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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
プロローグ
2/64

襲撃

 村の門にまで来ると、そこは地獄のようだった。焼け落ちる家、泣き叫ぶ子供、剣を持って女性を追いかける男。目の前にはおよそ信じられないような光景が繰り広げられている。今朝まではこのようなことは想像もできなかった。

 皆を助けたい。そう思っても動揺のあまり体が動かない。息が荒い。一体何が起こっているのか理解が追いつかない。しかし今目の前に危害を加えられようとしている女性がいる。あれは近所に住むアンさんか?動かねば。戦える手段を持っている自分が動かねばアンさんは辱められたうえで殺されてしまう。

目の前で行われている凄惨な光景を前に動けずにいた己を奮い立たせ、弓に矢を番えた。狙いはアンさんの上に跨った男の頭。

 意を決して矢を放つ。矢は一直線に男に向う。男は音に気が付きこちらを向いた。しかしその瞬間に喉元に矢が突き刺さり、男は後方へ倒れた。

 アンの元へ駆け寄った。仰向けに倒れているアンは泣いていたが、外傷は無いようだ。


「アンさん、動けますか?動けるなら物陰に隠れていてください。」


 アンは問いかけに対し頷くものの立ち上がれないようだった。仕方なく肩に担いで焼けていない家の外壁により掛かるようなかたちで座らせた。


「アンさん、僕はこれから父さんの加勢に行きます。なんとかうまく隠れてください。」


 泣き続けるアンはただひたすらに頷いていた。少し心配にではあるが、他の住人の救助のこともあるのでアンにばかり構っていられない。心を鬼にしてその場を去る。

 その際、自分で射殺した男を見る。狙いが外れて喉に矢が刺さっている。即死できなかったのか、その顔は苦しみに満ちている。ここにきてようやく自分が人を殺したという実感が湧いた。胃から逆流してくるものがある。今にも吐き出しそうだ。しかし、それどころではない。込み上げてくるものを押し込み、すぐさま走り出す。

 父はどこにいるのか。走りながら探していると金属音が聞こえた。

 音のする方へ行くと、広場で父が複数の男たちを相手に戦っていた。


「オラ!相手は片目だ!死角に回り込め!」

「分かってんだよそんなことは!死角に入れねぇんだ!」

「くそ!こいつ、めちゃくちゃ強ぇぞ!」


 斧を持つ男の振り下ろしは剣の腹でいなし、死角に回り込もうとする剣を持つ男を前蹴りで弾き飛ばし、上段で切りかかってきた男の剣を蹴りの反動で後退して回避する。曲芸のような動きだ。


「貴様ら。これほどまでの狼藉をはたらいて生きて帰れると思うなよ!」


 言うな否や、父は最後に切りつけてきた男の剣の切っ先に剣を叩きつけた。剣を横に弾いた瞬間に男の手首を斬り落とした。


「ギャーーーー!!!」


 男の酷く汚い悲鳴が響く。

 父はこの一瞬の出来事に動揺した斧持ちの男の隙を見逃さなかった。手首を斬り落とした直後、左足を前に出し左方へ前進。そのまま逆袈裟斬りで斧持ちの男の体を斬り裂いた。


「グボォォ⋯。」


 叫ぼうにも内臓から逆流した血で声が出ない。切られた腹を両手で押さえ込みながら倒れた。


 最後の1人は偶然死角に入ってしまっていた。剣を持った男はこれを利用して背後へ移動。大上段から切り下ろした。

 だが、これを読んでいたように体を回転させて男の剣を叩き落とすと顔面に拳を叩き込んだ。男はそのまま後方へ倒れ、後頭部を強かに打ちつけ泡を吹いて動かなくなった。


「父さん!」


 父の戦いを見届け、父のもとへ駆け寄った。


「カナメ!?バカモノ!村の外で待っていろと言っただろ!」

「ごめん父さん!村がこんなことになっていて、何とかしなきゃと思って⋯。」

「まったく。仕方ない。俺から離れるなよ。まだ敵の首魁が見つかっていないから、気を抜くな。」


 その時だった。空気を切り裂くような音が聞こえたと思った瞬間、父が膝をついていた。太腿には矢が刺さっている。一体誰が。簡単な話だ。村を襲った連中だ。

 矢の放たれた方向を見ると、遠くに弓矢を持った男と身に付けている防具が明らかに上等な男がいた。


「くそ!なんたる不覚!」


 父は地面を殴りつけたあと、矢を抜こうとした。しかし抜けない。いや、強引に抜こうとすれば抜けるのだろうが、あまりの激痛のため抜けないようだ。


「あー、矢を抜こうとしてるところ申し訳無いが、それは抜けねぇよ。返しが付いてるもんでな。あんた、かなり危険なヤツみたいなんで、確実に殺れるようにさせてもらったよ。」


 上等な防具を身に付けている男がこちらに歩いてきながら冷静に説明をしてきた。


「ちっ!貴様が親玉か!何が目的だ!」

「正解。俺は盗賊団『暁の闇』の頭目、バルドだ。目的は⋯⋯そうだなぁ、略奪、かな。」


 笑顔で答えたバルドには悪意が一切感じられなかった。それだけにこの男の異常性を感じ、カナメは恐怖した。頼みの父は足を射られてまともに動けない。自分も強くはない。あのような男を相手にしたら10秒も持たないだろう。死を直感した。


「外道が⋯⋯!だが、俺もただではやられん!かかってこい!」


 父は痛む足を庇いながら立ち上がり剣を構えた。しかしバルドは笑顔を崩さず部下に命じた。


「面倒だ。射て。」


 部下が弓を引き絞る。


「この卑怯者がぁ!」

「命のやりとりに卑怯もクソもあるかよ。じゃあな。」


 バルドの部下の矢が放たれた。5メートルほどの距離からだ。しかしそれを切り落とす。1射、2射、3射と切り落とす。


「おぉ!凄い凄い!曲芸みたいじゃないか!でも、次のはどうかな?おい、やれ。」


 そう言うと部下に指示を出す。


「はっ!承知しました。」


 部下は返事をしたあと、矢の狙いをカナメへと変更した。


「この腐れ外道がぁー!」


 矢が放たれた瞬間、父は叫びながら体をカナメの前に投げ出した。

 自分のせいで父が死んでしまう。自分が言いつけを守らなかったせいで、無力だったせいで。しかし体が動かない。矢は見えている。父が自分を庇おうとしているのも見えている。全てがゆっくりと見えている。にもかかわらず体が動かない。動けない。目を閉じることすらできない。

 もうダメだ。そう思った瞬間、視界の端から人影が見えた。剣で矢を叩き落している。物凄い速さだ。


「危ない危ない。もう少しで死ぬところだったな、ハヤテ。」


突然現れた男はなぜか父の名を口にした。


「な⋯⋯!お前は、カミュか!?」


 どうやら父の知り合いのようだ。このカミュと呼ばれた金髪の男は銀色の鎧を身に着けている。騎士だろうか。


「そうだよハヤテ。まったく、お前ともあろう者がこんな雑魚に殺されそうになるとは、落ちたものだな。」


 カミュはバルドに剣を向けて構えながら父に軽口を叩いた。


「うるせぇ。こちとら引退してから久しいんだ。人間相手は久し振りだ。」


 父は矢の刺さった足を動かさずにその場に座り込んだ。


「おや?その鎧、まさか銀騎士のカミュかな?これはまずい。おい、ズラかるぞ。」


 弓を持った部下に命じた直後、バルドは首から下げた笛を吹いた。


 ピィーーーーーー!!!


 甲高い音が辺りに響き渡る。どうやら撤退の合図のようだ。


「それでは、これにて失礼するよ。」


 バルドは腰にぶら下げた袋から何かを取り出し地面に叩きつけた。すると周囲に煙が立ち込めた。煙幕だ。煙幕で姿を隠した隙に逃走するつもりだ。

 しかしそれをカミュが許さない。


「くそ!煙幕か!だがな、逃がすわけがないだろう!石弾!」


 カミュが手を前に突き出し、聞いたことの無い単語を口にした瞬間、カミュの手がぼんやりと光り靄を纏ったようになる。その光の靄が指先から手の周辺の空間へ伸びたと思うと、5個の尖った石へと変化した。そして矢の如き速度で飛翔。正面の煙を貫き、石弾の1個がバルドの脹ら脛に命中し爆散させた。


「ぐあぁぁぁーーー!!」


 片足を失ったバルドはもんどり打って倒れ、足を押さえて叫んでいる。


「よし。じゃあ捕縛するか。死んでも構わないが、情報を聞き出せるかもしれないからな。足の応急処置だけしておくか。そこのきみ!手伝ってくれ!」


 カミュはヒィヒィ叫んでうるさいバルドの顔面を殴って気絶させうつ伏せにした。そのうえで自身はバルドの足の止血をし、カナメには後ろ手に縛るように指示した。

 カナメがバルドの所に行くと、足元には原型を留めていない弓を持った男の体があった。


「うん。これでいい。盗賊団の一部が逃げてしまったけど、まぁ大丈夫だろ。」


 一仕事終えてスッキリしたような顔で大丈夫ではなさそうなことを言っている。


「え!?大丈夫なわけないじゃないですか!お礼参りでまた襲ってきたらどうするんですか!」


 あまりに無責任な発言だったので思わず抗議した。


「あぁ、ごめんごめん。大丈夫っていうのは、誰も逃さないってこと。俺のパーティーメンバーが村の外に逃げ出した盗賊を1人残らず捕まえてるだろうから。」


 なるほど。他にも助けに来てくれた人がいるのか。それなら納得である。


「パーティーメンバーってことは、あいつらか。それなら心配は無いな。」


 父はカミュのパーティーメンバーのことも知っているようだった。その様子から信用していいようだ。

 それにしても父と彼らは一体どういう関係なのだろうか。昔住んでいたという街にいた友人だろうか。気にはなる。気にはなるが、確認するのは今ではない。今は被害の確認と怪我人の治療が優先だ。

 そう思い、父の容態が気になりつつも、カナメは村の様子を確認しに行った。

バルドの足が爆散したのは、そこそこ大きな石が物凄い速度で当たったためです。決して魔法的なものではなく物理的なものです。同様に、バルドといた部下にも石が当たっているので悲惨な状態となっています。

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