可能性を知れたのは大きい。自分の感じていた感覚は間違っていなかったようだ。
「おい、狼の足跡だ。数が多い。群れがここを通ったみたいだ。」
ロルフの声に緊張感が宿っている。
「どっちに向かってる?」
オルセンが斧を肩に担ぎながら訊く。
「南だ。森の奥へ向かってる。それと、何か大きな獲物を引き摺ってる。血の跡がある。この大きさは⋯⋯。オルセン、帰った方が良い。こいつらはヤバい。」
「ヤバいから帰ろうと言われてもな。元々魔物は危険な存在だ。ヤバいのは百も承知だろ。」
それはそうだ。これに関してはオルセンの言うことが正しいと思える。だが、ロルフのあの焦り具合、尋常ではない。
「ロルフ。何か気がついたことがあったなら皆に伝わるように具体的に話せ。」
ピーターも異変に気がついたのだろう。ロルフの先にある血痕に目を向けて顔を強張らせている。
「ピーター、たぶん、これは人間がやられてる。生死は分からない。でもこの状況だ。絶望的だろう。そして、こんな所にいる人間なんて2等級以上の傭兵しかいないんだ。ここにいる傭兵は半分以上が2等級だ。1人は昨日まで1等級だったやつだ。危険すぎる。」
「くそっ!やはりそうか!おい、オルセン。俺も帰還した方がいいと思う。」
ロルフの推測にピーターが賛同したことで一気に緊張感が走る。クインティナは顔が青くなって震えている。
だが、オルセンだけは違った。
「そうか。それなら、やられた傭兵を助けに行かなくてはな。」
予想外の言葉が出てきた。なぜそうなる。
「オルセン!お前は今パーティーメンバーの命を預かっているんだぞ!お前の決定がこいつらの生死を分けるんだ!その重さが分からないのか!」
冷静そうなピーターがオルセンを激しい口調で諌める。しかし、オルセンは静かに言った。
「パーティーはここで解散だ。あとは好きにしろ。俺は連れて行かれた者を助けに行く。」
「馬鹿野郎!」
ピーターが悔しそうに言い捨てた。
その時、カナメの後方から物音が聞こえた。葉が擦れる音だ。後ろを見ると茂みの中にキラリと光るものが見えた。目だ。
「石棘!!」
咄嗟に魔法を放つ。その声で全員の視線がカナメへ集まる。そしてその先には石棘を避けた狼が茂みから飛び出していた。
「クインさん、危ない!」
驚きで動きが止まってしまっているクインティナに狼が襲いかかった。まずい。
「くそっ!」
手に持った杖をクインティナの眼前を通過するように思い切り振り上げた。これを狼は瞬時に察知して動きを止める。
ここでようやくピーターが来て槌で殴り掛かったが後方へ避けられてしまった。
しかし、これでようやく態勢が整う。クインティナも硬直が解けて後方へ下がる。
「助かった、カナメ。」
「ピーターさん。礼は後でいいです。まずは周囲の確認を。」
全員が臨戦態勢を取り周囲を警戒し始めたところで先程の狼が吠える。
アオォォォォーーーーーーン!!!
遠吠えだ。仲間を呼ばれた。急ぎ離脱しなくては囲まれる。
「ロルフさん!退避できそうな場所はありそうですか!?」
「分からん!だが血痕の先に行ったらまずい!逃げるなら反対側だ!」
全員の意識が後方への退避へ向かったところ、オルセンが声を発した。
「逃げるな!今逃げたら後ろから噛み殺されるぞ!まずは目の前のファングウルフを確実に殺せ!逃げるのはそれからだ!」
ファングウルフ!こいつがか。たしかに一般的な狼に比べて上顎の牙が異様に長い。そして勘も鋭い。今までの攻撃が全て避けられている。これと同様のが更に集まってくるというのか。危険だ。
「分かりました。全力で倒しましょう。」
「いや、どぶさらいは後ろで黙って見ていろ。」
「なっ!今はそんなこと言ってる場合ですか!状況を考えでください!」
オルセンが自分を嫌うのは仕方の無い事だしどうでもいい。だが、それによって任務に支障をきたしては意味が無い。
「状況を考えているからこそ言っている!今は前衛に任せて後ろに下がれ!そしてクインティナを守れ!」
意外にもオルセンの口から出たのはカナメへの信頼ともとれる発言だった。そして、どうやらオルセンの態度について、想像以上に自分でも気にしていたようだ。仕方ない、少し冷静になるためにも後ろへ下がろう。そして周囲の警戒だ。
「カナメくん、さっきはありがとう。」
「いいですよ気にしなくて。それより、さっきみたいに後ろから襲われないように警戒しましょう。」
「そうね。」
戦闘は前3人に任せて自分たちは増援の襲撃を警戒した。クインティナと背を向かい合わせる。前衛たちがファングウルフと戦っている音が聞こえる。どうやら攻撃を避けられ続けているようだ。
そうしているうちに、森の南側から多くの獣の足音や声が聞こえてきた。
「来た!南から足音が聞こえる!この音の大きさだとそう遠くない!逃げても追いつかれるぞ!」
カナメはメンバーへ伝える。この頃になってようやく最初のファングウルフを倒した3人が来て南側へ回る。
「こうなっては仕方ない!迎え撃つぞ!」
ピーターが意を決して前方へ槌を構える。
「ま、もともとこの5人でファングウルフ5頭を相手にする予定だったんだ。大して変わらないし、意外と数が少ないかもしれないよな。」
ロルフが前屈みになって手斧を構える。
「ふん。予定通りだ。」
オルセンは本気なのか冗談なのか分からないことを言っている。
やがて森の木々の間から見えてきたファングウルフは約15頭。ただ、その中に一際大きい個体がいる。あれが群れの長だろうか。
「みんな!よく聞け、あの大きな個体が群れのリーダーだ!あれを倒せば指揮系統が乱れて楽になる!魔法組はあれを叩け!」
ピーターが指示を出す。
そしてオルセンは何も言わずに狼の群れへ飛び込んでいった。
ファングウルフの体高は100cm程度。グーレトデンくらいのイメージです。




