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ソノは予定していた滞在期間を満了し、次の日本行きの船の出航を待っていた。2年足らずの時間は鮮やかな衝撃で短くも感じれば、パメラとの出会いで愛というものを考える深遠な時間でもあった。
自分は何故に絵を描くのか。何が絵を描かせるのか。パメラの問いにまだパメラのような明確な答えは出せない。いつか誰かを愛する時が来るだろうか。パメラのような愛し方を自分はしないだろうとソノは確信している。
パメラの激しさはパメラだけの愛である。ソノは自分の愛を想像する。心弾むようでもあり、恐ろしくもある。愛が痛みに変わる時が、鮮烈な緑でソノの記憶に埋め込まれてしまった。緑の光景はソノの脳裏から剥がれ落ちることはないだろう。
巴里を発つ前に、エドアルドにお別れをし、頼みごとをするために、ソノは郊外まで足を伸ばし彼の邸宅を訪れた。ジョエルの死によって一財産を築いたエドアルドがどんな生活をしているのか、何を考えているのか、陳腐な興味があったのかもしれない。
パメラを食い潰した敵に、遺恨を晴らしたいような気もしていた。それが見当外れの恨みなのもわかっていた。愛し合った男女の中に部外者の自分が介入する余地もなければ、お門違いなのも承知していた。自分の立場をわきまえた上で、ソノはただお願いだけをしようと静かに邸宅の門をくぐった。
ソノは広い庭に囲まれた家屋の獅子の叩き金を鳴らした。勢いよく開かれた扉の向こうに、鮮やかな紫色のバッスルのドレスが立っている。ふくよかな白く丸い頬を薄紅色に高揚させて、快活な印象の婦人が現れた。
「どちら様でしょう?」
「ソノと申します。エドアルドに会いに参りました。クラロッシでお世話になりまして・・日本に帰るので、ご挨拶に参りました。」
「そうですか。それはわざわざありがとうございます。少々お待ちください。」
婦人はソノを残して部屋の奥に消えていった。ドレスの腰にはたっぷりとした膨らみがあり、薄紫のトレーンが扇状に広がっている。ソノは彼女の優雅な立ち居振る舞いに、エドアルドが金を手に入れたことで、上流階級の女性も手に入れたのだろうと想像した。
女がいなければ生きていかれない男なのだろう。ソノは柔弱な不甲斐ない男だとエドアルドを蔑んだ。ジョエルの死を悼みはしないのだろうか。
少しして、紫の花のような夫人が戻って来た。
「エドアルドは庭におりますので、よかったらそちらにご案内いたします。」
「はい。」
ソノは承諾して婦人の後に続いた。彼女はふた部屋先の扉を開けて、中庭にソノを案内した。すぐに写生する人の姿が見えたので、ソノは婦人に礼を言って一人エドアルドに近づいて行った。




