イーノックの実力
茂みから顔を出す。周囲には何もいない。コブリンは既に離れてしまっているようだ。
後方に合図を出し、全員が茂みの外に出る。
足元を見ると複数の足跡が確認できる。足跡の向かった方向を見ると南西の方角に移動している。先ほどの索敵からそれほど時間は経っていない。まだ近くにいるはずだ。慎重に移動するように指示をして歩き始める。
陽の光が僅かにしか差し込まない森の中。カナメを先頭に音を立てないよう慎重に行く。相手はゴブリンだが、逃げられたり仲間を呼ばれたりすると面倒だ。
前方からギャーギャーゲェゲェと不快な声が聞こえてきた。標的が近づいてきた。後方を見るとイーノックの杖を持つ手に血管が浮き出ているのが見える。手に力が入っていることが分かる。
カナメの視界に緑色の小人のような姿が入ってきた。索敵した通り3匹のゴブリンだ。何かを言い合いながら歩いている。
念のため周囲を確認するが、他に生き物の気配は無い。ここで戦ってもすぐに増援が来るようなことはない。存分に戦える。イーノックに攻撃の合図を出した。
カナメの後方からイーノックが飛び出す。長身で筋肉の発達した大男が全力で走ってくる様にはとてつもない威圧感があるだろう。事実、足音に気がついて振り向いたゴブリンは硬直していた。魔物なので表情は読めないが、あの顔はおそらく恐怖で引きつっていた。
イーノックが走りながら片手で鉄杖を振りかぶる。未だにゴブリンは動けない。そこに杖が横薙ぎに振るわれる。イーノックから最も近くにいたゴブリンの首に杖が当たり、破裂するような音が響くと同時に頭が宙を飛んでいた。その光景にその場にいた誰もが言葉を失った。鈍器で首が千切れ飛ぶ。一体どんな力で殴ればそんなことができるのか。
そのようなことが頭をよぎる中、2撃目が繰り出される。振り抜いた杖を両手で持ち強引に軌道を変えると最上段に振りかぶる。そして首が飛んだゴブリンの隣にいたゴブリンの頭部に叩きつけた。再び破裂音が響くと、今度は杖が胸部までめり込んでいた。頭は左右に分かれている。
ここでようやく3匹目が動き出した。逃げようとして走ろうとする。だが、その背に向かってイーノックの杖が突き出される。イーノックのリーチを最大限に活かした突き。カナメなら届かないであろう距離にも難なく届く。杖が背に届いた次の瞬間、ゴブリンは前方へ弾き飛ばされた。もんどり打って倒れたゴブリンの体はおかしな形に曲がっている。小さく声が漏れているのでまだ生きているのだろうが、生きていると言っていいのだろうか。そのゴブリンの横にイーノックが歩み寄り、止めとして首に杖を振り下ろした。
戦闘の終わった森の中は普段の様子に戻っていた。それまでどおり鳥の声が聞こえる。今の戦闘音でも鳥は逃げなかったらしい。ということは音もさほど大きくなかったということか。
イーノックが笑顔で戻ってきた。顔や体に返り血は付いていないが、杖からは血が滴り落ちている。若干の狂気を感じる。シャオなんかは声にこそ出さないが顔が引きつっている。
「兄貴!見てくれやしたか!?」
「あ、あぁ。なんというか、凄いな。」
「ありがとうございやす!」
「どうやればあんなことができるんだ。」
目の前にはとても杖でやったとは思えない惨状が広がっている。こんなものは棍棒でないとできないのではないかとも思う。
「武器屋の店主に勧められたこいつだからできるんですよ。」
イーノックは手に持つ八角杖を見せてくる。まるで「持ってみてください」とでも言っているようだ。しかしまだゴブリンの血が滴り落ちている。正直なところ触りたくない。敢えて触らないように観察することにする。
「な、なるほどな。よく見るとそんなに太くないんだな。ん?その持ち手の部分、なんか文字が書いてあるのか?」
何やら文字が彫られているようだ。その文字の長さからすると武器の銘か、製作者名か。意外と業物なのかもしれない。
「これですか?これはフォルクスって書いてありやす。誰の名前なんでしょう?」
「フォルクス?お前、もしかして『赤髭』で買ったか?」
「あ!さすがっす!アニキが行きつけっていう赤髭部防具店で買いやした!常連だけあって分かっちゃうんでやすね。」
「あの人なんてもん作ってんだよ。こんなの扱える魔法使いなんかいないだろ。てか行きつけだとか常連だとか、誰が言ってた。」
「出張所で何人かに聞いたらすぐに分かったんで有名なんじゃないですか?」
「そうなのか?」
シャオとドミンゴを見る。
「私は分かりません。パーティーに入ってないからですかね?」
「俺は聞いたことあるぜ。みんなが雪かきをしてるときに女連れで入っていったのを見たって。みんな酒飲みながら愚痴ってたよ。」
「それ、たぶん私たちよ。カナメくんには友だちがいないから私たち以外と行くこと無いもの。」
「え?狂……じゃなくてカナメさんって友だちいないんスか?さみしいっすねぇ。」
「う、うるせぇ!放っとけ!なんで武器の話からそんな話になってんだよ!ほら、さっさと討伐証明取るぞ!」
耳まで赤くなったカナメは1人でゴブリンの死体の所へ歩いていく。それをイーノックが慌てて追いかけて行った。
「なんか、カナメさんって思っていたより普通の人なんスね。狂犬なんて言われてるからもっと怖い人なのかと思ってた。」
「それ、思いますよね。私もいくらエイミィから聞いていても信じられなかったですよ。決闘での戦い方を見てると身内にしか優しくないんじゃないかってって思っちゃうもの。」
「あんたたち、何を言ってるのよ。カナメくんが普通じゃなかったら私たちだって組まないわ。彼、基本的に争いは好まないわよ。」
「え?でも決闘で相手をボコボコにしたって聞いたんスけど。」
「あれは私の元パーティーメンバーが私を馬鹿にしてきた時に言い争いになって向こうから仕掛けてきたの。何とか怪我をさせずに降参させようとしたけど無理だったから叩き潰しただけ。その後の2人は最初の奴の報復だったんだけど、面倒だからすぐ終わらせたって感じよ。それからは決闘を挑まれても断ってるわ。」
「へぇ〜。てっきり気に食わないやつを叩きのめしてるのかと思ってた。」
「そんなことするわけないじゃない。そんな危ない奴とパーティーなんか組みたくないわ。」
「いや、そう思われている人を抑え込んでる2人は今や飼い主と調教師って言われてるんスよ。」
「はい?調教師って誰よ。」
「飼い主がクインティナさん、調教師はもう1人の女の子、名前は……なんだっけ?」
「エイミィよ。まさかエイミィちゃんが調教師だなんて……。」
「そのあだ名は最近出てきたみたいです。カナメさんがエイミィの指示通り買い物する姿が目撃されてそんな話になったっぽいです。」
「……本人たちには伏せておいてね。」
視線をゴブリンの死体の方へ向けると、2人が討伐証明を取って戻ってくるところだった。死体の状態がひどいせいで作業に時間がかかってしまったようだ。
カナメはクインティナのもとに戻るともう少し奥へ進むことを提案した。この周辺には今のところ他の魔物の存在は確認できない。よって、ここにいても仕方が無い。更に奥に行って調査を進めようというわけだ。
これには全員が賛同した。再びカナメを先頭に歩き出す。目指す場所は無いが、とりあえず南西の方角へと向かう。魔物は南へ行くほど強くなる。だが真南の方は多くの傭兵が探索している。そして西側は川沿いなので船の上から目につきやすい。つまり、南西方面が一番人の目が届いていない。このことを全員が理解していた。
時間はまだ昼前。休憩するには早い時間。一行の足取りはまだまだ軽かった。




