誘拐されたのは王子ではなく影武者の2歳の男の子ですが、とんでもないことになりました
「誠に申し訳ございません。カルロス坊っちゃんが誘拐されました」
タクト王子の執事は全身を震わせながら王様に頭を下げている。
「タクトの影武者のカルロスだろう。これは困ったな。タクトも心配するだろう」
王様は視線を落として静かな声でそう伝える。王子の執事は事の顛末を説明し始める──。
誘拐はタクトの部屋で行われた。執事が隣の部屋へ行った時のとこだった。タクトとカルロスが2人きりになった、たった5分のことだ。
誘拐犯は見た目のそっくりな2人を見つめてどちらを誘拐するか迷った。そこへカルロスはくしゃみをした。
きっかけはそんな些細なことだったが、誘拐犯はカルロスのお腹を腕で抱えると窓から出ていってしまった。
「カルロス坊っちゃんの側近をすぐに追わせています。すぐに追いつくかと」
王様は難しい顔をして腕を組んだ。はぁとため息を付くと疲れたようにタクトの執事を見る。
「信号を送ってやれ⋯⋯赤だ」
「本当に⋯⋯赤でよろしいのですか?」
「あぁ、困ったことになりそうだ」
王様は憂いの含んだ目で窓の外を眺めていた。執事は目を見開きながら近くにいた王子の側近に目配せする。
側近は頷くとすぐに退室した。誘拐された窓がある西塔へ向かったようだ。
程なくして、王城の西塔から赤い魔法信号が夜空に打ち上げられる。
パンパン、2回赤い信号。
何度か同じ信号が夜空に上がる。
森を駆けているカルロスの側近のモーリーはちらりと王城の方を見て目を丸くした。
「赤い魔法信号が2回⋯⋯王様は決意されたのですね」
モーリーは駆けていくと馬車が見える。
おそらくカルロスが乗っているのだろう。
モーリーは首に拡声魔法をつけて馬車の方へ声を出す。
「坊ちゃま、今日はお歌を歌いますよ! 今日歌うのは“進撃のタクト”!」
カルロスとタクトは2歳を迎えたばかり。
ようやくこの歌を覚えたのだ。
モーリーは咳払いをすると、恥ずかしさのあまり頬を赤らめて歌い始める。
「炎よーゆけ♪ 空へと飛ばせ、ファイアーボール!」
馬車の天井から大きな木の破壊音とともに赤い炎が盛り上がってくるのが見える。炎と一緒に粉々になった木片が空を舞ったかと思えば木片は無残にも炎で焼かれていく。
その炎は巨大な松明のように空へと大きく燃え上がり、森の奥に控えるたくさんの敵勢の姿を照らす。
良く見えないが、敵勢は腰を抜かしたのだろう。いきなり馬車が大爆発したのだ。
その屋根がなくなり壁が半分以上なくなった馬車の椅子に無傷のカルロスが座って足をぶらぶらさせている。
「照らせー燃え上がる魂をこの手に♪」
カルロスは歌いながら椅子から下りた。そして構えるように小さな手を前に出す。
「「ファイアーキャノン!」」
馬車からカルロスの声も聞こえる。
カルロスは遊んでいると勘違いしているようだ。楽しそうにポーズを取っている。
ちなみにこの歌詞はいくつかパターンがあり、魔法によって前の部分の歌詞を変えている。
カルロスの手から溢れ出た炎は前方に飛び出してゆく。
そして大破した馬車から炎の大砲のようなものが前に飛び出す。魔道士でも限られた実力者しか出ないほどの上級魔法。
前に控えていた敵勢から虚しい悲鳴が上がる。
お気の毒に⋯⋯あんなに火炎放射みたいな攻撃されたらひとたまりもないよな⋯⋯。
モーリーの目にちらりと前方の奥から反撃魔法のようなものを光を捉えた。
「誰にも邪魔はさせない♪」
「「無敵のシールド!」」
カルロスを包んだモーリーと一緒にシールドが張られる。そこへ魔法攻撃が集中してシールドに当たる。
シールドに当たった魔法は強い光を放ちながら跳ねる。
「坊ちゃま、すごく上手ですよ」
「わぁ、まほー、雨ー!」
カルロスはぴょんぴよんと跳ねながら喜んでいる。
敵勢からの時間差攻撃。シールドを張ってからも幾度となく当たる魔法は外へと跳ねながら消えていく。
その魔法が消えると、漆黒の闇に敵勢の悲痛などよめき。
モーリーは綺麗なアルトボイスで次のフレーズを歌い始める。
「凍てつく視線を向けて冷静沈着♪」
「「アイシークラッシャー」」
カルロスの手から生み出される氷はぐんぐんと大きくなりながら青白い光を纏う。
みるみる大きくなった馬車を遥かに超える大きさ。
その巨大な氷の塊が出現し前方へ高速で移動していく。
すると遠くで悲鳴の混じる木々をなぎ倒していく凄まじい破壊音が聞こえる。
モーリーは終始心の中で合掌する。そして楽しそうなカルロスを抱いた。
「坊ちゃま、今度は空を飛びますよ」
「わぁーい、空、すき!」
空中に飛んだモーリーは眼下の情勢を見て怒気をはらんだ目で舌打ちをした。後方にはまだ敵勢が残っている。
2歳の王子1人に戦争を仕掛ける気だったのだろう。敵勢は遠くの敵国の王都から細く長い列をなしている。
これは情けをかける必要はありませんね。
モーリーはそう考えると、どのサビにするかを心に決めた。
「坊ちゃま、サビにいきますよ」
モーリーは頭をフル回転させて歌詞を絞り出す。
「審判の雷撃は辺りへ下すよ♪」
「「サンダーレイン!」」
空から真っすぐ落ちていく、雷は数え切れないほど。
その空を切る閃光とともに下される雷の落ちるところから轟音に混じる人の声。
モーリーは手前から遠くに見える敵国の王都の方へ手を動かしながら歌う。
「当たれーすべてに当たれー♪」
「「ファイアー」」
「「アイス」」
「「サンダーレイン!」」
手前から突然始まる赤橙の炎は遠くまで降り続ける。
その明るくなった空から雹が振り始める。拳大の大きさにもなれば岩も砕く。
そこへ先ほどの止んだばかりの地面を貫くような雷も混ざる。
それは悲鳴なのかカルロスの攻撃の音なのか分からない轟音が空いっぱいに響いている。
「その正義と信念を背負う♪」
「「我が名はロイヤルライオン!」」
我が国を象徴するライオン。
空には突然光の塊が出現し、その光はライオンの形になっていく。その光のライオンは両前足を前に出して大きな口を上げると、鳴いているような仕草を見せる。
そして隣国の空を駆けていった。
隣国への牽制だ。
「ライオン、ガオー!」
カルロスも真似している。モーリーはカルロスの頭を撫でている。
■
窓から終始見届けていた王様が首を横に振った。
「素晴らしい力だ。だが、ここまですごいと隣国が憐れになるな。タクトを誘拐すれば、和平交渉に持ち込めたかもしれなかったが、カルロスでは隣国が壊滅だ」
「我が国の象徴であるロイヤルライオンを見た隣国は血相を変えていることでしょう。そろそろ向こうも青い魔法信号で敗北を伝えてくると思います」
■
モーリーはカルロスの魔法を見てしみじみ思い出していた。
この30年間、隣国とは小競り合いばかりだった。今度ばかりは隣の帝国にも応援を仰いで軍を強化していると聞いて、こちらも準備をした。
この歌を覚えさせるのに山を三座は壊したのだ⋯⋯。
カルロスはタクト王子の影武者として王城にやってきたが、その魔力量は凄まじいものだった。
身の危険を感じて、すぐにシールドを叩き込んだ。
一にシールド
二にシールド
三四はタクトで
五は攻撃。
その後、攻撃練習をし始めたら、王城の外壁が大破。
慌てて裏山に集まる。
ありったけの魔導士を揃える。
実力者ばかりを揃えると、おじいちゃんの会みたいになるので、国中の魔導士を揃える。
やっぱりじいさんの会だ。
うまい酒の話ばかりしている。
昔の武勇伝ばかり話している。
そこへ魔法の応酬は力のぶつかり合い。
カルロスから繰り出される魔法の数々に心が折れる魔導士たち。
このままでは「もうご隠居かの」と言って魔導士がいなくなりそうなので、対策を練り始める。
勢いの止まらないカルロスとひげ自慢を始めるじいさんの間に挟まれたモーリーが編み出したのが、歌に乗せる攻撃戦法。
先週、三座目の山を壊してようやく完成させたのだ──。
すると誘拐をした隣国の空には青い魔法信号が上がり始める。連続して飛び続けるその信号は敗北。
「あお! あおー!」
「坊ちゃま、すごく上手に歌えましたね」
隣国の青い魔法信号は止まらない。
一刻も早くをやめてほしいのだろう。
苦しめ敵勢、カルロスの魔法とじいさんのひげに挟まれて、終わらないカルロスの遊びに付き合うのと共にじいさんの関節痛の嘆きを聞く無限空間のような地獄を味わちながら、栄養ドリンクのようにポーションを浴びるように飲み続けた俺の苦しみを⋯⋯。
おっと私情を挟んでしまった。
タクトさまとカルロス坊ちゃまに手を出すからいけないんですよとモーリーは心の中で毒づいた。
モーリーはまたカルロスの頭を撫でると、カルロスは無邪気な顔を向けてくる。
「もう一回っ!」
「⋯⋯お歌は一度きりですよ」
その後、隣国の王様が走り込んできて土下座して許しを請うたのは、また別の話。
楽しんでもらえたら嬉しいです!
[追記]
じわじわと評価が上がっています。ありがとうございました!
また姉妹作品「暴君ディオニュシオが認めた2歳児〜赤子に転生しました~」を作りました。
良かったら一読ください!