攻防②
「カナメ!お前には無理だ!逃げろ!」
オセロットがゴブリンリーダーに向けて矢を番えながら指示をする。しかしこの場に逃げ場など無い。そうである以上、誰かが戦わねばならない。それは多少なりとも近接戦がこなせる自分しかいないとカナメは考えた。
「オセロットさん、大丈夫です。魔法使いには魔法使いなりの近接戦があるんです。今もこいつの剣を受け止められたじゃないですか。なんとかなります。」
それに、と思う。こいつはさっきから俺を見下している。ついさっき剣を受け止められたというのに、今も余裕のある態度をとっている姿に苛立ちを覚える。
正直言って、魔法使いなりの近接戦なんて分からない。だが、こんな奴に見下されたまま終わるのは嫌だ。なんとしても自分の手で沈める。
「くっ!たしかにさっきは剣を止めていたが、次はどうなるか―――危ない!!」
オセロットが全てを言い終わる前にゴブリンリーダーがカナメめがけて剣を振り下ろした。これを両手に持った杖で受け止める。普通の人間と比べて圧倒的に強い膂力を持つゴブリンリーダーの振り下ろしはオセロットからすると致命の一撃に思えた。だが、カナメは違った。剣の訓練を行っていた相手が元8等級傭兵の父だったのだから。それと比較すると軽いものだった。
とはいえ、筋力では劣るので真正面から受け止めるのは危険である。父と比較すれば軽く対処も可能であるというだけで、受けに回ると体がもたないことは分かる。そのため、ただ受けるのではなく、受け流すことにする。
杖で剣を受け止めるとゴブリンリーダーが体重をかけて剣を押し込んできた。それに合わせてわざと片腕の力を抜いて杖の角度をずらす。ゴブリンリーダーは思ってもいない方向に剣が流されてバランスを崩してよろけた。顔が前に突き出されるような体勢になっている。カナメは腕を引いた際の勢いを利用して体を捻り、その横っ面を杖で思い切り殴打した。
一連の動きを見たオセロットが矢を番えた状態のまま動きが止まっている。
「大丈夫ですよ、オセロットさん。言ったじゃないですか。なんとかなるって。」
顔面に杖を叩きこまれたゴブリンリーダーはその場で膝をついて顔面を抑えている。口からは血を流し、歯が何本か折れたようだ。そして先程とは目つきが違う。カナメに対する評価を改めたようだ。
「お、やっと認めてくれたか。だけど、ここからが本番だ。」
カナメの両手に淡い光が宿り魔法の準備を始める。こいつを確実に仕留めるには今の自分にできる最大の魔法を叩き込むしかない。しかしそれをやるには地面に手を付ける必要がある。その隙が作れるだろうか。とにかくやるしかない。
とりあえず牽制として石の槍を生成し刺突する。予想外の攻撃に動揺したのか、ゴブリンリーダーは少し距離を開けた。これを追撃することなく穂先で威嚇する。
実はカナメ、槍は使えない。昔、魔法で作り出した槍を使って"なんとなくカッコいい動き”を研究していた程度だ。だから、素人目には何となく使えているように見える。これにゴブリンリーダーも騙された。
適度に距離が開いたところで槍を投擲。回避行動をとらせている間にしゃがみ地面に触れ魔力を通す。使用するのは土と石の魔法だ。ただ、周囲に被害が及ばないようにしなくてはならない。局地的でありながら、確実に命中させる方法を考える。
ゴブリンリーダーが魔法準備にかかっているカナメを見て走ってくる。魔法を使わせまいとしている。だが、その動きが直線的すぎる。動きの予測ができてしまう。
「終わりだ。石棘。」
カナメの前方の地面が淡く光った瞬間、10本ほどの石の棘が斜めに突き出した。しかし少し短い。足を貫くのがやっとだった。
「ゲヤァァァァーーーー!!!!」
ゴブリンリーダーは石棘が何本も刺さってもがいている。剣で棘を折ろうとするも力が入らず折ることができない。地面には大量の血が流れ落ちている。
「ふう。猪だったらこの高さで終わるんだけどな。仕上げだ。竪穴。」
石棘を解除した直後、竪穴を掘りゴブリンリーダーだけをその中に落とした。深さは150cm程度のため落下死することはなくまだ生きてはいるが、足が使い物にならないため穴から出てくることはできない。そもそもあの出血量だ。放っておいても死ぬだろう。
「カナメ⋯⋯本当に1人で倒しやがった。」
オセロットは驚愕のあまり呆然としている。
「オセロットさん、あいつ、どうします?放っておいても死ぬと思いますけど、止めを刺しますか?もしあいつが死ぬことでゴブリンたちが暴走したりしたら嫌なんで、そこら辺を教えてもらいたいです。」
「あ、あぁ。止めは刺してくれ。そいつが死ねばゴブリンたちは逃げるはずだ。」
「分かりました。石棘。」
カナメはその場で立ったまま魔法を使用した。穴の壁から石棘が飛び出すように生成され、ゴブリンリーダーを貫いた。
「グゲギャオォォォォォォ!!!!!」
大きな断末魔が穴の中から聞こえてきた。この声は周囲にいるゴブリンの耳にも届き、一瞬動きを止めた。そして後ずさりを始めたと思ったら急に反転して我先にと逃げて行った。
ゴブリンたちの声が周囲から消え去り、静寂が広がった。荒い呼吸だけが聞こえてくる。
「お、終わった⋯⋯。」
ケントは剣を持ったまま座り込んだ。顔を殴られたのか頬が腫れている。
「お前ら、大丈夫か?」
リーは剣を鞘に収めながら周囲を見回して全員の状況を確認する。
「おう!なんとか生きてるぜ!」
マイクが大きな声で返答した。ピンピンしている。
「こっちも無事だ。カナメのおかげだ。」
オセロットはカナメに何か言いたそうにしていたが、まずは返答していた。
しかし、ここで一人足りないことに気が付いた。
「おい、ニコラスはどうした!?」
「ニコラス?さっきゴブリンリーダーに弾き飛ばされてから姿を見てないぞ!」
「飛ばされたのはどっちだ!?」
「西側の方だったと思う!」
リーとオセロットの会話を聞いてマイクが西側へ走っていった。カナメもそれについていく。
円陣の周囲にはゴブリンの死体がいくつも転がっていた。その中にニコラスの姿があった。うつ伏せに倒れ、左腕はあらぬ方向に曲がている。ゴブリンリーダーの剣を受けた時か地面に叩きつけられた時に折れたのだろう。近くには大きく曲がった剣が落ちている。
「おい!ニコラス!ニコラス!!」
マイクが必死に声をかける。仰向けにさせて首に手を当てた。しばらくして安堵の表情を浮かべると大きく息を吐いた。
「よし、生きてる。気を失っているだけだ。今のうちに応急処置だけしておくぞ。」
マイクの指示に従い添え木に使えそうな枝を見繕う。その間に森の狩人たちはニコラスの応急処置を進めていく。
「なぁ、カナメ。なんでニコラスさんの添え木を魔法で作らないんだ?」
「あぁ、魔法で作ったものはある程度時間が経つと消えるんだよ。だからこういう時に使えない。そもそも、骨折したところに石なんか括り付けてみろ。重くて悪化するぞ。」
「なるほどなぁ。魔法って思ったより不便なんだな。」
「まぁな。でも使えないより使えた方が便利なのは間違いないぞ。」
ニコラスの応急処置が終わったところで、倒したゴブリンたちの討伐証明部位を切り取ることにした。その数32匹。よく生き残ったものだと思う。
最後に、魔法を解除してゴブリンリーダーを穴から出す。石棘で止めを刺したため全身に傷がある。この状態を見てその場にいた全員の顔が引き攣っていた。たしかに惨たらしい姿ではあるからな。
「この剣はどうする?誰もいらないようなら、剣が壊れてしまったニコラスに渡してやりたいんだが」
リーがゴブリンリーダーの剣について相談してきた。
「それなら、カナメが決めてくれ。お前が単独で仕留めたんだからな。」
オセロットがそう提案した。全権を委ねられてしまうのは非常に困る。
「僕が決めるんですか?えぇぇ?皆さんがそれでいいなら⋯⋯。」
全員を見回すが誰一人異論を言わなかった。
「そうですか。それでは、ニコラスさんに差し上げてください。僕は剣を使わないので。」
これが一番平和的に終わるだろうと判断してリーの提案に乗った。視界の端の方でケントが欲しそうにしていたのは見えていたが、ニコラスの損失が大きすぎるため諦めてもらいたい。ただ、あの剣をニコラスに渡したところで体に合うものかは分からない。もしかしたら体に合わず売却されてしまうかもしれないが、それは仕方ない事だろう。
こうして、激戦を潜り抜けた一行は疲れた体を引き摺るようにして森から出ることにした。
カナメが最後に石棘を立った状態で使ったのは威力と速度が不要な状況だったからです。魔法が発動する場所に魔力が届くまでの間に魔力が散ってしまううえ、魔力の移動時間の分タイムロスになってしまうんです。地面に触れて魔力を通す場合は土や水への理解があることから高威力の魔法を高速で使えるようになります。
なので、確実性を考えるなら地面に触れた状態で行使するのがベストです。




