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40歳を越えて白髪が増え、目がかなり悪くなっていたエドアルドの簡単な返事の言葉が、腹立たしくもある。何一つ言い訳をしないエドアルドを、無感情なのか、思慮深いのかソノは測りかねた。
「日本に帰ることにしたわ。もう十分学んだから。」
「そうか。」
「パメラが心配だけれど・・・日本で絵を教える仕事をしないといけないから。」
「そのためにフランスに来たんだよな。」
「えぇ・・そう・・それから・・私がお願いするようなことじゃないんだけど、パメラの病院へは行かないで欲しいの。行くつもりはないでしょうけど。」
ソノはまた皮肉を言いたかった。ソノにはエドアルドの苦悩などわからない。察してやりたくもなかった。
「この前、パメラがあなたの写真を新聞で偶然見かけて、錯乱してしまって・・・」
「・・・」
エドアルドは顔色も変えず、黙ってソノの話を聞き、柳を見ている。
「彼女は毎日絵を描いて生きているわ。随分落ち着いてきたし。でも普通に会話することは難しくて。私のことも認識できないのよ・・・残念だけど。」
エドアルドが返事をする前に、フィリーチェがお茶を運んできた。
「お茶でもいかが?」
優しい声が、暗い話題を消し去るようだった。彼女はエドアルドに愛されているのだろうか。パメラが得ることのできなかった愛を、ジョエルが掴み損ねた愛を、彼女は手に入れたのだろうか。意図せず、力など注がずとも、愛を手に入れられる人は手に入れるのだろうか。
フィリーチェの泰然とした物腰に、ソノは人生の不思議を見ていた。エドアルドは彼女を愛しているのだろうか。ソノは二人の間の空気を読み取ろうとしたが、くだらない詮索をすぐに止めにした。
お茶を断ると、ソノは一度も座ることなくエドアルドの邸宅を後にした。それは、ソノの抵抗であり、決別であったのかもしれない。そして、背筋をまっすぐに伸ばして、混沌を断ち切るように、日本行きの船に乗った。




