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お互いのすべてを吸い尽くしてしまいそうな甘美な時間は、そう長くは続かなかった。男は占有に満足し、いつもの生活に戻っていく。女は永遠に男の情熱が自分に向けられると信じて、男との日常を愛し始める。
家を出るとエドアルドは酒場に向かう。繁華街のカフェにやって来る田舎者の観光客を捕まえては、勝手に似顔絵を描き、執拗に売りつける。手にした僅かな金で次の酒を買う。気前のいい客の時は薬を買うことができる。しかし無理矢理に売りつける商法ではいざこざが起きるのは当然のこと。腕っぷしの強い観光客に殴り倒されることもあれば、警察に連れて行かれそうになることもある。
酒が抜けるとエドアルドの頭の中には酒しかなくなる。己の思考から、このいつ止むともしれない闇から逃げおおせるには酒しか助けがない。酒こそが逃げても逃げても終わりのない闇に引きずり込んでいる元凶であるとは気付きようもない。
闇の中でエドアルドは阿片にまで手を出した。止められない薬は彼の体を駆け巡り、悦楽で充満させ過去も未来も今さえも掬い取っていった。快楽だけの波に漂うために薬を求める。思考だけでなく体中の無数の細胞が恍惚を渇望する。
ジョエルとの短い蜜月が終わって、エドアルドが家に帰らず街を徘徊し、娼婦宿に入り浸るようになっても、ジョエルはエドアルドの現実に付き合った。
夜の街にエドアルドを探しに行く。一人で過ごすにはエドアルドの部屋はジョエルには寒過ぎる。酔いつぶれたエドアルドを見つけては連れて帰る。酒の息でされるキスでもジョエルは愛した。用意した食事を食べてもらえなくても、自分が洗ったシーツで眠るエドアルドを見ることが幸せだった。
自分といれば彼の人生が必ず好転すると信じた。自分をデッサンする時の彼の情熱を芸術家としても信じた。彼の愛情も悪態も、彼のすべてをジョエルは包み込むように愛した。もう自分はいない。
「お願いエドアルド。一緒に家に帰って。」
慣れた道でジョエルは見当をつけてエドアルドを探せるようになった。極寒の夜の中、シャツ一枚でふらついているエドアルドを見つける。駆け寄ると、振り向く額の切り傷から一筋血が流れている。
「怪我しているじゃない。帰りましょ。」
彼は寒さを感じない。腕に絡みつくジョエルの肩を抱いて、じっくりその顔を眺めると、エドアルドは溶けかけの眼でキスをする。酒と煙草の味のする暖かいキスを受け取るとジョエルはそれだけで安心する。
ここでいいと身に染みる。冷え切ったエドアルドの体を抱えて家に帰る。エドアルドが阿片に依存するようにジョエルはエドアルドに依存していった。エドアルドがいなくなれば、自分もなくなる。エドアルドを渇欲する。




