内覧
不動産屋を出て物件へ向かう。道すがら不動産屋の従業員と自己紹介をし合った。彼はセインといった。この街の出身で、この仕事を初めて15年になるという。趣味は東門前の屋台での食べ歩きだと言われて妙に納得してしまった。その話の流れで3人がこの街の出身ではないことを知っていろいろと教えてくれた。
この街、特に旧市街には3階建てが多い。これは土地が無いからであるが、大きな通り沿いには2階建ての建物が多い。その理由はなぜか。今まで特に考えてみたことも無かったが、言われてみればたしかにそうだった。清掃活動で街の中をいろいろと回っているが、主要な通り沿いには2階建てしかないイメージがある。共同住宅の立ち並ぶ通りくらいしか通り沿いに3階建ては無かったはずだ。これには明確な理由があるらしい。なんでも、この街の条例で主要な通りに関しては隣接する建物の階層が決められているのだという。通りに陽が当たるようにするためだ。冬場に雪が降った際に雪解けを早くするためにそのような方法が取られるようになったそうだ。それなら共同住宅のある大通りもそうすればいいのではないかと思ったのだが、その施策を始めた頃には既に3階建ての共同住宅が立ち並んでいたため手遅れだったのだ。だが、新しく建て直すときには2階建てにすることが義務付けられている。そのため、建物所有者は建て替えに消極的になり、通りに面した3階建ての共同住宅は老朽化が進んでしまった。これが今、この街が直面している社会問題とのことだ。
他にも、傭兵が家を借りることは珍しいことではないとも言われた。なにしろ費用が格段に下がるのだ。パーティー単位で借りるのは珍しいらしいが、個人ならたまに聞く話だそうだ。
そして傭兵が借りるのは大家としてもありがたい話なのだという。普通に仕事を受けている分には家賃が滞る心配は無いし、壁や床を壊されても修理費用を払ってくれるし、たとえ踏み倒されそうになってもギルドに申し立てれば補償してもらえるからだ。ギルドに申し立てた場合は多少面倒らしいが、それでも踏み倒されるよりはマシだという。
そんな話をしていると物件に到着した。元店舗と聞いていたので大きめの通りに面しているのだろうと思っていたが、それほど大きな通りではない。支部の近くとはいえ来たことの無い通りだ。周辺には雑貨屋や家具屋が軒を連ねており、中には店の外で鞣した革を裁断している職人もいる。おそらく職人街の端の方だ。
「こちらが物件となります。見ての通り、隣の家と繋がった長屋タイプの建物です。」
通りから5段ほどの石階段を上った所に玄関がある。元店舗というだけあり玄関ドアに看板が張ってあった跡がある。両側の家は店舗なのだろうか。看板のようなものが見える。
「両側は何のお店なんですか?」
「詳しくは存じませんが、雑貨屋と宝飾品店だったと思います。この辺りは傭兵ギルドから卸された素材をもとにして作られた物を売る店が多いんです。もちろん製作所もあります。こちらの長屋にも何軒か製作所がありますよ。」
「なるほど。だから外で作業している人がいるんですね。」
製作所があるなら物によっては直接持ち込んでも良さそうだ。基本的には使い道がないからギルドで売ってしまうのだが。
セインは懐からドアの鍵を開けて中に入っていく。後をついて行くとガランとした空間が広がっていた。面積としては20㎡程度か。元店舗ゆえに家具は無く備え付けの棚もない。暖炉がある程度だ。何も無いがゆえに広く見える。
セインが木窓を開けて明かりを入れながら説明を始める。
「こちらは建物の構造としては木造ですが、1階部分だけは耐久性を考慮して石造りです。石の壁では生活しにくいので内装は見ての通り木の板で覆っています。」
窓を開けたことで外の音が聞こえてきているが、建物の下地が石なのであれば普段はあまり音が聞こえないだろう。通りに面しているから少し不安であったが杞憂だったようだ。
部屋の奥の方には扉がある。これが図面にあった物置のような部屋だろう。念のため開けて中を見てみる。鎧や槍を置くスペースとしては十分だ。だが、1つ気になることがある。
「この物置の奥に扉がありますけど、あそこって間取り図に無かったですよね。開けてもいいですか?」
「お、いいところに気が付きましたね!ぜひ開けてみてください。そこはこの物件の最大のおすすめポイントです。」
セインはにこやかに勧めてくる。相当自信があるのだろう。その言葉に少しだけ期待を抱き、ドアノブを捻り開けてみた。
そこは外に繋がっていた。四方を建物に囲まれたその空間は石畳が敷かれている。石畳のすき間からは草が生え、建物の壁には蔦が這っている。だが、最も目を引いたのは、この空間の中央にある井戸だった。
「そこはこの建物に住んでいる人専用の井戸なんです。住人専用ということでこの空間の維持管理も自分たちでやらないといけないので草とかは生えてしまっていますが、非常に便利です。」
「これは凄いですね。オススメというのも納得です。でも、建物専用と言っても、かなり数が多くないですか?」
「その通り。この建物は四角くなっていて真ん中が空洞になっている構造なんです。一辺に5戸だから全部で20戸の家が使います。」
「専用と言ってもそこそこ数が多いですね。」
「それでも、通常の井戸よりは使う人は少ないですよ。それに見てください。井戸の周りには洗濯専用の場所が作られているんです。」
「たしかに。気が利いた作りですね。」
「おっしゃる通りです。」
想像していなかった空間に少し驚いたが、これはたしかに便利そうだ。この空間があれば朝の訓練もしやすい。石畳なので足元が滑りやすそうだが、そういう練習だと思ってやればいい。なんとなく住んだ時の生活が頭に浮かぶ。
「クインさん!私、ここがいいです!」
興奮気味のエイミィの声が聞こえた。後ろを見ると目を輝かせたエイミィがクインティナの手を握っていた。
「ちょっと、エイミィちゃん?まだ上の階を見てないわよ?」
「でも、裏庭があって井戸があるじゃないですか!」
「そうだけど、こういうところって高いのよ?」
「怪我が治ったらバリバリ仕事しますので大丈夫です!」
「えぇ〜……。」
クインティナが押されている。こうなったエイミィは簡単には落ち着かない。どうしたものか。
悩んでいるとセインが声をかける。
「エイミィさん、一度上に行って話しましょう。ここでは声が響いてしまいます。あと、金額の話はまた後でしますね。」
これによってエイミィは少し落ち着いた。身内から言われるよりも効くのだろうか。
「じゃあ早く上にいきましょう!」
エイミィが急いで中に入っていった。その後ろ姿を見送りクインティナを見ると目が合った。口元が動いた。「どうする?」と言っているようだ。個人的にはアリだと思っているが、やはり金額が分からないとなんとも言えない。分からないという意思を込め、両手を挙げて首を振る。これを見て軽くため息をつかれた。どう答えるのが正解だったんだ。
とりあえず中に入るとエイミィは既に2階へ上がっていた。上からエイミィの感嘆の声とセインの説明するような声が聞こえる。
2階へ上がるとそこは仕切りの無い1つの部屋になっていた。暖炉があり、竈がある。居間と台所が1つになっている。広さは物置が無いぶん1階より若干広い。ただ、この部屋で特筆すべきは家具がある点だ。ダイニングセット、絨毯、ソファー、ローテーブル等が整然と配置されており、埃一つ無い。かなりしっかりと管理されていることが伺える。
「前の住人が大きい家具を置いて退去されましたので、そのままお使いいただけます。多少テーブルや椅子に傷があるので、気に入らなければ処分していただいて構いません。」
エイミィが椅子に座って机に突っ伏している。肩は痛くないのだろうか。
「家具をそのまま使えるのはいいですね。初期投資が少なくて助かります。エイミィ、身体に障るからその態勢はやめとけ。」
注意を受けて勢いよく姿勢を正した。その時の衝撃が響いたのか少し肩を痛そうにしている。
2階に関しては他に見るべきものも無かったので、室内をある程度確認したら3階へ上がった。
3階は階段を登った先に部屋が2つあった。通り側と裏庭側だ。それぞれ扉を開けてみると小さめの部屋になっていた。こちらはさすがに家具は置いていなかった。
「実はこの階、以前は片方の部屋だけ商品をしまう部屋にしていたらしいですよ。だから部屋が分けられていて扉もついているんです。」
なるほど。言われてみればたしかに3階には暖炉が無い。部屋として使うことが想定されていなかったのだろう。
「この階には暖炉が無いですが、これで冬場は大丈夫なんですか?」
「それは問題無いです。下の階で暖炉を使いますよね。そうすると暖気が上に上がってきて自然と暖かくなるんです。ドアを閉めちゃうと寒くなってしまうかもしれませんが。」
そういうことか。理解できた。それなら問題なさそうだ。
エイミィは先ほどからずっと同じようなテンションで部屋を見ている。個室も確保されていることから気に入っているようだ。
それとは対照的にクインティナは難しい顔をしている。それはそうだろう。これだけの好条件だ。絶対に高い。
意を決したようにクインティナが質問する。
「たしかに、この家がかなり好条件だということは分かりました。でも、これだけの物件です。家賃は相当高いのでは?」
「それが、そうでもないのです。ここは300,000ルクです。」
「え?てっきり500,000くらいするかと思ってました。なんでそんなに安いんですか?」
「理由はただ1つ。古いからです。ここに来るまでに話した老朽化問題。それに該当する建物なんです。」
「なるほど。古いから値引きをせざるを得ない、と。そこに条例の話もあるから強気の金額にできないわけね。」
「おっしゃる通りです。今ならこの額でお貸しできます。いかがですか?」
「僕はありだと思います。このまま決めちゃってもいいんじゃないでしょうか。なにしろ、1人はあんな状態ですから。」
エイミィは1人で3階の木窓を開けて外を眺めている。少し羨ましいので後で見せてもらおう。3階からの景色なんて見たことがないから見てみたい。
「はぁ〜。そうするしかないようね。たしかにここはいいと思うわ。老朽化が問題だと言っていたけど、見た感じ致命的な老朽化は無さそうだし。仕方ないか。全員が納得できるならそれが一番だものね。」
「ありがとうございます。それでは、店に戻って書類を作りましょう。」
セインは今日一番の笑顔でクインティナを下の階へと促した。しかし彼はまだ知らない。この後、クインティナと激しい家賃交渉を行うことになることを。




