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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第二章 悪魔憑き
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実験

 襤褸を纏ったレオが走る。早朝の路地裏に走る靴音が響く。その音は何かから逃げるもののように聞こえる。息遣いも荒く、かなりの距離を走っていることがうかがえた。

 レオは後方を確認し誰もいないことが分かると立ち止まった。その場で襤褸を脱いでその辺に投げ捨てようとして思い留まる。靴も脱がねば意味が無いことに気がついた。靴は血で汚れており、今も内部には血が溜まっている。靴から血が漏れたら襤褸を脱いだ意味がなくなる。急いで靴を脱ぎ、襤褸で足についた血を拭き取ったら靴もろとも道端に投げ捨てた。

 素足のまま再び走り出す。石畳の硬さが直接足の裏に伝わる。路面に落ちている小石を踏み痛みが走る。そのようなことは気にしていられない。また遠くから追手の声が聞こえてくる。急いでその場から離れた。

 路地裏を複雑に曲がり追手の気配を感じなくなった。そこでようやく走るのをやめて歩き出す。

 現在の住居である長屋に着いた。周囲を確認して部屋の中に入る。暗く甘い匂いのする部屋の中にあるベッドに座り一息つく。先ほどの襲撃を思い出す。もう少しだった。もう少しで殺れた。前にも食ってかかってきた生意気な女が邪魔したせいで失敗した。腹立たしい。

 気分を落ち着けつけるために棚の中に入れていた薬の匂いを嗅ぐ。最近では火で炙らないと効果が出ない。竈の火で軽く炙って煙を吸う。頭がスッキリする。


「それにしても、あいつバケモンかよ。最近剣の威力が上がったのに余裕で受けやがって。躊躇なく足を貫いてきやがるし。もっとやり方考えねぇとな。」


 改めて棚を見る。薬の残量が少なくなっている。使用頻度も上がっている。このペースだとすぐになくなりそうだ。買い足しに行こう。

 棚の別の段を開けて金を出す。こちらも残りが心許なくなってきた。そろそろ仕事をしなくては。だが、何をしようにもあいつらが邪魔をする。何もできないのはあいつらのせいだ。排除するのが優先だ。

 長屋を出て周囲を見回す。警備隊や兵士のような者がいないことを確認して路地裏を歩き出す。この辺りは傭兵が道の清掃を行わない。そのせいでとにかく道が汚い。家に置いてあった予備の靴が汚れないように気をつけて歩く。

 人がすれ違うのがやっとというくらいの細い路地裏の奥へ奥へと進む。道端で座り込んで呻いている男の前を通り過ぎると、その近くにある建物の中に入る。

 中には白衣を着た男が机に座っており、奥には薬研や乳鉢などの道具と何かよく分からない植物の根が置かれている。ドアが開いたことに気がついた男が振り返る。


「おや?レオさんじゃないですか。どうしたんですか?」

「どうもこうもないぞアイゼン。薬がなくなりそうなんだ。追加してくれ。」

「もうなくなったんですか?ペースが早すぎます。どんなにいい薬でも気をつけないと体を壊しますよ?」

「分かってる。だがこの薬で落ち着かないと怒りでどうにかなりそうなんだよ。殺したくて殺したくて暴れそうになっちまうんだ。」

「なるほど。薬でも衝動が抑えられなくなってきたんですね。そうなると厄介ですね。」

「なぁ。どうすればいい?」

「困りましたね。そうなると薬だけじゃだめかもしれないです。」

「おい、話が違うじゃねぇか!この気持ちを抑えられるって話だったから金払ってんだぞ!」

「落ち着いてください。実際、試してみて抑えられたから今後も使うことにしたんじゃないですか。それでも効かないってことは、きっとあなたの気持ちが強すぎるんです。そうなると薬だけじゃダメなんです。」

「ふざけんな!それなら諦めろっていうのかよ!」

「そんなことは言っていません。こういう場合は、薬と併用して先生に診てもらうんです。」

「診てもらう?」

「そうです。先生に相談するんです。そうするとあなたの悩みが解決できますよ。ちなみに先生の予定は、と。」


 アイゼンは手元の資料をパラパラとめくり始めた。指で表のようなものをなぞる。


「お、レオさん。あなた運がいいです。今なら先生の予定が空いてます。今すぐ会いに行きましょう。」

「え?今から?」

「そうです。このままじゃ心配なので今すぐ相談してみましょう。快方に向かうかもしれませんよ。」


 そう言うとアイゼンは外出の準備を始めた。まだ行くとは一言も言っていないのに。

 戸惑うレオを他所に支度を終えそそくさと外に出てしまった。仕方なくついて行く。早足で路地裏を歩いて先に行ってしまう。何とかついて行くと大きめの通りを渡り収容所方面へ向かう。


「おい。どこまで行くんだよ。収容所なんか行きたくないぞ。まだ捕まるわけにはいかねぇんだよ。」

「まるで何かしてきたみたいな言い方をしますね。大丈夫ですよ。もうそろそろ着きます。」


 アイゼンの言うとおり、先生と呼ばれる者のいる建物にはすぐに着いた。何の特徴も無い、通り沿いにあるごく普通の共同住宅の2階だった。

 アイゼンは玄関ドアを5回ノックする。屋内で人の気配がする。

 しばらく待っているとドアが開いた。赤い短髪の若い男が顔を出す。目つきが鋭い。チラリと見られただけなのに睨まれたように感じる。


「なんだ。アイゼンか。急に何の用だ?」

「すいませんボラスさん。ちょっと診てもらいたい人がいまして。」

「ん?その男か?」


 ボラスがレオに目を向けた。アイゼンが肯定する。


「はい。彼は例の薬の協力者の一人なんですが、あまりいい状態じゃないようなんです。」

「そうか。じゃあ中に入れ。」


 ボラスがドアを大きく開いて室内に通される。

 室内に入るとすぐに応接セットが置かれている。革張りの高級そうな茶色のソファーと木製のローテーブルだ。この南街西側にこのような物を置いていて大丈夫なのかと心配になる。

 ここで案内をしてきたアイゼンは別室へ移動した。

 ボラスがソファーに座るのを見てレオも座った。


「それで。お前、名前は何という?」

「あ、はい。レオです。」

「レオ、薬を使っても良くならないということだが、どんな状態なんだ?」

「なんというか、ある傭兵に対する怒りが抑えられなくなっているんです。」

「その傭兵との間に何があった?」

「決闘をして負けました。大勢の傭兵が見ている前で一方的に。延々と、気を失うまで。骨折も1箇所や2箇所ではなかったです。このことがきっかけで自分は傭兵を辞め、全てを失いました。」

「なるほどな。だから復讐したくてたまらないということか。」

「その通りです。でも、あいつは強い。今日も仕留め損ねました。」

「今日も?」

「あ――!……はい。さっき、抑えきれなくなって南門前で……。」

「はぁ……。何をやっているんだきみは。」

「でも!俺は誰も殺してない!殺れなかった!」

「そういう問題じゃないんだよ。」

「それに、妙な感覚がしたんだ。襲う前から誰かの声が聞こえていた気がしたし、途中で俺じゃない誰かが体を動かしてるような感覚もあった。傭兵だった頃に念のためにと持っていた。ポーションも気がついたら使ってた。あれは売るつもりだったのに……。」


 この時、ボラスの鋭い目が更に鋭くなったような気がした。口に手を当てて何かを考えている。


「ほぅ?誰かの声が聞こえて、誰かが体を使ってるような気がした、と?」

「そ、そうだ。だからどうやってあの場から逃げたかよく憶えてないんだ。」

「なるほど。これは面白いな。レオ、きみはしばらく経過をみる必要がある。しばらくここに通ってくれ。」

「通うって、そんな金は無いぞ。それに、俺はさっき人を斬ってるんだ。」

「それもそうだな。では、こうしよう。研究を手伝ってもらえれば治療費は免除してやる。」

「いいのか?」

「もし警備隊に見つかったら脅されたとでも言うさ。それに、今のきみは予断を許さない状態だ。このまま警備隊に突き出したら心が壊れるぞ。」

「……。分かった。で、何をすればいい?」

「それはまた明日説明する。まずはこの薬を使ってくれ。まぁアイゼンが渡してるのと同じだがな。」


 ボラスはレオに薬を渡して帰らせた。帰り際、レオはボラスに何度も感謝を述べていた。

 奥の部屋からアイゼンが出てくる。少し不安そうな顔をしている。


「シュメール様、よろしいのですか?」


 ボラスのことをシュメールと呼んだ。


「自分で連れてきておきながら何を言っているんだ。」

「そうなんですが、あの者は短絡的で自己中心的です。手元に置くには信用ができません。」

「だからいいんじゃないか。今も俺に感謝していたぞ。あぁいうやつは利用しやすい。いずれ切り捨てるならその程度の方がいい。我々『選定の円卓』の礎になってもらう。」

「承知しました。シュメール様がそのおつもりなら私もこれ以上は言いません。ただ、これだけは憶えていてください。あの者が決闘で負けた相手はアルベルト様と戦って生き延びた者です。ご注意ください。」

「ほう。アルベルトとやってそれは興味深いな。そうなると、あいつの復讐とやらは難しそうだな。」

「おっしゃる通りです。」

「まぁそんなことは知ったことではないがな。しばらくは様子をみるぞ」


 シュメールはソファーから立ち上がり机の上に置いていた資料を確認する。そこには新薬の被験者の一覧が書かれており、何名かの名前が消されている。名簿にはレオの名前も記載されていた。備考欄には簡単な人物情報が補足されている。その備考欄に追加情報を書き足す。

『兆候あり。要観察。』

 他の人物には無い書き込みを行うと、シュメールは口の端を僅かに上げた。

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