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蒼灰の叙録〜断魔の軌跡〜  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
0章 少年カナメ
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始まりの日

 この国の歴史において、カナメ・オークリーの名を知らぬ者はいない。

 今からおよそ400年前の戦乱期、敵陣営から『蒼灰(そうかい)の悪魔』と恐れられたその男は、冷酷非道を絵に描いたような傭兵王として語り継がれている。だが彼は、ある時期を境に歴史の表舞台から忽然と姿を消した。

 その理由については、暗殺説、逃亡説、果ては存在そのものが虚構であったとする説まで飛び交い、長らく歴史家の議論の的となってきた。

 しかし近年、マーキュリー子爵家の地下資料室より発見された未公開資料が、その通説を覆すこととなる。

 発見されたのは、初代当主スコット・マーキュリーの遺した手記と、カナメ・オークリー直筆の手紙であった。そこには、歴史書には語られなかったカナメの出自、彼を支えた側近たちの真実、そして彼が歴史の裏側で身を投じた戦いの記録が克明に記されていたのだ。

 特に目を引くのは『悪魔』と呼ばれる存在との戦いである。

 人の心に巣食い、災いを成すとされる空想上の魔物。カナメが歴史の裏側で戦っていたのはその『悪魔』であったという。にわかには信じがたい記述だが、手記の日付と各地の史実を照らし合わせると、奇妙なほどに符号するのだ。

 何より驚くべきは、冷酷かつ残忍で非情とされたカナメ・オークリーの人物像である。手記に描かれた彼は、なんと人間味に溢れ、不器用な優しさを隠し持った男であったことか。どの歴史書で語られているものとも真逆の姿をしている。

 我々の知る歴史は、あるいは何者かによって意図的に歪められたものなのかもしれない。

 本稿では、新たに発見された手記を紐解きながら、カナメ・オークリーという男の真実の軌跡を追っていくこととする。

 全ての始まりは、彼がまだ何も知らない10歳の春まで遡る――。


 春のよく晴れた気持ちのいい朝だった。森からの空気が冷たい。村の中心の方からは微かに花の香りが流れてくる。

 カナメはいつものように家の裏手で父と剣術の稽古をしていた。素振りをして、型を確認。型練習を行っていると父から指導が入る。足の運びが悪い、背筋を伸ばせ、剣の角度が違う等、初歩的な指摘がなされる。


「うーん。どうも足の動きが小さいし角度が微妙に違うんだよな。それに、上半身の動きと連動しきれていない。そんなんじゃ熊みたいな獣には勝てないぞ。」

「いや、熊は無理でしょ。子供に何を相手にさせようとしてるのさ。」


 カナメはまだ10歳である。ウサギのような小動物ならまだしも、これよりも大きな動物となるとまだまだ荷が重い。ましてや剣では太刀打ちできない。それを、こともあろうか父は熊を相手にすることを想定している。


「熊なんて大人が剣で切ろうとしてもまともに切れないって言うじゃないか。子供には無理だよ。」

「何を言っているんだ。俺は切れるぞ。お前と同じくらいの頃には剣で熊を狩ったこともある。」


 父は昔、剣でその名を馳せた傭兵だったらしい。だが、ある時魔物に利き目を潰されてしまい引退。妻と生まれたばかりの子供を連れてこの村へ移住したとのことだ。だがその数年後、妻、つまりカナメの母は冬場に体調を崩してそのまま他界してしまった。そこからは男手一つでカナメを育ててきた。そして剣で生きてきた男には教えられるものが少ない。ゆえに、生きる術として剣術を教えている。


「いや、父さんと一緒にしないでよ。」

「何を言ってる。それくらいできないとこの村は守れないぞ。まぁそれはそれとして、そろそろ訓練を切り上げて狩りに行くか。」

「分かった。じゃあ準備してくるね。」


 そう言ってカナメは家に入り支度をする。訓練に使っていた剣を置き、革の上着を着る。少し硬いが身を守るためである。我慢するしかない。そして運搬用の籠と弓矢、ナイフを持てば支度完了である。

 支度を終えて玄関から外に出ると革の胸当てを着けた父が女性と談笑していた。近所に住むアンさんだ。たまたま近くを通ったから挨拶をしたといった感じだろうか。


「父さん、準備できたよ。」

「お、それじゃ行くか。じゃあアン、またな。」

「はい。気をつけてくださいね。カナメくんもケガしないようにね。」

「はい。行ってきます。父さん待って!」


 アンさんに挨拶をしている間に父はさっさと行ってしまっていた。その背中を走って追いかけた。

 カナメの家は主に狩りで生計を立てている。本来は木の伐採や開墾作業時の警備として移住したはずなのだが、狩りをできる者が村内にいなかったため引き受けることになってしまった。警備が手薄になってしまうことも懸念されたが、その点は領主の派遣した兵士や傭兵がいるので問題は無かった。また、今となってはカナメの教育にも丁度いいので引き続き任されている。

 狩りの時は父が動物を狩り、カナメが山菜を採ることが多い。もちろんカナメが仕留めることもある。仕留める時は弓が多い。剣はまだうまく扱えないというのもあるが、木々の生い茂る森の中では剣が枝葉に当たり取り回しが難しいのだ。父のように力で押しきれないのだから仕方ない。そのため、父は剣1本で森に入るが、カナメは弓矢とナイフを持っている。


 30分程歩くと村の外の森に着いた。森には鹿や猪が生息している。猪などは時折畑を荒らすので積極的に狩るようにしている。とはいえ、毎度同じところで狩りをしてしまうとその周辺に生き物がいなくなってしまうので、日によって狩場を変更している。今日はわりと村から近い場所に来ている。


「今日は随分と鬱蒼とした場所に来たね。」

「あぁ。ここはしばらく来てなかったからな。少し様子を見ておく必要がある。」


 そう言うと腰に下げていた剣を抜き枝や草を打ち払いつつ森に入っていった。

 カナメも後からついていく。ナイフを持って辺りを警戒する。

 少し歩くと父が歩を止めて屈んだ。


「前方に猪がいる。俺は迂回して奴の前にある茂みに移動するから、合図をしたらお前は弓で猪を射て。」

「分かった。」


 短いやり取りののち、父は移動を開始した。猪は既にこちらに気がついているようだが、まだ距離があるため警戒はしていない。地面に鼻を擦り付けて餌を探している。

 父が配置に付くと茂みの上に剣が伸びてきた。恐らく合図なのだろう。矢を猪の胴体に向けて放った。しかし狙いは逸れて猪の尻付近に矢が刺さった。猪の絶叫が響き渡る。それと同時に猪は前方へ走り出した。だがそこには父がいる。茂みから出てきた父は剣を構えて待ち受ける。猪は父を弾き飛ばそうと頭を下げて加速した。これを正面から受けると剣が折れてしまいそうだ。


「父さん!危ない!」


 そう叫んだ瞬間、父は剣を大上段に構えて軸足を中心に後方へ90度回転。猪の突進を避けると同時に剣を振り下ろしその首を切った。首を切られた猪はそのままの勢いで茂みの中へ突っ込み倒れ込んだ。


「ふぅ。なんとかなったな。」

「父さん凄い!猪はどうなったの!?」


 父の元へ駆け寄りながら結果を確認する。


「あぁ。首の血管を切ったからもう動かないさ。あの状況だったからな。首を切り落とそうとしたら剣が持っていかれちまうから骨の横の肉を切った。」

「簡単そうに言うけど、よくそんなことできるね。」

「まぁな。それより、お前の弓はもう少し何とかならないのか。明らかに狙いを外したろ。」

「ごめん。もう少し胴体の方に当てるつもりだった。」

「弓も訓練が必要だな。さて、そしたら猪の血抜きでもするか。」


 茂みの中から猪の死体を引きずり出す。本当に見事に一刀のもとに絶命している。切り口も鮮やかだ。これなら猪の皮もキレイな状態で使うことができる。

 猪の後ろ足に紐をくくり、木にぶら下げる。血抜きが終われば猪を村に運ぶことになる。これ以上は持てないため、その場で休憩しながら待つことにした。時間的にも昼どきである。昼食として持ってきていた鹿肉のジャーキーと途中で摘んできていたキイチゴを食べることにした。

 これらを食べ終わり水を飲んで一息つくと、突然父の表情が変わった。非常に険しい顔をしている。


「なに?どうしたの?何か変なもの食べた?」

「いや、違う。鐘の音だ。これは⋯⋯非常事態の合図だ!帰るぞ!」

「え?猪は?」

「そんなものは後で取りにくればいい!村で何かが起こった!とにかく急いで帰るぞ!」


 父が剣を手に来た道を走って戻って行く。カナメも走るが大人の足には追いつけない。徐々に離されていく。ようやく追いついた時、森を抜けた先で父は立ち止まっていた。その父の背中越しに激しい黒煙が見え、煙の臭いがする。

 村が燃えていた。


「カナメ!お前は村の外で待っていろ!決して村に入るな!」


 村の方をよく見ると兵士や傭兵の詰所が燃え、物見櫓が焼け落ちていた。村の門や塀も燃えている。

 門の周辺には人が倒れている。そして今まさに兵士と何者かが戦っていた。


「なに!?何が起こってるの!?」

「分からん。分からんが、村が襲われているのは間違い無い。だから、絶対に隠れていなさい。」


 父はそう言い残して村へ走って行った。

 カナメはそれを見送ることしかできなかった。しばらくは呆然と見守っていた。父が村に入る際に、兵士に襲いかかっていた男を切り捨てていったのが見えた。あの様子なら父は大丈夫だろう。しかし、他の人達はどうだろうか。無事とは思えない。警備についていた兵士や傭兵がやられてしまっているのだ。しかも今は昼。傭兵は村の外で作業する村民の護衛として殆どが出てしまっている。最も警備の手薄な時間帯だ。

 自分にも何かできないのか。ここで村が燃えているのを眺めているしかないのか。それは、嫌だ。父の言いつけを破ることになるが、何もせずに皆の無事を祈っているだけなんかできない。

 じっとしていると、焦燥感がつのる。武器はある。戦う方法も学んでいる。なのに自分は何もしなくていいのか。否、加勢に行くべきだ。1人でも多くの人を救わねばならない。

 そう考えるといてもたってもいられず、籠を置いて村へと駆け出した。

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