傭兵になろう
翌朝、カナメは早々に宿屋を出ることにした。初めて泊まった街の宿屋に圧倒され居心地が悪かったためだ。
宿屋を出る時に受付の人から街の情報を教えてもらった。
昨日入ってきた門は街の東門らしい。門を抜けると東通りがあり、そこには露店が並んでいる。辺境の村々がある方角なのであまり栄えてはいないそうだ。他の西門と北門は他の都市側の門であるため人も多く、西通りと中央通りには商店が軒を連ねているらしい。店なんか村には1軒しかなかった。今度行ってみたいものだ。
他にもいくつか聞いてみたが、街の地図が分からないため全く頭に入ってこなかった。ただ、今後の生活が関わることなので、傭兵ギルドの場所だけは憶えた。東通りを街の中心に向かって歩いて行き、内壁を抜けた先にあるらしい。門から随分離れた所にあると思ったら、昔は辺境に面した東門の近くにあったのだが、街が拡大したことにより外壁ができて遠くなってしまったそうだ。街の中での仕事も多いことから移転の必要性も無く、そこに残っているとのことだった。
宿屋を出ると、ハインツが馬小屋から出てきた。
「お、カナメくんおはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「おはようございますハインツさん。お陰様でよく眠れました。」
本当はほとんど眠れていない。布団が柔らかすぎて眠れなかったのだ。さらに首、肩、背中も痛い。かなり辛い。
「はっはっは!そうだろうそうだろう!ここの布団は柔らかくて気持ちがいい。野宿が続くとここが恋しくなるんだ。」
ハインツにはここの布団は最高らしい。自慢げに話している。だが、カナメとしては別の宿に移りたいところだ。
「たしかに布団はすごく柔らかかったですね。でも、ここに泊まり続けるのは難しいので、今日は別の所を探そうと思います。」
宿屋を変える本当の理由は違うのだが、宿泊費を出してもらったのに『布団が合わないから』とは言えない。当たり障りなく金額を理由にしておく。一泊の金額は聞いていないが、高いに違いない。
「そうか。それは賢明だね。手頃な宿ならここから東通りに向かう途中にいくつかある。後で聞いてみるといいよ。」
宿屋の場所を教えてくれた。助かる。
「ありがとうございます。ちなみに、傭兵ギルドの近くに宿屋ってあったりしますか?」
傭兵ギルドに登録するなら、その近くに泊まった方が楽でいい。
「そうか。カナメくんは傭兵ギルドに行きたいんだったね。だとしたら傭兵ギルドに相談してみるといい。提携してる宿屋を紹介してもらえるかもしれない。」
おお!それは渡りに船だ!
「傭兵ギルドって宿屋と提携なんてしてるんですね。教えていただきありがとうございます。これから行ってみようと思うので、早速聞いてみます。」
「うん。そうしてみてくれ。きみが傭兵として成功するのを楽しみにしてるよ。その時は指名で依頼するよ。」
指名の話は冗談だろうが、ありがたい話だ。
「それじゃあ、ご依頼の際は今回の件を踏まえて格安でお受けしますね。」
「はっはっはっ!その約束、憶えておくよ!では、頑張ってな。応援してるよ。」
「はい。何から何までありがとうございました。」
2人は握手を交わし、互いに再会を願って別れた。今は冗談で依頼の話をしていたが、いつか本当のことになればいい。カミュの捜索の他にもう一つ目標ができた。
ハインツと別れたカナメは東通りに出た。朝で店が開いていないため人通りはさほど多くはない。
昨日入ってきた門とは別の方向へ歩いて街の中心部へ向かう。中心部に行くにつれて徐々に建物が古くなっていってる気がする。
しばらく歩くと内壁に着いた。この壁は街の外から見た通りそれほど大きくはない。平屋の屋根より少し高い程度か。
かつては門だった場所をくぐり、内壁の内側に入る。そこには明らかに古い街並みがあった。いくつもの商店があり、そこに革の鎧を着た者や腰に剣を差した者が出入りしている。通りを歩く人も似たような服装の者が多く、そうでない人もがっしりした体つきの者が多い。考えてみれば内壁を越える前からそんな感じだった。
その中で、一際多くの人が出入りをする大きな建物に目が留まった。あの建物はなんなのか。興味本意で近づいてみて気がついた。これが傭兵ギルドだった。
目的の建物を見つけて興奮した。ついにギルドにまで来た。あとは登録するだけだ。だが、重厚な木製のドアに阻まれて建物の中が見えない。ゆえに緊張して中に入れない。
建物の前でドアを開ける勇気を出せずに立ち止まっていると、1人の傭兵らしき人が出てきた。その時、建物内が見えた。今しかないと考え、意を決して足を踏み出しドアが閉まる前に建物内に入った。
建物に入ってすぐの場所はホールとなっていた。テーブルや椅子が並べられ、何やら話し込んでいる者が見える。ホール内が妙に明るいと思ったら天井が吹き抜けとなっていた。通り側である南面の壁の上部は摺りガラスが使われ陽の光が中に入ってきてる。そのため建物内だというのに非常に明るい。ステンドグラスを使っていれば教会のようだ。
入って正面にはカウンターがあり、その向こう側にはこちらを向いて何人かの女性が仕事をしていた。受付だろうか。その部分だけ少し暗い。その上に目を遣ると、手すりのついた廊下がある。なるほど。この廊下で直接日が当たらないようにしているのか。
左右の壁には掲示板があり、その前には何人かの人が立っていた。なぜ2箇所に分けてあるのだろうか。不思議に思う。
気にはなるが、今は登録が優先だ。正面にある受付らしき場所へ向かった。
「あ、あの〜⋯⋯傭兵登録をしたいのですが⋯⋯。」
下を向いて事務作業をしていた女性に声をかけた。
「あ、はい!登録ですね。それではこちらに必要事項をお書きください。」
紙とペンを渡された。物凄く事務的な対応だ。
用紙には名前、性別、年齢、出身、特技、志望動機の記入欄がある。志望動機?
「すみません。この『志望動機』って何を書けばいいんですか?」
「そこは傭兵になりたい理由、なろうと思った理由を書いてください。一言でいいですよ。」
なろうと思った理由か。正直に書きたいところだけど、『銀騎士カミュの捜索』なんて書いて悪魔に見つかったら洒落にならない。ありきたりな理由にしておこう。
「書き終わりました。」
紙とペンを返却する。
「はい。お預かりします。カナメさん、15歳、男性。オークリー出身。特技は狩りと魔法。動機は生活のため。ありがとうございます。では、次に簡単な面談を受けてもらいます。」
「え?面談って何をするんですか?」
「大丈夫ですよ。今書いていただいた内容について少し話すだけの簡単なものですから。」
それを聞いて少し安心する。試験ではないようだ。試験だったらどうしようかと思った。ダンテス神父の授業では怒られてばかりだったからな。正直なところ勉学は自信が無い。
「分かりました。では、面談はいつになりますか?」
面談というからには準備が必要だろう。いつやるのだろうか。それによっては生活費の節約が必要になりそうだ。
「面談は毎日決まった時間にやってるので、ホールで待っていてください。時間になったらお呼びしますね。」
「え?毎日やってるんですか?」
「はい。カナメさんのように遠くからやってこられた方は滞在費用が大変ですから、面談のために待たなくていいようにしているんです。」
「そうなんですね。それは助かります。」
「そうですよね~。では、あと1時間程で面談となるのであちらでお待ちください。」
うわ~⋯⋯。事務的に流された。話してる間、一度も笑顔を崩さないし。美人なのになぁ。事務的すぎて冷たいから怖さが勝ったよ。都会の人って皆こうなのかな?都会って怖い。
・面談について
ギルドの面談は、ギルド職員の人事担当が日替りで行っています。登録希望者は1日のうちに1人いるかいないか。1日中試験官として待機していると暇すぎるので、1時間程度の時間を割いています。人が来ることは稀なので、実質休憩時間です。
・カナメの服装について
カナメは戦う予定の無い日は杖や革鎧は装備していません。その辺の人と同じような服装をしています。
街や村の外に出る時のように戦闘が起こりそうな日は武装をします。とは言っても、普段着の上に革鎧を着けて杖を持つ程度です。ローブやマントは着けません。森の中に入ったら邪魔だからです。