第1話 最後の青
初めましての方も、いつも読んでくださっている方も、ありがとうございます。
この物語は、「サファイア・マティーニ」という青いカクテルをめぐる、兄弟の記憶と再生の物語です。
第1話では、青いカクテルをきっかけに、主人公が封じてきた過去と再び向き合おうとする場面を描いています。
静かに始まる物語の波紋を、ぜひ感じ取っていただけたら嬉しいです。
氷が、カラン、と音を立てた。
目の前のグラスには、澄んだ青。
「サファイア・マティーニ」なんて洒落た名前のカクテルを、俺は初めて注文した。
――それなのに、味はまるでわからなかった。
舌に触れる感覚よりも先に、胸の奥が、じんと痛んだからだ。
十年ぶりに、兄貴の顔が浮かんできた。
あの夏。まだ俺が高校生だった頃。
俺は兄貴と一緒に、よく空を見ていた。
「青ってさ、未来の色なんだってよ」
意味もわからず、ただうなずいた記憶がある。
でも今になって、なんとなくその言葉が沁みる。
青――それは、いつも兄貴のそばにあった色だった。
海、空、そして――このグラスの中にも。
久しぶりに口にする酒は、どこか懐かしい匂いがした。
けれど懐かしさなんてものは、たいてい痛みと一緒にやってくる。
なぜ、今になってこんなカクテルを頼んだのか。
なぜ、この店に入ったのか。
わからない。
でも――もしかしたら、俺はずっと「青」を探していたのかもしれない。
あの日、兄貴が最後に見た、あの色を。
グラス越しに見える照明が、にじんで揺れていた。
まるで、涙の奥でぼやけた空のように。
お読みいただき、ありがとうございました。
グラスの中に揺れる「青」。それは、かつて兄と見上げた空の色であり、未来への小さな約束でもあります。
第1話ではまだ多くを語っていませんが、ここから少しずつ、主人公の“喪失”と“再生”が浮かび上がっていきます。
次回、第2話「約束の空」では、少年時代の兄弟の姿と、その絆を描いていきます。
よろしければ、次の一杯もお付き合いください。