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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第二章 悪魔憑き
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風物詩

 日差しが柔らかく暖かい日が続いている。街の外では草むらに花が咲き、森の木々には緑が目立ち始めた。街の中でもどこからか花の香りが流れてきて春の空気を感じる。

 カナメが傭兵になって1年が経過した。傭兵になってからのこの1年は色々なことがあった。今思うと絶望的に感じたゴブリンリーダーやアイアンウルフは取るに足りない事故のようなものに感じる。年末に戦ったアルベルトが極端に強すぎた。本当に死を覚悟した。早く逃げたいと言いながら逃がしてくれず、確実に命を狙ってきた。ただ、戦闘を楽しみたいという考えもあって最初から本気ではなかったおかげでなんとか食らいついていけた。最初から本気で来られていたらすぐにやられていたはずだ。そして極めつけは悪魔だ。もしあの魔法のことを知らなかったら、もしあの時アルベルトが戻ってこなかったら、もしアルベルトが逃げを選択しなかったら。あの場面で死なずに済んだのは偶然が重なった結果だった。

 それに引き換えレオは弱かった。あの腹立たしさがなければ記憶にすら残らないほどだ。ただ、あの後パーティーメンバーの2人が報復として決闘を申し込んできた。剣でダメなら槍、槍でダメなら斧といったように仕掛けてきた。当然カナメにも同じ武器を使うよう要求してきた。受ける筋合いもないのだが絡まれ続けるのも嫌なので渋々受諾した。斧なんかは使い慣れていないので困った。しかし、レオと同じく基礎のなっていない大振りなので避けるのは容易かった。何回か躱して技術もクソもない一撃を入れるだけで終わってしまった。2人を大して時間もかけずに返り討ちにしたら「無慈悲だ」と囁かれるようになった。そのせいで狂犬という名が定着しつつある。迷惑な話だ。

 そして今、辺境都市リヴェンデール南街にある傭兵ギルド出張所はいつにも増して賑わっている。この時期は雪が解けて都市間の往来が正常化するので自然と傭兵が増える。他の都市でやっていた傭兵が流れてきたり、カナメのように街に出てきて傭兵になる者がいるからだ。こういう時は往々にしてトラブルが発生しやすい。元々街にいた傭兵と他都市からきた傭兵とで諍いが起こる。

 カナメもまた、他都市からきた傭兵に絡まれてしまった。特に何かしたわけではない。ただ出張所のロビーでパーティーの方針を話していただけだ。いつも通り話していただけなのに突然横からやってきた男に話しかけられた。


「きみか?傭兵になって1年足らずで3等級に昇級したカナメという傭兵は。」

「そうですけど、どちら様ですか?」

「どんな不正を使ったか知らないが、懲らしめねばならないな。」

「はぁ。で、どちら様ですか?」

「ここは女を侍らせて遊ぶような場所ではないんだ。引退することをお勧めするよ。」

「……。あの、誰ですか?失礼にもほどがあると思うんですが。」

「ふん。貴様に名乗るような名など無い。」

「そうですか。じゃあ僕もあなたの話を聞くのはやめます。話し合いの邪魔のでどこかに行ってください。」

「決闘を申し込む!」

「話聞いてました!?」


 人の話を一切聞かず一方的に自分の用件だけを話して決闘を申し込まれた。周りの傭兵が俄に騒がしくなってきた。


(おい、誰だあいつ。)

(うわ、よりによってあいつが絡んでるの狂犬じゃん。)


 傭兵たちの声が聞こえてくる。

 こいつが誰なのかも分からない。何のために決闘するのかもよく分からない。とにかく不愉快だ。そんな話受けるわけがない。


「ふむ。受けないというのかね?」

「受けるわけないでしょ。意味が分からなさすぎる。」

「意味ならあるさ。不正を働いて等級を上げたことを白日のもとに晒し、女を侍らせてお遊び気分でやっているきみに現実を教えるというね。」

「全てお前の妄想じゃねぇか。くだらない。」

「どうあっても受けないというのか。それでは、これならどうかな?」


 突然白い手袋を投げつけられた。なんなんだ一体、腹が立つ。

 手袋を手に取って一瞥した後、後ろに放り投げた。

 手袋が床に落ちるのを見てクインティナや周囲の傭兵が笑い始めた。そんなに面白いことをしたか?エイミィも何が面白いのか分からず戸惑っているじゃないか。


「え?おい!何やってんだ!」

「何って、返して欲しかったのか?自分で投げてきてそれは虫が良すぎるだろ。」

「カナメくん。それはね、貴族が決闘を申し込む時の作法よ。それをされたら受けなきゃいけないの。」

「え?本気で言ってます?」

「ふん。田舎者はそんなことも知らないのか。」

「俺はここから更に辺境にある村出身で貴族なんか見たことも無いくらいなんでね。一部の社会でしかやっていない限定的な風習を持ち出されても知ってるわけないだろ。人との会話もできないようなやつにそんな知識があるとは思わなかった。」

「これを期にいいことを知れたな。私に感謝したまえ。」

「だからなんだ。お前も貴族気取りなだけだろ?貴族は傭兵になれないからな。だからその風習を尊重してやる必要は無い。決闘は受けない。」

「決闘を受けないということは不正を認めるということかな?」

「なんでそうなる。お前に付き合う理由がないんだよ。」


 決闘を断られ続けているのに男は未だに余裕な態度を崩さない。手袋を投げ捨てられた時に少し動揺したくらいだ。どうやったら引いてくれるのだろうか。ため息をつきながら、いつの間にか出来上がっていた傭兵の壁を見ていると、後ろの方から妙に丈の短い服を着た女が出てきた。


「あ!いた!こんな所で何してるの!こんな人だかりまで作っちゃって!」

「おぉ、タニアか。聞いてくれよ。このカナメという男に不正を問いただして決闘を申し込んだら断られたんだよ。」

「はぁ!?ふざけんな!名乗りもしないで勝手に言いがかりつけて引退しろとか言ってくる奴の話を取り合わなかっただけじゃねぇか!」

「あ〜もうごめんなさい。こいつ、正義感は強いんですけど頭が弱くて。思い込んだら即行動だから……。ウマルも謝りなさい。」

「なんで俺が謝るんだ。こいつは明らかに不正を――。」

「バカ!違うって言ってるの!なんで分かんないかなぁ。どう見てもこの人普通じゃないのに。」

「今、さらっと酷いこと言いましたね。ちなみに、ウマルでしたっけ?こいつ、女を侍らせてお遊び気分かって言ってきたんですよ。どう思います?」

「 事実だろ。」

「お前には聞いていない。てかこういう時だけ会話できんのな。」

「本当に申し訳ございません。ほら、もう行くよ!これ以上ここにいたら話が余計拗れる!」

「いや、俺はコイツを懲らしめないと――。」

「あんた、私たちからお仕置きされたいの?」


 タニアが急に声を低くしてウマルを睨んだ。

 私たちということは他にパーティーメンバーがいるということか。よくこんな奴をパーティーに置いているものだ。


「そ、それは勘弁してくて。仕方ない。おい、カナメとやら。今日はここまでにしてやる。だが次会った時は――うぐっ!」


 話している途中で鈍い音が響いた。ウマルの体がくの字に曲がって顔には苦悶の表情が浮かぶ。よく見るとタニアの肘がウマルの脇腹に刺さっていた。


「ごめんなさいね。次会った時は必ず謝らせますから。」


 凶悪な肘からは想像もできないような申し訳ない顔で謝罪をしてくる。思わずこちらの顔が引き攣って生返事を返してしまう。これを了承と受け取ったのか、強引にウマルの脇を抱えてギルドを出ていった。

 結局、決闘には至らなかったので、集まってきた傭兵たちはつまらなさそうに散っていった。


「なんだったんだ。あれは。」

「他の街から来た傭兵よね。この時期は仕方ないわよ。」

「女を侍らせてって、そんな風に見えるのか?今やクインさんとエイミィは狂犬の飼い主扱いされてるのに。」

「カナメさん、それ、初めて聞きました。」

「私も。このままあだ名が飼い主になったら嫌だわ。」

「そうですね。私たちも変なあだ名をつけられないように頑張りましょう。」


 2人が変なところでやる気を出している。そう簡単につけられるものではないのだが、大丈夫だろうか。狂犬と言われている人物と一緒にいる時点でまともな名前がつくとは思えない。少し心配になってしまった。

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