魔物討伐依頼
次の依頼は街の外への薬草採取だった。今回も4人に対してリーダー1人という組み合わせだった。どうやら1〜2等級で受ける依頼はこの組み合わせになるらしい。
街の西側の河川敷に広がる草原の中からポーションに使う薬草を採取するという依頼だ。ポーション用というからどのような薬草なのかと思ったが、指定された薬草は村でもよく採っていたものだった。よく見るものであるし、念のため武装しているとはいえ獣に襲われる心配も無い。たいして難しくもないため必要量を早々に集めて依頼完了とした。
この依頼における報酬は8,000ルク。街の清掃よりも安い。獣に襲われる危険性が低いせいだろう。街の清掃は衛生的にやりたがらない人が多いだろうから割増にしている可能性もある。自身のスキルアップにも役立たない。恐らくこの依頼はもう受けないだろう。
その次の依頼は狩猟。東側の森で鹿2頭を狩るのが目標だった。これも日頃から村で狩猟をしていた経験が生きた。しかも人数が多い。斥候役の人が鹿を探し、自分は簡単な土の魔法を使って逃げられないようにするだけで他のメンバーが仕留めていた。村を出る前は自分で探索から仕留めるところまで全てやっていたことを考えると非常に楽だった。
この依頼は12,000ルクだった。鹿は意外と高級なのかもしれない。肉は食用にでき、皮をなめせば革製品の材料になる。依頼主が損をしないようになっているということは、そういうことなのだろう。これはかなり割のいい仕事だ。等級が上がるまでは受け続けても良さそうだ。
この依頼完了報告をした際に、さらに次の依頼を斡旋された。ゴブリン討伐だ。魔の森にいるゴブリンを5体狩ってこいというもの。魔の森はこの街の南側にあるらしい。街の中を流れる川の向こうにある南門の街側前に2日後の午前8時に集合とのことだ。
そして2日後、カナメは街の南側へ渡る橋を歩いていた。川の南側にある街は通称『南街』というらしい。実はこの南街、南門の近くに傭兵ギルドの出張所がある。魔の森に行く傭兵が多いこと、その傭兵が南街に住んでいること、狩った魔物や獣の引き取りを行うといった理由があるためだ。利便性を考慮した結果といえる。
街としては比較的新しいらしく、大きめの壁が1枚しかない。とはいえ、その壁の物々しさは他の壁とは大きく異なる。どうやら魔の森から出てくる魔物から守るために堅固な作りにしているようだ。
そしてカナメが今歩いている橋は、南街へ行く2本の橋のうち『花橋』と呼ばれている橋だ。東側から行くにはこの橋が最短なのだが、この橋を渡った先には飲食店が軒を連ね、裏通りに行くと娼館のある花街になるらしい。魔の森に行って報酬を貰った傭兵が飲食店で酒を飲んだ後に娼館へ行くのだろうか。
そういえばこの街に来た初日に、ハインツが街の南側は治安が悪いと言っていた。それはこういった立地が影響しているのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると南門に着いた。周囲を見回すと、複数の集団が見える。どの集団も装備がしっかりしている。剣を腰から下げ、動きやすい革の鎧を着ている者が多い。大剣や槍の用なんか長物を持っている者は殆どいない。やはり森の中では取り回しが難しいからだろう。かくいうカナメも杖と革鎧というシンプルな装備だ。
目当ての集団がいないか門の付近を歩いていると、ケントの姿を見つけた。前に会った時は彼も新人教育だったから、恐らく今回もそうだろうと考え声をかけてみた。
「おはようケント。」
「ん?あぁ、おはよう。この時間にここに来たということはお前もゴブリン討伐か?」
当たりだ。同じ依頼だ。
「そうだよ。新人研修の一環で組み込まれた。」
「俺もそうだよ。ちなみに今日で5回目だ。今日が終われば明日から自由に依頼を受けられる!」
どうやら早く自由に依頼を受けたいようだ。1等級の受けられる仕事なんか大したものは無いんだが。
「ケントはどんな依頼が受けたいんだ?」
「そんなの決まってるだろ。魔物討伐だ!」
腰に下げている剣に手を当てながら自信あり気に語る。そんな姿を見て「別に決まってはいないだろ」とは言えない。
「ケントはやっぱり剣士なのか?」
「おうよ!これでも町の道場に通ってたんだぜ。今日はようやくその剣術を活かせるから楽しみなんだ!」
見た目どおり剣士だった。まぁ今までの言動を踏まえると、魔法使いと言われたら驚いてしまう。
「そういうカナメはやっぱり魔法使いか。でも清掃の時に使っていた魔法だと威力無いよな。大丈夫なのか?」
たしかにあの時使っていた水の魔法は戦闘では使えないだろう。足止めにしか使えないのに、使うと地面がぬかるんで味方の動きも阻害されるという無差別状態異常攻撃となる。それを心配しているようだ。
「大丈夫。村で狩りをする時に使っていたやつがあるから、それを使うよ。ただ、ゴブリンって見たことないから戦い方のイメージが湧かないんだよな。」
「たしかに。人型で子供くらいの背丈で肌が緑色ってことしか知らないな。でもまぁ、新人でも倒せるくらいの相手なんだろ?なんとかなるさ。」
ケントは未知の相手にも関わらず緊張する素振りすら見せない。余程自信があるのだろう。
しばらくすると待ち合わせをしている集団が減ってきた。徐々に南門の外へ流れていっている。こうなると少し探しやすくなる。今回は先輩方の都合で6人で依頼を受けるということだから、4人の集団を探すと1組だけいた。ケントと2人でその集団に向かった。
「あの、ゴブリン討伐の依頼の方ですか?」
カナメが訊いてみる。
「ああ、そうだ。お前らが新人の2人か?」
「はい。僕はカナメと言います。」
「俺はケントだ。」
ゴブリン討伐の先輩傭兵たちで間違いなさそうだ。とりあえず自己紹介をして2人で依頼受注書を渡す。
「なるほど。了解した。俺はリーだ。パーティ『森の狩人』のリーダーだ。こっちはパーティーメンバーのマイク、ニコラス、オセロットだ。」
リーとニコラスは剣を腰から下げている。マイクは手斧を腰から下げている。そしてオセロットは弓矢を持っている。森の中で活動するにはバランスが取れているように思える。
今回は4人パーティーと新人2人で臨むらしい。この4人なら不測の事態が発生しても対応できるということなのだろう。
「そっちはカナメが魔法使い、ケントが剣士という考え方でいいか?」
「はい。それで問題ありません。」
「わかった。ちなみに、カナメはどんな魔法ができる?」
使える魔法の確認してきた。たしかに戦術を考えるときに味方の手札が分からなくては無駄に消耗し、最悪の場合死に至ることもあり得る。それを避けるための確認だ。新人教育の依頼を受け、パーティーリーダーをするのも納得だ。
「僕が得意なのは石の魔法と土の魔法です。この2つは昔から狩りの時に使ってました。水の魔法も使えますが戦闘には不向きです。」
「おいおい、3種類も魔法が使えるのかよ。これは期待しちゃうな。ケントはどうだ?」
「はい。俺は町の道場で剣術を習っていました。基礎的な剣術には自信があります。」
「なるほどな。まぁゴブリン相手なら後れを取ることはないだろ。」
戦力の把握ができたようだ。リーはパーティーメンバーと相談を始めた。
「なぁカナメ。魔法が3種類使えるのって凄いのか?」
ケントが素朴な疑問を投げかけてきた。たしかに魔法のことを知らなければ分からないだろう。
「そうだね。俺も周りに魔法使いが師匠しかいなかったからよく知らないけど、聞いた話だと3種類の魔法を使う人は少ないらしいよ。ほとんどの人が1種類か2種類らしい。俺の師匠は1種類しか使えなかった。」
「へ~⋯⋯。お前って結構凄かったんだな。」
ケントが素直に感心している。ただ、魔物相手に通用するかは分からないので、あまりそんな目で見られたくない。
「たしかに珍しいとは思うけど、まだ魔物に通用するか分からないから凄いかは分からないな。狩りの手法がそのまま使えればいいんだけど。」
カナメが不安を吐露していると森の狩人の4人がきた。役割を決めてきたそうだ。前衛がリー、マイク、ニコラス、ケント。中衛がカナメ。後衛がオセロット。ニコラスは斥候も行うらしい。今回は研修も兼ねているためケントも斥候を務めるとのことだ。カナメは魔法使いだからということで斥候は免除された。近接戦の可能性のある斥候は任せられないそうだ。見事に魔法以外の戦闘手段を持っていないと勘違いされている。そうされるようにしておいてなんだが、ちょっと寂しい。
なお、カナメが中衛なのは、実力が未知数のため殿を任せるわけにもいかなかったためだった。
一通り役割分担や動き方が決まったところで、ゴブリン討伐へ出発することになった。街の南の魔の森へ。いったいどのような場所なのか。好奇心と不安で心臓が高鳴っているのが分かった。
カナメは目上の人に対しては一人称が『僕』になります。
南街について補足。
南街は旧市街から派生してできた街です。最初は魔の森へ行く人のために作られました。設計段階で壁は防衛に適した造りとし、衛兵の詰所、傭兵ギルド出張所、宿場を設置することは優先的に決められました。その際に、中央から来る貴族からの見栄えをよくするため、旧市街から暗部も南街に移して街の浄化をさせてしまおうという案が出ました。さすがにそれだと南街の治安が悪くなりすぎるので却下されましたが、一部の施設は移転されました。それが花街であったり、収容所であったりしました。元々魔の森の脅威に晒されているというのに、これらの影響により地価が安くなってしまいました。その結果、気性の荒い傭兵が住み着き、花街の裏にいる犯罪集団が幅を利かせ、定職に就けない者が流れついたりして治安が悪くなってしまいました。
川に架かる橋は2本で、一本は通称:花橋。もう一本は通称:暗闇橋。花橋は本編中にもあったように花街の近くにあるから。対して暗闇橋は定職に就けない者や前科者、犯罪組織関係者が住んでいたりする地域に繋がっています。これらの呼び方はいずれも旧市街に住んでいる人が勝手に言っているだけです。本当は花橋が東橋、暗闇橋が西橋です。




