旅立ち
カナメは急いで家に帰った。カミュのことが気になり居ても立ってもいられなくなった。
家に帰ると父が剣の手入れをしていたが、カナメの表情が硬いことに気がついた。
「カナメ、どうした。何があった。」
父の顔も強張る。
「ハインツさんから聞いたんだけど、カミュさんが行方不明になったらしい。」
「なんだと!?なにがあった。」
「分からない。ハインツさんも噂を聞いただけらしいから。ただ、この1年くらい手紙が送られてこない。この前送った手紙は届け先が無いからって戻ってきた。だから、行方不明になったことは間違いないかもしれない。」
「っ!他の奴らは!?」
「エルシャールさんも、フレインさんも、ギンガさんも一緒に行方不明らしい。」
「くそ!何やってんだあいつらは!」
父は悔しそうに吐き捨てた。
「カミュさんたちに何があったのかを知るには、傭兵ギルドに聞くのが一番早いらしい。だから俺は傭兵ギルドに行こうと思う。」」
カミュの動向を知るためには直接行って確認するのが最も早い。そう思って父に伝えたのだが、父の反応は違った。
「何馬鹿なことを言ってるんだ!ギルドに行ったところで教えてもらえるわけがないだろ!守秘義務ってものがあるんだ!それに、カミュですら行方不明になるような状況だぞ!お前みたいなひよっこが行って何になる!行方不明者が1人増えるだけだ!」
父の言うことはもっともだ。たしかにそうかもしれない。だがしかし、ここで黙っているのは弟子として不義理というものだろう。
「そんなことは分かってる!でも、俺の魔法の師匠なんだ。黙って見ているわけにはいかないじゃないか!」
「それを言ったらあいつは俺の元パーティメンバーだ!俺だってどうにかしてやりてぇよ!でもな、事はそう単純じゃねぇ。敵がどこにいるか分からねぇんだ。現役を引退して長い俺や、実力の無いお前が行ったところで何もできねぇ。」
父もカミュとは特別な間柄だ。何もできない悔しさは自分以上だろう。しかし今、父がおかしなことを口にした。
「敵?敵って何?」
「ん?あ、あぁ、傭兵だからな。行方不明になるとしたら敵にやられるくらいしか考えられないだろ?」
明らかに父が動揺している。何か知っているのか?
「父さん、何か隠してる?カミュさんたちが何と戦っていたか知ってるの?」
「いや、知らない。だがカミュたちがやられた可能性が高い。やられたのに誰もそのことを知らない。相当やばい相手だってことは分かる。」
たしかにそうだ。たしかにそうなのだが、なぜ誰かにやられたことが前提なのか。おかしい。
「父さんの言っていることは分かるよ。たしかにカミュさんが負ける相手なんて俺ではどうにもならない。でも、なんで誰かと戦ったことが前提なの?遭難した可能性もあるのに。さっきから決めつけて話してる。何を隠してるの?」
「ちっ!お前は知らなくていいんだよ!だが危険だと分かっているのにカミュを探しに行くことは許さん!」
そう言うなり父は剣を持って庭へ出てしまった。まさかあそこまで頑なに否定されるとは思わなかった。一体なんだというのだ。
深いため息をついて居間の椅子に座る。5年前、毎日のようにこの場所にカミュたちがやってきて食事を共にしたことを思い出す。あの日々はもう戻らないのか。それは嫌だ。やはりカミュを探したいし助けたい気持ちは抑えられない。
父の言う通り、カミュを探しに行くのが危険なのは分かっている。傭兵ギルドに行ったところで教えてもらえない可能性も分かっている。その場合は自分の足で確かめるしかない。自分の足で確かめるなら、仕事で移動が容易な傭兵になるのが手っ取り早いだろう。傭兵として実績を重ねていけば何かが分かるかもしれない。カミュたちが生存していれば気が付いてくれるかもしれない。万が一殺害されていれば、その仇を炙り出すことができるかもしれない。
何も考えていないわけではないんだ。考えたうえで、これが最善だと判断したんだ。人に依頼したら終わりが見えないだけに費用が嵩む。放っておいたら何も分からない。だから自分が行くしかないのだ。
「父さん、ごめん。」
誰もいない居間の中で1人呟いた。そして奥の部屋に入り、荷物の確認を始める。
ハインツの商隊は3日後に街へ戻る。可能ならば商隊に同行して街まで行きたい。街に行けば傭兵ギルドがある。まずはそこを目指す。
そのためには、まずはハインツに話をつけなくてはならない。そして必要なものを揃える必要もある。やることが山積みだ。
翌日、カナメは再びハインツのもとに来た。
「おや、カナメくん。どうしたんだいそんな難しい顔をして。」
ハインツは商人らしい笑顔でカナメを迎えた。
「ハインツさん。実は折り入ってお願いがございまして。俺を街まで連れて行ってもらえませんか?」
ハインツの顔が驚きに包まれた。
また、これを近くで聞いていた村人たちも一様に驚いている。
「は?いや、まぁ、私は問題無いのだけど⋯⋯。その、大丈夫なのかね?きみが村からいなくなると狩りに影響がでるんじゃないかい?ハヤテ殿がそれで良ければ一向に構わないのだが。」
「父には昨日話しました。気にしなくてもいいですよ。」
嘘はついていない。父にも出発までには話をつける。まだ時間はある。大丈夫だ。
「そうかい?ならいいんだけど。」
ハインツから承諾を得ることができた。今夜は再び父との対決だ。意を決して家に帰る。
しかしこの日、父は泥酔して帰ってきた。近所のアンさんが父に肩を貸していた。村に一軒しかない食事処で飲んでいたらしい。こんな状態では真剣な話はできないじゃないか。
そんなことを思いつつ父を布団の上に寝かしてから居間に戻ると、アンさんから予想外の話を告げられた。
「カナメくん。ハヤテさんね、カナメくんが街に行くこと自体は賛成なんだって。この村にずっといるよりも、もっと広い世界を経験してもらいたいって言ってた。でも、『カミュを探しに行きたいのは分かる』『俺の代わりにそうしてもらいたい』『でも今回は相手が悪い』『行けば死ぬ』そんなことをずっと話していたわ。どうすればいいのか分からなくて、私に相談してきたの。」
父も悩んでいた。しかも基本的には賛成だった。そしてやはり隠し事をしていた。父が恐れるほどの相手とは一体なんなんだ。
いや、それよりも不思議なことがある。
「父はそんな事を言っていたのですね。てっきり完全に反対されているのかと思ってました。教えてくれてありがとうございます。ところで、なぜそんな話をアンさんにしたのですか?相談してきたって⋯⋯父から誘ってますよね?」
蠟燭の薄明りでははっきりとは分からないが、アンさんの顔が少し赤くなった気がする。
「え?そ、そうね。ハヤテさんから食事に誘われて、そこで相談されたの。」
「なんでアンさんなんですか?」
「そ、それは⋯⋯。」
アンさんが急にもじもじし始めた。嘘だろ!?
「え?アンさん?え?噓でしょ?いつから?」
「⋯⋯⋯5年くらい前から。カナメくんに助けられて、そのお礼に伺った時に初めてハヤテさんとじっくり話して、その後から自然と⋯⋯。」
嘘だろ!?こっちは血反吐を吐くような地獄の訓練を受けていたってのに、その裏で何やってたんだよ!
「そ、そうですか。結構長いんですね⋯⋯。ははは。なんか、父に対して言いようのない怒りが湧いてきました。」
決めた。父がどんなに反対しても絶対に街に行く。
「あ、ちなみになんですが、アンさんは父にどんなアドバイスをされたのですか?」
「えっとね、カナメくんも成人したんだから意思を尊重してあげればいいんじゃないかって言ったわ。ハヤテさんが何と戦うことを考えているのか分からないけど、カナメくんが後悔しないようにしてあげてほしいってね。」
おお!アンさん!凄くありがたい!
「ありがとうございます。本当に助かります。でもそれ、二人きりになりたいからとかじゃないですよね?」
感謝を伝えると同時に、少し意地悪な質問をしてみる。
「そ、そんなことないよ!それに、2人きりじゃないし。」
アンはお腹に手を当てながら微笑む。
「は?え?えぇ!?ちょ、ちょっと待ってください。情報が多すぎる。とりあえず、おめでとうございます。そして、父には責任を取らせます。」
あの野郎!起きたら色々と白状させる!
「私としては、カナメくんはお兄さんになるんだからあまり危険なことはしてほしくないし、このまま村にいて欲しいんだけどね。」
「そうですね。たしかに弟か妹が産まれるのであれば村にいたい気持ちもありますが、なおさら俺が行かないといけない気がしますね。だって、子供が産まれるのに父親がいなくなるわけにいかないですよね。行くなら俺しかいないと思います。」
「カナメくんの意思は固いのね。分かったわ。私からもハヤテさんに言っておく。それで、いつ発つ予定なの?」
「ハインツさんと一緒に出ようと思うので、2日後ですね。」
「え!?それじゃ、明日が最後じゃないの!明日ちゃんと話さなきゃ!」
狼狽えるアンを落ち着かせ、夜も遅いのでアンの家まで送ることにした。
そして翌日、カナメは驚くような光景を目にした。
二日酔いから回復した父が街に出てからの当面の費用として資金を提供してきたのだ。
「カナメ、街に出たらこのカネを使え。当面はこれで食いつなげるだろう。」
「え?父さん?カミュさんを探しに行ってもいいの?」
「何言ってやがる。俺が許可しなくても勝手に行くんだろ。それに、お前も成人しているんだ。最終的にはお前の判断に任せることにしたんだよ。」
「ありがとう、父さん。ところで、昨日アンさんから聞いたけど、カミュさんたちは何かと戦っていたんでしょ?何と戦っていたの?」
「ちっ!昨日喋りすぎちまったな。⋯⋯悪魔だ。あいつらが追っていたのはな。俺のこの目を抉っていったやつだ。」
この後、父の傭兵時代最後の戦いの話を聞いた。そして、そいつが10年経って悪魔になったようであることや、街に潜伏しているかもしれないということを。カミュはそいつを討伐するために各地を転々としていたらしい。だが、突如行方不明になった。これが意味するところは、悪魔が恐ろしく強いか、傭兵4人の行方不明事件など揉み消せるほどの立場の者に寄生しているかだ。だからこそ、相手が悪すぎるというのだ。
「いいか、カナメ。相手は悪魔だ。まともに戦おうとするな。やばくなったら逃げろ。命あってこそだ。絶対に死ぬなよ。」
「うん。父さん、約束する。生きてこの村に帰ってくるって。俺も弟妹の姿を見たいし。」
「は?何言ってんだお前。そんなのできるわけねぇだろ。俺はもう40だぞ。」
「え?アンさんから聞いてないの?昨日の夜、そんなこと言ってたよ。」
「なに!?⋯⋯っ!だからアンのやつ酒を飲まなかったんだな!?って、カナメ、いつから俺らのことを!?」
「昨夜。あまりに変な状況だったからアンさんに質問して、洗いざらい話してもらった。俺が死にそうになりながら訓練している裏で随分と楽しんでいたようで。」
「い、いや、カナメ。あの時はアンも精神的に危ない状態だったからな、俺が面倒看ていただけでな。ちょ、ちょっとアンの所に行って話を聞いてくる!また後でな!」
分かりやすく取り乱した父は逃げるように家を出て行った。しかし、これで当面の生活資金が確保できた。父とアンには感謝するしかない。
それにしても、カミュの敵がまさか悪魔だったとは。伝説上の存在ゆえに、父からの話を聞いても全く実感が湧かない。だが、父からの言葉は胸に刻んでおくことにしよう。
そして、カナメが村を発つ日がやってきた。
カナメは父から譲り受けた革の胸当てを装着し、カミュから贈られた仕込み杖を手にしている。この仕込み杖、正直なところ今となっては後悔している。たしかにカッコいいとは思うのだが、実は剣としても使えることを言うのは凄く恥ずかしい。5年前の自分を呪いたくなる。だが、これもまたカミュを探すための手掛かりとして使える。カミュが生きていれば、この仕込み杖の話を聞いて姿を現すかもしれない。そんな淡い期待を抱き、恥ずかしさを抑えて持ち出すことにした。
ハインツと待ち合わせている村の入口までやってきた。ハインツは兵士と事務手続きを行っていた。
5年前、盗賊によって燃やされた兵士詰所や物見櫓は新しいものへと立て直された。以前、盗賊が襲撃してきた際に真っ先にこれらが狙われて焼き落されてしまった。その反省を踏まえて、燃えにくい木材に変えたらしい。見た目には全く分からないので本当なのか疑ってしまうが。なぜ石造りにしなかったのと聞いてみると、予算の都合とのことだった。やはり中央の役人はこの程度の村には金をかけたくないのだろう。
「父さん、たまには手紙を書くよ。カミュさんの足取りが分かったら必ず報せる。無事全てが終わったら、必ず帰ってくるね。」
「おう!待ってるぞ。その時、嫁さんの一人でも連れて帰ってきてくれると嬉しいんだがな!」
父が豪快に笑う。この笑い声とも今日でお別れだ。次はいつ聞けるか分からない。やはり寂しいものはある。
「アンさん。体には気を付けてくださいね。いつか必ず弟妹に会いに来ます。」
「うん。待ってるよ。次会う時は『お母さん』って呼んでもいいからね?」
「ははは。考えておきます。」
アンが継母になることを知ったのは一昨日だ。きっと帰ってきたときも母親という印象が無いから普通に『アンさん』と呼んでしまうだろう。だが、それでもいい。会えるのならば。
「おーい!カナメくん!そろそろ行くよ!」
父やアンさんの他に見送りに来ていた友人たちと挨拶をしていると、ハインツから呼ばれた。
「それじゃ皆、行ってきます!元気で!」
ハインツの馬車へ駆け寄る。街まで徒歩で2日の距離だという。初めての街。いったいどんな場所なのか。いったいどんな人がいるのか。楽しみである。だが、その街には悪魔がいるかもしれないと考えると、純粋に楽しむことはできないかもしれない。期待に胸を膨らませつつも、改めて気を引き締めた。
終わったー!プロローグ終わったー!この回で終わらせると思って無理やり詰め込んだから長くなっちゃいました!
実はプロローグ、これでも短くなった方なんです。本当はもう少しアンさんを書きたかった。書き始める前はプロローグにおける主要メンバーだったんです。それが書き始めてみたらこんな扱いになってしまって⋯⋯。ごめん、アンさん。
ちなみに、物語開始時点での3人の年齢は以下のとおりです。
・カナメ:10歳
・ハヤテ:35歳
・アン:23歳
他の人も考えてはいますが、必要に応じて出します。
とりあえず、今はプロローグを書き切るという目標を達成できて嬉しいです!
次回からはいよいよ街に行きます。ようやく本編で、書きたかった所に到達です。でも、既に燃え尽きてるかも⋯⋯。あと、早くヒロイン出したい。男臭すぎ。