面談
面談まで1時間程待たねばならないとのことだった。それまではホールで待っているように指示された。しかしホールにいてもやることはない。暇だ。
仕方がないので、先程気になった掲示板へ行ってみる。なぜ左右に掲示板があるのか。実際に見てみれば分かるかもしれない。
まずは右手の掲示板へ行ってみる。そちら側には武装した人が多いのだが、その理由はすぐに分かった。まず、この掲示板は依頼票を掲示している。そして目の前の掲示板は街の外の依頼しか貼り出していないのだ。街の外で活動するということは獣や野盗、魔物等に襲われる可能性がある。依頼内容も商人の護衛や魔物討伐が多い。それゆえに武装している人が多いのだ。
そうなると反対側は街の中の依頼なのかと当たりをつけて見に行ってみる。こちらは武装していない人が多い。掲示内容を見るとやはり街中のものだった。道路の清掃、害虫駆除、工事現場への資材の搬入等と多岐にわたる。殆どが戦闘を必要としない仕事だ。ただ、害獣駆除のような依頼があるので必ずしも戦闘が必要ないというわけではないようだ。
それぞれの依頼内容を見て将来の仕事についてイメージを膨らませる。カミュの教えに従い、しばらくは魔法使いとして過ごすことになっているので、魔法だけで戦う場合の立ち回りについて考えてみる。そういえば、依頼の中には魔物退治が入っていたが、魔物とはどのような存在なのだろうか。面談の時にでも訊いてみよう。
しばらく掲示板を見て過ごしていると、先程とは違う女性に呼ばれた。面談が始まるようだ。少し緊張する。
女性のあとをついていくとホールの脇にある階段を上って2階の1室に通された。
部屋に入るとワイシャツを着たスマートな男性がいた。何やら書類を手にしていたが、カナメが入るといそいそと片付けた。
「ようこそ、傭兵ギルド リヴェンデール支部へ。私は人事担当のイアンだ。よろしく。」
イアンが手を差し出してきた。
「はじめまして。カナメです。」
イアンの手を取って握手をする。
すると、イアンの目つきが変わった。
「きみ、特技は魔法って書いてあったよね。」
握手をした状態で質問される。
「はい。魔法を使います。狩りも魔法を使ってやってました。」
「ほう。あくまで魔法使いということにするというわけかな?」
「どういうことでしょうか?」
「いや、大した意味は無いんだ。ただ、きみの手は魔法使いの手ではない。剣士のものだ。」
これには驚いてしまった。まさか手を握っただけで分かってしまうとは思わなかった。
「その驚きようを見る限りやはり剣士なんだね。それを隠しているとなると、魔法剣士なのかな?そうなるときみの持っている杖は普通の杖であるはずがない。仕込み杖かな?」
たったこれだけの情報でそこまで分かってしまうのか。驚愕するしかなかった。だが、その推理は少し違う。たしかに魔法剣士を目指してはいるが、魔法剣士を名乗れるほど剣が上達していない。しかし魔法ならば多少なりともやっていける自信がある。だからこそ魔法使いとしているのだ。
これを正直に話してしまえば楽なのだが、もしこのイアンの口が軽かった場合、情報が漏れてしまう。隠している意味がなくなる。だからこそ、今は本当のことは言えない。
「いえ、僕は魔法剣士ではないです。ただの魔法使いです。この杖は魔力媒体ですよ。」
「なるほどなるほど。剣が使えることは隠すんだね。きみのその判断は賢明だ。剣を使える魔法使いは嫌がらせを受けやすいからね。」
ここでようやく握手が解かれた。そしてソファーに座るようイアンに促された。
「そこまで必死に隠すなら、安易に握手をしたらダメだぞ。剣の心得がある人は敏感に察するからな。」
なるほど。この人も剣を扱えるのか。たしかに見た目に反して分厚く硬い手だった。
「ご忠告ありがとうございます。」
思わずお礼を口にしてしまった。
「今のできみが剣も使うことを認めてしまったな。今後はこういうのにも気をつけなさい。」
指摘されてから気がついた。忠告に対してお礼を言ったら認めたも同然じゃないか。頭を抱えたくなる。
「大丈夫だ。ここで話したことは公表しないから。」
それを聞いて少し安心する。
「さて、面談を始める前に少し話してしまったけど、改めてこれから面談を初めます。面談とは言っても、軽く話したあとはギルドについて説明するだけです。それが終われば登録完了となって、受付できみの名前が書かれたタグが渡されます。
それでは、きみの特技についてなんだけど、さっき魔法を使って狩りをしていたって言っていたね。どんな風にやっていたのかな?」
事務的な話の時と会話をしている時とで変わる口調に違和感を覚えながら質問に答える。
「土の魔法で作った穴に猪を追い込んで落としたり、その穴の中の地面に石の魔法で棘を作って仕留めたりしてました。」
「なるほど。きみは2つの魔法を使うのか。それも修得の難しい土の魔法を。」
「まぁ土の魔法で作れる穴も150cmくらいの深さが限界ですが。ちなみに、水の魔法も使えはしますが、使い道が無くてあまり使ってないです。だから水を出す程度しかできないです。」
「いや、それだけできれば十分だよ。そもそも3つの魔法を使える時点で凄いんだから。一応、本当にできることを見せてもらってもいいかい?」
「分かりました。」
早速実演することにする。手に魔力を集中させて尖った石を生成してイアンに渡す。
「なるほど。これは凄いな。狩りの中で日常的に使っていたんだね。生成が速くて正確だ。強度も悪くない。次は土をお願いできるかい?」
石の魔法が思いの外高評価でちょっと気分を良くする。言われるがまま手の中に土を作り出す。森の土のイメージなので黒く湿った土だ。
「おぉ!本当に土ができた!」
イアンは目を丸くして驚いている。
「先程、土の魔法は難しいと仰っていましたが、それはきっと水が関連してるからです。土には水が含まれているので、魔力で水を認識できないと土の理解に辿り着けないんだと思います。土に魔力が通せるだけではダメなんです。」
「⋯⋯その言い方だと、土の魔法は水の魔法との複合ということなのかな?」
「いえ、僕は水より土の方が先に使えるようになりました。たぶん、水を理解できないまでも水に魔力が通せて、そこに水があるということを理解していないとダメなんだと思います。」
「なるほど。そういうこともあるのか。参考になるよ。じゃ、最後に水の魔法を見せてもらおうか。」
イアンは土の魔法について簡単にメモを取り、カナメに指示をした。その際にコップを渡してきたので、その中に水を入れることにした。
軽く手を握って魔力を集中。手から水が零れ落ちるようなイメージをする。しばらくすると手の中から水が流れ落ちてきた。
「本当に3つできるんだな。でも、他の2つに比べて生成速度が極端に遅い。本当に使ってなかったんだね。」
「はい。魔法で作った水は飲めないですし、狩りで使うには威力が無いですし、足止め程度なら土の魔法で穴を作った方が早いですので。」
「たしかにそうだね。でも、ここでは凄く役に立つ。街の清掃の時に使うと掃除が楽になるぞ。」
そういえばこの街の道は村と違って石で舗装されていた。たしかにあれなら水を撒いても問題なさそうだ。
「それなら、早速仕事ができそうですね。」
「そうだね。最初の頃はそういう仕事ばかりだから、活躍できるんじゃないか?」
その後、イアンからギルドの成り立ちや等級制度について説明を受けた。父やカミュが如何に凄かったのかを改めて知ることになった。
それにしても、なぜ説明をし始めると口調が変わるのだろうか。雰囲気まで堅くなるから質問し辛かった。
「では、これで傭兵ギルドの説明は終わりだ。あとはきみのタグを受付でもらうといい。この紙を受付の誰かに渡せば大丈夫だ。」
「ありがとうこざいました。それでは、失礼します。」
面談が終わりカナメは部屋を出た。下の階にある受付へ向かう。
時間的には昼前だからか、受付には殆ど人がいない。いるのは商人っぽい人くらいだから、きっと新規の依頼を発注しに来たのだろう。
受付は殆ど空いているのだが、なんとなく最初に行った人の所へ向かう。またしても下を向いて事務作業をしていたが、足音に気がついてこちらを見てきた。
「あ、カナメさん、面談終わりましたね。それでは紙をお預かりします。少々お待ちください。」
仕事のできる人だ。でも、事務的すぎてやはり冷たく感じてしまう。
「それでは、こちらがタグになります。仕事を受ける時は必ず身に着けてください。万が一、依頼中に亡くなられた場合はこちらのタグが遺品の代わりになります。」
さらっと恐ろしいことを言われた。だが、たしかに魔物に襲われたり遭難したりして死亡した場合は遺体の回収そのものができなくなる。そう考えるとやむを得ない措置なのだろう。
「もしもこのタグを紛失した場合は懲戒処分となるのでお気をつけください。」
「懲戒処分!?具体的にはどうなるんですか?」
「場合にもよりますが、最低でも罰金。最悪の場合は罰金のうえ資格の永久剥奪です。街なかでなくす分には影響は少ないですが、外でなくすと大変ですから。」
目の前にあるタグの重要性を認識し、恐る恐る手に取る。指先に金属製プレートの硬く冷ややかな感触を覚える。楕円形のプレートには等級と名前が刻まれていた。自分が傭兵になったということを実感した。
傭兵のタグはドッグタグをイメージしてください。
面接の時にイアンが話している等級制度とギルドの成り立ちは第6話 カミュの目的の後書きを参照してください。