物件探し
話は終わったとばかりに外へ行こうとするクインティナに声をかけ引き止める。
「クインさん、ちょっと待ってください。家を借りるのであれば僕らの要望を聞いてください。」
「ん?後じゃだめ?」
「ダメです。先に言っておかないと変な物件に連れて行かれそうな気がします。」
「そんなことしないわよ。」
「分かってます。でも、どこの不動産屋に行くか考えないといけないですから、先に方針が決まっていたほうが探しやすいですよ。」
「たしかにそうね。なにかある?」
「僕からはいくつか。まず、南街は避けてください。」
「南街を?なんで?討伐系の仕事をするなら南街の方が便利よ?」
「スコットは『レオを最近見なくなった』という情報を南街西側で得ています。レオの逃げた先も南街西側です。それに、あんな見た目のやつが南街以外にいたら目立ちます。南街はあいつが潜伏するのに適してるんです。だから、あいつは南街西側に潜伏している可能性が高いと思います。その潜伏先と地続きの南街東側も安心できません。」
「なるほどね。それは考慮したほうがいいわね。他には?」
「僕と2人が別の部屋になるようにお願いします。」
「そういう話だったものね。後は?」
「近くに洗濯屋があること。」
「自分で洗濯しないの?」
「あの便利さを憶えたら離れられませんよ。今や全部の服を洗濯してもらってますからね。」
「そんなことしてるからお金が貯まらないのよ。」
「ぐっ……。」
「他にまだある?」
「後は無いです。」
「そっ。じゃあエイミィちゃんは?」
「私は支部の近くに住みたいです。馴染みのお店もありますし、仕事も受けやすいです。なにより、何かあった時に助けを呼びやすいじゃないですか。」
「それはそうね。南街がダメならそうなりそうよね。」
「あとは裏庭があって井戸があってごはん屋さんの近くですね。」
「それは難しくない?」
「 望むだけならタダです。クインさんはどうなんですか?」
「私?私は自分の机と布団とタンスがあればいいわ。本当は南街が良かったけど、仕方ないものね。」
「クインさん、欲無さすぎ……。」
方針が定まると3人は宿を出た。各自の要望を出したことで家を探す地区が決まった。ギルド支部周辺の旧市街だ。
ギルド支部周辺は傭兵が多く住んでいる。家を長期間空けることが多いので宿を家代わりにしている者が多く、それが一般的だ。家を借りる者は家族のいる者だったりパーティーの拠点を作りたい者くらいだ。パーティー全員が同じ家に住むのは珍しい。それは通常のパーティーが5人程度であるせいで、家の中に収まらないからだ。カナメたちの場合は少人数だからこそできる荒技ということになる。
街の中の不動産屋はそう多くない。土地が限られているため新規物件が無く新しい不動産屋ができないせいだ。もはや既得権益と言っても過言ではない。それゆえに1つの店舗で扱う件数も多い。カナメたちの入った旧市街東側の不動産屋もそのような一軒だった。
店内に入るとカウンターがあり、その奥で何人かの従業員が事務仕事をしている。壁に備え付けられている書架には帳簿類が並んでいる。背表紙がボロボロになっている物もあれば埃をかぶっている物もあり時の流れを感じる。
ドアを開ける音に気がついて奥から恰幅のいい男性がやってきた。妙に息づかいが荒いのが気になる。
「こんにちは。今日はどうされましたか。」
男性はカナメを見て挨拶をしてきた。だが、この場はリーダーであるクインティナが対応することになっている。
「3人で住める家を探してるんです。」
クインティナが発言したことに少し驚いていたようだったが、すぐに笑顔を見せてクインティナと話し始める。
「3人でですか。具体的にどんな家がいいとかご希望はございますか?」
「傭兵ギルド支部の近くで、男女別々の部屋で、裏庭と井戸があって飲食店と洗濯屋が近くにあるような家です。」
これを聞いた従業員の顔が一瞬にして曇る。
「それはちょっと難しいかと……。」
「大丈夫です。分かってますから。彼らの要望を全部詰め込んだだけですので。今言った中で何とかなりそうなものはありますか?」
従業員の顔に笑顔が戻る。コロコロと表情の変わる人だ。見ていて面白い。
「そうですね。自宅専用の裏庭と井戸というのは難しいです。男女別々というのもできなくはないですが家賃が上がりますね。これらが満たせる家となると門外にしかないです。その場合は傭兵ギルド支部は遠くなりますしお店もなくなります。」
「やっぱりそうなりますよね。男女別々の場合の家賃ってどのくらいになりますか?」
「ちょっと待ってくださいね。資料を持ってきます。」
奥の書架から紐で結われた分厚い資料を持ってきた。パラパラとめくり始める。中には住所や家賃、簡単な間取り図が書かれている。余白には走り書きされたメモもある。遠くて正確には読めないが日付や注意事項が書いてあるようだ。
「傭兵ギルド支部の近くで複数の部屋がある物件なら何とかありますね。家賃は200,000ルク前後といったところでしょうか。」
「その額なら何とかなりそうね。」
たしかに問題無い。今の宿が1日5,000ルクだ。1カ月間泊まるとすれば150,000ルクになる。他の2人が泊まっている宿の金額は知らないが、同程度だと考えるとかなりの余裕があると思われる。この1点だけをみてもパーティーで家を借りることのメリットとしては十分だ。これならすぐにポーションを買える。買い貯めることもできる。
「該当する物件をピックアップするので、気になる物件があれば見に行きましょう。とりあえずその辺りだとあまり広い所は望めないです。いかんせん古い地域なので土地が無いんです。だからどうしても上に伸びてしまうんです。その中で複数の部屋があることを前提にすると限られてきます。」
資料の綴り紐を解いて何枚か抜き出した。
1枚目は最も安い物件らしい。支部から新市街側の少し離れたところにあるがギリギリ旧市街という立地。3階建ての2階と3階部分。各階1部屋の計2部屋である。2階の部屋に竈や暖炉があるようなので、ここが共有スペースになるはずだ。思っていたのと少し違うが悪くない。
「この家ならば男女分かれて生活できます。下の部屋に衝立を立てれば大丈夫です。上の階も同様に衝立を立ててもらえば分けられます。ちなみに1階は雑貨屋です。」
可もなく不可もない感じだ。一応要件は満たしている。それにしても、3階建てか。部屋は少し手狭だけどワクワクしてしまう。故郷の村には2階建て自体無かったからな。久し振りに田舎者の血が騒ぐ。
「悪くないじゃない。」
「私は嫌です。」
意外にもエイミィが断ってきた。
「これだと、部屋が個室になってないです。」
「……え?衝立じゃ嫌ってこと?」
「はい。」
「衝立で仕切ってあるのは普通だと思うんだけど……。」
「普通なんですか?私の家ではそんなことなかったです。」
「エイミィちゃん、実家では個室だったんだ。」
「はい。だから夜中に黙って出てこられたんです。」
「そういうことか。あのね、普通は部屋を衝立で仕切って目隠しする程度なのよ。それすらしない家もあるわ。そうよね、カナメくん。」
「え?都会のやり方なんか知らないですよ。うち、田舎だったんで。父さんと2人だったから深く考えたことないです。でも、たしかに衝立すらなかったですね。でもこれって家族だからじゃないんですか?パーティーだとそうもいかないと思いますが。」
「家族じゃなくてもそういうものなのよ。それに、『家族みたいで面白そう』って言ったのはエイミィちゃんなのよね。」
「たしかに言いましたけど、私の考えていたのと違ったんです。」
「そう言うけどねぇ……。」
クインティナとエイミィが意見を交わしている状況にいたたまれなくなった従業員がおどおどしながら間に割って入る。
「ま、まぁまぁ2人とも、まだこれは最初の物件ですから落ち着いてください。そちらのお嬢さんが仰るような物件もちゃんとありますから。」
いくつかの資料を纏めて横によける。そして1枚の資料を見せてくる。
「これはどうでしょうか。3階建ての物件です。元は1階に店舗、2階から上が住居でした。3階にはちゃんと2部屋あります。これならそちらのお嬢さんの言った要望に近いですよ。」
間取り図を見ると1階は何も無い空間になっているようだ。奥の方に大きめの物置があるのは商品を入れておく倉庫だったのだろうか。2階には暖炉と竈がある。どう見ても居間と台所だ。3階は小さめの個室が2つ。扉がある。
「これだとカナメさんの部屋が無いです。」
「俺は1階で十分だ。1階と3階で距離が離れていれば同じ家に住むと言っても気にすることはないしな。」
「なるほど。お兄さんは男女で同じ家に住むのが気になっているというわけですね。そういえば、皆さんはどういうご関係で?今の話を聞くとご結婚されたというわけでもなさそうですが。」
これを聞いてクインティナは無表情なのに対しエイミィが顔を赤らめている。勘違いされて恥ずかしいのだろう。
「私たちは傭兵でして、パーティーメンバーなんですよ。1つの所に集まっていた方が都合がいいので、それならいっそ借りてしまえば節約にもなるからちょうどいいということでこうして借りることにしたんです。」
「なるほどなるほど。承知しました。そういうことであれば、後ろのお2人の心配は理解できました。それならば、やはりこの物件はお勧めですね。実は、ギルド支部と目と鼻の先なんですよ。この建物は少し裏の方にあるんですが、歩いて5分ほどの距離です。ここで話していてもなんですから、ちょっと見に行ってみましょう。」
そう言って奥に下がって鍵を持ってきた。カウンターの上の資料を簡単に片付け、必要書類だけ持って3人を先導するようにして外に出た。その体型からは想像できないくらい機敏に動いている。その姿が妙に面白い。思わず笑いそうになってしまった。




