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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第二章 悪魔憑き
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エイミィの休日

 宿屋の清掃が始まる頃、エイミィは布団の中でもぞもぞと動き出す。起きようとするが眠気が勝り布団から出られない。右に左にと何度も寝返りをうっているうちに掛け布団ごとベッドから落下する。掛け布団がクッションとなり痛みはなかった。むしろ床の上の掛け布団の上で寝るという新たな感覚を心地良く感じてしまう。再び眠りに落ちそうになる。それを必死に抑え込み掛け布団の上に座りベッドに寄りかかる。

 今日の予定を思い出す。今日は友だちと食事に行く日。昼食を共にするだけであるが、エイミィにとってはこの街に来てからできた初めての友だちである。大切にしたい。

 待ち合わせは中央広場。落ち込んでいる姿をカナメに見つかった場所だ。あの時から、自分は変わった。無能だと言われていた日々から抜け出すことができた。カナメには感謝しかない。

 思考が別の方向に飛んでしまったが、あの場所は自分にとって思い出深い場所だ。まだそれほど時間が経っていないこともあり記憶が鮮明だ。あの場所を思い出すとついつい考えてしまう。思考が飛んでしまうのは仕方がないのだと自分を言い聞かせる。

 待ち合わせ時間を思い出す。たしか12時の約束だ。大丈夫、まだ朝だ。待ち合わせ場所まで歩いて20分ほど。支度をしてから出ても時間に余裕がある。あれ?でもさっきから外が騒がしいような。この感じは掃除をする音だ。たしか掃除は11時からだったような……。


「んにゃーーー!!!」


 覚醒した。目を大きく見開き叫ぶ。その声は宿全体に響き渡る。

 まずい。寝坊した。今からだと支度の時間が無い。化粧は諦めるしかない。着替えは?着替えはする。顔も洗う。寝癖も直す。よし、急げ。

 部屋に用意してある桶に水を注ぎ顔を洗った後、その中に頭を突っ込んで髪を濡らす。髪が長い時は寝癖など髪を梳かせば直るようなものだったが、短くしてからはそうもいかなくなった。短髪の唯一のデメリットではないか。こういう時だけは長髪が羨ましくなる。

 髪をタオルで拭くと寝間着を脱いで着替える。最近少しきつくなってきたシャツを着て、ズボンを履く。スカートは持っていない。故郷にいる頃は着ていたが、そんなに好きではなかった。だからこそ今はスボンしか持っていない。

 部屋を飛び出して階段を駆け下りる。受付で帳簿類のチェックをしている女性から声をかけられる。


「エイミィさん。建物内では静かにしてくださいと何度言ったら――!」

「ごめんなさい!今は時間が無いんです!」


 宿屋を飛び出し通りを走る。通行人が飛び出してきたエイミィを見て驚いている。だが今はそれを気にしている余裕は無い。受付の時計を見たら11時50分だった。走ればなんとか間に合う。

 柔らかな日差しに照らされた石畳の上を駆ける。空は青く雲一つない。遠くに見える教会の塔が青い空によく映え美しい。あの塔は中央広場にある。とにかくそこを目指す。行き交う人々にぶつからないように体を傾けたり、通行人の視線から動きを読んで動いてみたりして通りを駆け抜ける。

 中央広場に着くと目当ての友だちは既に来ていた。金色の髪を後ろで束ねた細身の女だ。噴水前のベンチに座っている。


「シャオ!ごめん!待った?」


 ベンチの手前で減速して声をかける。普段、カナメの指示通り走るようにしているおかげで息は切れていない。汗も出ていない。上手く取り繕えているはずだ。


「ううん。大丈夫。私もさっき来たところだから。ところでエイミィって普段から化粧してないの?」

「ははは……。めんどくさくて。仕事中はしないから慣れちゃってるのんだよね。」


 本当は寝坊しただけなのだが適当なことを言って誤魔化す。


「まぁいいけどさ。私もほとんどしてないし。この仕事やってると化粧なんてする機会が無いから気にしなくなるのも分かるよ。でも、女の子なんだから仕事の無い時くらいは綺麗にしておかないとダメだよ。」

「そうだよね。次はお化粧してみるよ。」


 シャオは2等級の傭兵である。出会い自体は単純なもので、一月ほど前にエイミィが1人で野良パーティーでのゴブリン討伐に臨んだ時だった。この時のパーティーは男3、女2の混成だった。そのもう1人の女傭兵がシャオだった。同性で同等級ということで仲良くなるのに時間はかからなかった。

 彼女は細身の体格なのにメイスを振っていた。曰く、刃物を扱う技量が無かったため仕方なくメイスを使うことにしたのだとか。エイミィでは振ることができないと判断された武器を軽々と扱っていることが羨ましく見えた。もっともそれは最初だけで、メイスを使って倒した魔物の死体の凄惨な状態を見ると槍にして良かったと思えた。

 仕事も特に問題なく終わり、報酬分配後に男たちを置いて2人で食事に行った。そこで分かったのは、シャオとエイミィは似たような境遇だったことだ。親に反対されて夜逃げ同然でこの街に来たらしい。知らない人と結婚させられそうになったから逃げ出したのだそうだ。この話が決定的だった。2人は意気投合し、互いに仕事の無い日は食事に行くことにしたのだ。もっとも、今回が初めてなわけだが。


「じゃあご飯食べに行くよ!今日は西門側のお店に行こう!」


 シャオが鼻息荒く提案してきた。

 考えてみると、街の西側には行ったことがない。南街西側には行ったが、あれは別物だ。


「西側行ったことが無いから気になる!どんなのがあるの?」

「西側はわりと綺麗なご飯屋さんが多いよ。北側とは違って高くないから私たちでも行きやすいの。でも、やっぱり1人だと入りづらいお店もあるんだ。だから、今日はそのお店に行きたいの。」

「私はお店がわからないからお任せしちゃうね。楽しみだなぁ〜。」


 まだ見ぬ食事のことを考えて思わず顔が綻ぶ。


「いい顔するねぇ。期待通りのお店であるといいね。まぁここで話していても仕方ないから、とりあえずお店の方に行こっか。」


 シャオが促して移動を始める。ちょうどその時、教会から12時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 シャオの行きたかった店は新市街の西門へ続く通りから一本入った所にあった。清掃の行き届いた店内は明るく、オープンテラスで食事をしている人は若い女性かカップルが多い。店内に入ると肉を焼く匂いに加えて甘い匂いが漂い食欲をそそる。


「ここよ。噂だとご飯も美味しいけど、デザートが別格らしいんだ。」

「たしかに、この匂いはただ者じゃない感じがする。」


 店の従業員に案内されてオープンテラスの席に座る。そのまま店イチオシというセットメニューを注文した。


「そういえばエイミィに聞きたいことがあったんだ。」


 店員がいなくなってからすぐに話を切り出された。余程気になっていたのだろうか。


「エイミィのパーティーって、ぶっちゃけどういう関係性なの?」

「んん?どうって言われても、普通だよ?」

「あ〜ごめん。聞き方が悪かった。その、外から見てるとさ、あのカナメって人が完全にリーダーの尻に敷かれてるように見えて。エイミィはその横で見守ってるお姉さんみたいだから不思議なんだよね。」

「そういうことね。う〜ん……。私からすると頼れるお姉さんとお兄さんって感じかな。私は兄弟はいないからよく分からないけど、いたらこんな感じなのかなって思うときはあるよ。でも、言われてみたら確かにカナメさんがクインさんに怒られてることは多いかも。」

「不思議よねぇ。あんなに強くて怖いのに、あの人には頭が上がらないみたいなんだもの。」

「え?カナメさんは怖くないよ。むしろすごく優しいよ。」

「そうなの?だって決闘の時に戦ってるの見たけど、容赦なかったじゃない。」

「あの時いたんだ。じゃあ見てて分かったかもしれないけど、あの決闘の時、カナメさんは凄く怒ってたんだ。やりすぎないように注意されてたんだけどね。結局やりすぎちゃった。でも、普段は優しくて私たちも怒られたこと無いんだよ。」

「へぇ~。意外ね。あの狂犬がそんな人だったなんて。」

「その狂犬っていうの、本人の前で言わない方がいいよ。凄く嫌がるから。前にふざけてクインさんが言ってみたら泣きそうな顔してた。」

「あなたのとこのリーダー、結構酷いわね。」

「さすがに私も注意したよ。カナメさん、本当に泣きそうだったんだもん。」

「でもそれってパーティー内だったからじゃないの?他の人が言ったら怒らない?」

「怒らないと思う。嫌な顔はするだろうけど。あ、ちなみに私たちが飼い主扱いされ始めてるって本当?」

「あ、それは本当。最近狂犬の話が出ると飼い主って言葉も聞くようになった。」

「なんてこと……。早く何とかしないと。」

「そんなのどうにもならないでしょ。ほっときなさい。ところで、あなたたちのパーティーって、加入条件あるの?」

「条件?」

「そう。例えば女の子だけとか、下位の等級だけとか。」

「なに?入りたいの?」

「ん〜まぁ、端的に言えば?今の話聞いた感じだと恋愛関係にあるとかなさそうだし?狂犬もいい人そうだし入れる余地はあるかなぁと思ってみたり。」

「それは難しいと思う。カナメさん、年末から男を入れたいって言ってるから。」

「そうなの?なんで?」

「今のメンバー構成でよく男女関係のいじられ方をされて面倒みたい。せめてもう1人いればそんなこともなくなるのにってよく言ってる。」

「そうかぁ。だめかぁ。早くどこかのパーティーに入らないとなぁ。」

「シャオには尊敬してる先輩とかいないの?」

「いないなぁ。男は変な目で見てくるやつが多いし、女の傭兵は中々会えないし。あれ?もしかしてエイミィは尊敬してる先輩と組んだの?」

「な、なんで分かったの!?」

「いや、助言しようとして最初にそんなこと言うから。」

「あ〜なるほど。うん。私はカナメさんを尊敬してたから組んだの。と言っても正面から言っても断られるのは分かってたから、まずはクインさんと一緒にパーティー組んだの。そしたらその直後に色々あってカナメさんとクインさんがパーティーを組むことになって合流したって感じ。」

「もしかして、2人で狂犬を狙っていたってこと?」

「そう。クインさんは何度も断られていたから、当時よくカナメさんと行動していた私と組んで機をうかがうことにしたの。」

「凄い執念ね。2人ともあの人のこと好きだったんだね。」

「う〜ん。どうなんだろ?尊敬してるし、頼りにしてるけど、そういう感情なのかは分からないなぁ。」

「あれ?私そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……。」

「え?あ……。」

「聞かなかったことにしておくわ。でも、多少は意識していたんだね。」

「ち、ちが、違うから!そういう感情の無い健全なパーティーだから!」

「あーあー。耳まで赤くしちゃって。今日は面白い話聞けたわー。」


 エイミィが赤面し、シャオが満足気な顔をしていると、料理が運ばれてきた。途端にエイミィの目は料理へと移り、意識も完全に持っていかれる。肉の炭火焼きを目の前に今にも涎を垂らしそうになっている。


「ふふ。ご飯を前にするとエイミィはいい顔するわね。じゃ、食べましょうか。」


 エイミィはミディアムレアに焼かれた赤身肉に舌鼓を打つ。誰がどう見ても満足していることがわかる顔だ。

 その後、デザートととして出てきたシフォンケーキを食べて今日一番の笑顔を見せるのであった。

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