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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第二章 悪魔憑き
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堕落

 大きな月が空に浮かんでいる。辺りは夜だというのに明るい。そのせいか道行く人の数は多い。花橋前の飲食店のある通りではそれは顕著だ。この街の傭兵たちが他の都市から来た傭兵たちとの出会いを祝して酒を酌み交わす。時には喧嘩も起こるが、ほとんどは親交を深めることができている。春の陽気も手伝ってついつい飲み過ぎてしまい路上で寝てしまう者もいる。

 だが、それは花橋付近での話である。南街西側ではそのようなことは関係無い。ここでは季節を問わず酒を飲み過ぎて路上で寝てしまう者が多い。巡回している警備隊や傭兵がいても冬季は凍死者が続発してしまうほどだ。

 そんな南街西側にも当然新たな住人はやってくる。一部の物好きを除いて、そのほとんどは犯罪者や素行の悪い者や夢破れた者である。今、飲食店の前で酒を飲んでテーブルに突っ伏している男も夢破れた者の1人である。金髪碧眼の傭兵風の男は数ヶ月前にこの町にやってきて、その後は昼夜を問わず酒を飲み、酔えば「こんなはずではなかった」「悪いのは全部あの女だ」「あの男は許せない」と後悔とも恨み取れる発言をして周囲から疎まれていた。今もまたそのようなことを言っている。


「よう兄ちゃん。おめぇか?最近この辺で景気のわりぃ顔して管巻いてるのってのは。」


 不躾に話しかけてきた男はそのまま向かいの席に座った。


「なんの用だ。俺は誰とも話す気にはなれない。とっとと失せろ。」

「まぁまぁそう言うなよ。聞くところによると、ずいぶんと誰かをうらんでるみてぇじゃねぇか。どうだい。ちょっと話してみれば気が楽になるかもしれねぇぜ。」

「うるせぇな。話したくねぇんだよ。」


 苛立ちを落ち着かせるため手に持ったエールをあおった。ジョッキが空になってしまったため店のカウンターへ行きエールを注文する。雑に置かれたジョッキを手に取るとそれまでとは異なるテーブルに座り飲み始めた。

 しかし男も後を追うようにそのテーブルへ移動する。


「兄ちゃん。酒を飲んでも気分は晴れないだろ。そんなにつらいならいい方法があるぞ。」

「ついてくんなよ。」

「つらくなったらこれの匂いを嗅ぐといい。それだけで気分が楽になる。」


 男はテーブルの上に紙でできた小袋を置いた。


「なんだそれ?何が入ってるんだ?」


 少し気になったので袋を手に取り眺める。持ってみた感じだと袋の中には粉が入っているようだ。さらさらという音も聞こえる。


「これは新種の香料でな、匂いを嗅ぐとリラックス効果が期待されてるんだ。まだ販売前だからこうやって草の根活動で試してくれる人を探してんだよ。協力してくれたら謝礼はする。」

「へぇ~。まぁタダでくれるっていうんなら貰うけどよ、大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だ。これで体調を崩したやつの話は聞いたことがない。」

「じゃあ貰っといてやるよ。しかし匂いを嗅ぐだけでいいのか?」


 袋の上から匂いを嗅いでみる。なんとも言えない甘い匂いがする。なんとなく気分が晴れやかになり視界が鮮やかになったような気がする。今なら何でもできそうな気がしてくる。


「凄いな。あんたの言う通り、たしかに気分が楽になった気がするぞ。」

「だろ?それは試供品だからまた欲しくなったら言ってくれ。だいたい2週間くらいはもつって話だ。あと、より強く効果を得たい場合は火で炙るといいぞ。その時は匂いが強いから周りの人に迷惑がかからないようにしてくれ。」

「わかった。使った感想の報告や謝礼の受け取りはどうすればいい?」

「そうだな。毎週ここにいるから、見つけたら報告を頼む。とりあえずこれは前金だ。残りは報告してくれたら渡す。」


 縦長の封筒が無造作にテーブルの上に置かれた。中を確認すると100,000ルクが入っている。思わず男の顔を見る。


「いいのか?こんな大金。」

「いいんだよ。販売前の最終テストに協力してもらえるんだからな。安いもんだ。」

「なるほど。それじゃ、ありがたくもらっておくぜ。」

「よろしく頼んだぜ。おっと、名前を言ってなかったな。俺はヴァンだ。お前は?」

「レオだ。」

「そうか。じゃあレオ。またな。体には気をつけろよ。」

「ありがとよ。今日は気分がいいからこれを飲んだら帰るよ。またな。」


 ヴァンは立ち上がり夜の町へ消えていった。レオはその背中を見送るとテーブルの上に置いてある現金入りの封筒と粉の入った袋を見る。なんとも怪しい話だとは思うが、嫌な気分が晴れたのは事実だ。これを使って気力を回復させ、新たなことを始められるようにする足がかりにできないだろうかと考える。

 カナメとの決闘の後、レオは傭兵を引退した。本当は反故にしようと考えていたが、周囲の目が厳しくいたたまれなくなったのだ。まさか4等級と2等級の決闘ごときにあれほどの影響があるとは思わなかった。

 影響が想像以上に大きくなったのは、決闘から1週間後のカナメたちの行動によるものが大きい。たしかに、大勢の傭兵が見ていたことや出張所副所長のディアスが乱入したことで噂が広がりやすい状況ではあった。それに拍車をかけたのが、カナメらのパーティー全員がギルド支部の2階にある一番奥の部屋に通されたという話だ。そこには支部長室があると言われている。当然、普通の傭兵はそんな所に出入りなどできるはずが無い。それゆえに決闘の噂が消える前にカナメに関する情報が更新され、更新された情報が更に拡散された。そうなると引退せずに仕事を受けていると後ろ指をさされてしまうことは想像に難くない。一通りの話をパーティーメンバーから聞いて状況を理解したら恐ろしくなった。誰が何を言っているのか分からず疑心暗鬼になった。そして、怪我が癒えた頃にギルドへ行って傭兵登録を解除し、誰の目にも映らないように南街西側へと逃げてきたのだ。

 そこからは傭兵時代の蓄えで毎日を生活していた。ろくに仕事をする気にもなれず、考えるのはカナメとの決闘のことだけ。後悔の気持ちが強く酒を飲んで紛らわせていた。そのうち、後悔からカナメへの怒り、クインティナへの恨みへと変貌する。このままではいけないと分かってはいるが酒を飲まずにはいられず、酒を飲むとその感情に至る。完全な悪循環に陥っていた。

 しかし、今はその悪循環を断ち切るための薬を偶然手に入れた。それはレオにとっては希望の光とも言えた。もちろんカナメやクインティナへの感情は捨てようがないし、機があればカナメへのリベンジもしたい。とはいえ今のままではそれすら難しい。それをするための一歩が踏み出せずにいるのだから。たが、この薬を使えば一時的かもしれないがその一歩を踏み出す活力が出る。そうすれば仕事に就き、剣術を習い、再戦できる。それができると思えるような可能性を感じた。

 レオは今、カナメとの決闘直後から感じていた憂鬱な気分が晴れ、久しぶりに心の軽さを感じている。明日からは仕事を探すために色々やってみようと考えながら寝床のある長屋へと帰っていった。

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